クラシック・レイディオ (一)
私は小学校高学年のときに,初めて真空管を見た.民生用トランジスタが量産されるようになる時代の少し前のことだった.普及し始めたテレビも真空管式で,テレビに使われていたのは性能が優れているミニチュア管 (Miniture Tube) であったが,歴史の古いST管 (Standard Tube) もアマチュアが製作する趣味的なラジオではまだ採用されていた.むしろST管より少しあとに開発されたGT管 (Glass Tube) や軍用に重宝されたメタル管 (Metal Tube) よりもその外観の点で,アマチュアのラジオ製作者には好まれていた.
これらの真空管の他に,柴田翔『されどわれらが日々』(現在は文春文庫) に表題作 (芥川賞受賞作) と共に収められた「ロクタル管の話」には,ロクタル管つまりLOCTAL管 (Lock-in-Octal Tube) が登場する.この真空管は今でも,品薄と種類の少なさもあって,昔は少年だった人々に強い人気がある.柴田翔よりも若い世代の人間である私もその一人で,真空管ステレオアンプを製作するのに必要なロクタル管を,製作に取り掛かるその日のために大切にとってある.手が震えてハンダゴテを持てなくなる前に作りたいものだ.
さて近々,私がラジオ少年時代に憧れたST管の六球スーパー (スーパー・ヘテロダイン信号増幅方式) のラジオを作ろうと思う.これまで私が製作してきたのは五球スーパーである.これは,数百kHz~千数百kHzの範囲にある商業放送電波をいきなり455kHzの固定中間周波数 (高周波であるラジオ電波と,音声周波数の中間だからそう呼ぶ) に変換して一段だけ増幅するという,いわば普及品のラジオである.これでも東京のラジオ局の放送を関東地方一円で聴取するには充分だが,その他の地方局の放送を聴くにはいささか力が足りない.それで昔は,周波数変換段の前に高周波増幅を一段行う方式が,高級品のラジオには採用されていた.真空管の数として六球になる.だから六球スーパーというのだが,これを昭和懐かしのST管で作って,私のラジオ少年の思い出に,われらがラジオの日々に,幕を引こうというのである.幕を引くという意味は,現在の商業ラジオ放送,つまり中波帯AM放送は廃止の方向にあるからで,それほど遠くない時期に,おそらくまだ私が存命のうちに,AMラジオは歴史的使命を終えるのだが,その前に,敗戦後の復興期日本で作られた最高性能の真空管式ラジオを製作して,その懐かしの音を耳に記憶しておきたいということなのだ.
ところで私の電気工作部品箱には,六球スーパー用の部品である三連バリコンとコイルがない.これをまず調達しなければならないのだが,秋葉原でも入手難である.少し前にネット通販で叩き売りされていた骨董ラジオを買い,この中から部品取りをしようと思ったのだが,解体してみたらバリコン (バリアブル・コンデンサ) はサビなどの状態が悪くて,そのパーツを私の最後のラジオに使いたくはないなと思った.
それで,バリコンをヤフオク (旧ヤフー・オークション) で手に入れることにした.骨董の三連バリコンの出品を何度か見送ったあと,商品写真で見る限り美品のバリコンが出品されたので,即入札し,セリ勝って手に入れることができた.それが下の画像のものである.
状態から判断すると,これはおそらく未使用品である.いい物が手に入ったので私は深く満足した.ただし出品者のコメントには,容量を実測したところ420pFであると書かれていた.標準は430pFであるから少し足りない.また,全波受信機用だったらしく,トリマー・コンデンサ (バリコンと並列に入れる容量可変の小型コンデンサ) が付いていない.そのトリマー・コンデンサとの兼ね合いで,容量が少し小さいのであろう.
中波AM放送用の受信回路に使用するコンデンサは,バリコン 430pF+トリマー20pFが標準であったから,私が手に入れたバリコンに組み合わせるトリマー・コンデンサには少し容量を増やすなど細工しなければいけないかも知れない.
さらに言うと,トリマー・コンデンサは,往時の真空管ラジオを偲ばせる陶板を絶縁体基板として使用したものが,もはや流通していない.あるのは,中国製の粗雑な造作の製品である.私は 習近平が嫌いなので 昭和レトロが好きなので,日本が技術立国を志した時代の高品質コンデンサをぜひとも使いたい.そこで,これもヤフオクから調達することにしたが,同じことを考えている人は他にもいるらしく,もう二度もセリ負けた.あまりに高価な価格で落札されているので勝てる気がせず,気弱になっている.w
秋葉原にはもうこの種のラジオ用ジャンクパーツを扱う店はない.最後の店が閉店した時にはニュースになったが,あれからもう数年経った.だが,もしかすると,クラシック真空管を販売している某店にいけば,棚の片隅の部品箱に眠っているかも知れない.久しぶりに出かけてみようかと思う.
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