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2019年4月23日 (火)

ザゼンソウ (三)

 地球温暖化の影響は高山地帯にも及ぶものかどうか私は知らないが,今から五十年前,日本で年間平均気温が最も低いのは尾瀬だと資料 (既述の「山と渓谷社」の尾瀬ガイトブック) に書かれていた.最低気温でいえば北海道が最も寒いのだろうが,尾瀬は夏の平均気温が低いせいで年間平均気温が低いらしい.(月別気温の資料)
 そんな尾瀬の早春は五月下旬である.早春は,まだ冬ではあるが春の気配が感じられる時季だとすると,尾瀬は関東平野北部よりも三ヶ月は春の訪れが遅い.
 尾瀬を訪れるのに,人間の都合では五月初旬のゴールデン・ウイークがハイ・シーズンだが,残念ながら,というか尾瀬の自然にとって幸運なことに,この時期は,スニーカーならまだしも,足首を出したタウンユースの革靴を履いた女性が入るには雪が深すぎる.だが,ほとんど入山者を見かけない五月初旬こそ,尾瀬が最も神秘的な姿を見せるときだと私は思う.雪解けが本格的に始まる前,湿原が顔を見せるが,あちこちに残雪がある.そんな環境で,もうミズバショウは開花する.握りこぶし程の小さく可憐な姿である.
 だが,暫くすると雪解け水が湿原を水浸しにする.そうすると,湿原は平ではないから,くぼんだところに咲いたミズバショウは,水の底に沈んでしまう.陽光の下,キラキラ光る水面のその下に目を凝らすと,この世のものとは思われぬ花が咲いている.巧まざる天然の水中花である.下は,2002年5月3日に私の個人サイトに掲載した,水底のミズバショウの花を描いたものである.
 
Oze_mizubashou1
 
 この拙い絵と共に掲載した文章を下に再掲する.
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(前略) その日は尾瀬沼周辺を歩き回って過ごしたのだが,僕達の他にはほとんど人影はなかった.当時の尾瀬入山者は年間数万人だったと思うが,今はどのくらいなのだろう.おそらくその十倍はあるかも知れない.
 そんな,いっそさみしいくらいの天地の彼方に燧ヶ岳が見えた.燧ヶ岳は 2,356メートルの山だけれど,沼尻までいくと,その頂がすぐそこのように見えた.
 尾瀬沼の周辺にめぐらされた木道の外側は水浸しの湿原である.季節が少し早いからミズバショウの花はまだ握り拳ほどの大きさで,それが見渡す限り咲いていた.信じられないほど美しい光景だった.
 湿原のところどころが,小川というか浅い水路のようになっていて,雪解けの水が流れている.僕達は,その小川の水底にも花が咲いているのを見た.いったん顔をのぞかせたミズバショウが,水かさが増したので水の底に沈んだのだろう.陳腐な言い方だが,さわれば切れるような冷たい水が陽光にきらきらと輝いて,その流れの底に咲く可憐な白い花.わけもなく感動するということはあるもので,僕達は声もなく飽かずそれを見ていた.
 それからあと昭和四十年から四十二年にかけて,高校生時代にも僕達は何度も尾瀬に出かけた.「夏がくれば思い出す遥かな尾瀬」というくらいで,ニッコウキスゲの黄色い群落に埋めつくされた夏の尾瀬も忘れがたいけれど,人の心を撃つような美しさということでは,やはり早春のミズバショウの季節だろうと思う.
 長蔵小屋の三代目である平野長靖さんには,僕達はその時は会えなかったのだが,その後,新聞で尾瀬に関する記事を拾うと,長靖さんの名を時々みつけた.尾瀬の自然保護運動に活躍しておられるようだった.
 尾瀬はその後,どんどん道が造られ,山に行くというより観光に行くという風になっていったようだった.昭和四十六年七月,私が大学四年生の時だが,環境庁が発足して大石武一氏が初代の長官になった.その月,長靖さんが大石長官に尾瀬の道路建設中止を直訴し,ただちに大石長官が尾瀬を視察したという新聞の記事を見た.
 環境庁は発足したばかりだったから理想主義の意気高く,それから尾瀬は保護の方向に大きく舵を切り,十一月には自然公園審議会が尾瀬の車道計画の廃止を決定した.そしてその年の暮れ十二月一日,三十六歳の長靖さんは吹雪の三平峠で倒れ,再び還らなかった.
 水は透明だから,眼には見えない.ただそのきらめきによって,それと知られるだけだ.冒頭の画像は水の底のミズバショウを表現したかったのだが巧くいかない.水はどう描いたらよいのだろう.
 そもそもミズバショウに見えないですか.すみません.
【追記】
 上の文章を書いたのは四月の中旬であったが,書いた動機はそれに先立つ2月6日の一部新聞が報じた事件が基になっている.これについては『2002年5月18日 長蔵小屋のこと』で触れた.(5/18)
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2002年5月18日

長蔵小屋のこと
 私が『雑事雑感』五月の表紙ページに,尾瀬の長蔵小屋と三代目主人であった故平野長靖氏のことを書いたのは,毎日新聞2002年2月6日の報道がきっかけだった.
 
《Mainichi Interactive 2/6 15:01 要旨》

 日光国立公園・尾瀬の,尾瀬沼東岸に建つ山小屋「長蔵小屋」(福島県桧枝岐村,平野太郎社長)が,老朽化した別館を1999年に建て替えた際,旧建物の建築廃材の一部を公園外に搬出せず現地に埋めていたことが6日分かった.
 環境省北関東地区自然保護事務所は自然公園法に基づき,薪等に使う木材以外の建築廃材は同国立公園の区域外へ搬出し処分することを条件に,同年6月に建て替え申請を許可した.
 しかし同小屋では,別館の旧建物を解体した後の同年9月下旬,旧建物があった場所に穴を掘って廃材を埋めたという.
 同事務所が昨年の11月3日に行った調査で,断熱材に使ったとみられる発泡スチロールや配水管,配線のコードなど60キロ用米袋で28袋分が回収された.
 昨年5月から社長を務めている平野太郎氏(33歳)は「従業員の現場責任者が個人的判断でやってしまった.このぐらいいいだろうという甘さがあった」と話している.
 同小屋は尾瀬で最も伝統のある山小屋.尾瀬を開山した故平野長蔵氏が1890年に尾瀬沼北部に小屋を建設(1914年に現在地に移転)して以来,4代続く.2代目・長英氏,3代目・長靖氏(いずれも故人)と,歴代主人が尾瀬ケ原のダム化や縦貫道路建設反対運動など尾瀬の自然保護に関わってきた.太郎社長は長靖氏の長男.
 
 その後,福島県警はこの5月14日から16日まで,長蔵小屋とその周辺を廃棄物処理法違反の疑いで現場検証したが,その結果が16日の毎日,朝日新聞等で報道された.
 
《Mainichi Interactive 5/16 19:58 ,Asahi Com 5/16 21:41 の要旨》
 福島県警の発表によると埋められた廃棄物の量は,別館の解体時に出た建築廃材が約7トン,プレスした空き缶の塊や空き瓶を粉砕したガラス片など小屋の営業に伴う廃棄物が約3トンの計約10トンに上る.空き缶やガラス粉は,別館の建て替え時に取り壊したくみ取り式便所の便槽跡から発見された.県警は,この便所が使用されなくなった十数年前からごみ捨て場として使っていた可能性があるとみている.同県警は16日までに廃棄物処理法違反容疑で長蔵小屋本館等4ヶ所を家宅捜索し,宿直日誌などを押収した.産業廃棄物処理法違反の疑いで関係者を書類送検する方針だ.
 平野社長はこれまで,別館建て替え時の廃材が従業員の判断で埋められたと説明していたが,それ以外のごみも発見されたことから,長蔵小屋が長期にわたり組織的に不法投棄を行っていた疑いも出てきた.
 環境省は「一般論だが,組織ぐるみのごみ投棄といった悪質性が明らかになれば営業認可取り消しもありうる」(国立公園課) としている.
 
 そもそも昨年11月に環境省が調査に入ったのは,入山者の告発があったからだという.その入山者がどんなに悲しい思いで告発したか,想像に難くない.現在,長蔵小屋のウェブ・ページには,新聞報道に関する平野太郎社長の「お詫び」が掲載されているが,そこでは建築廃材の事だけで,営業に伴うごみの件は触れられていない.また同ページには「長蔵小屋の歴史」という文章が載せられている.書いているのは平野紀子さん.太郎社長の母上であり,私の文中に故長靖氏の伴侶として書かれている女性である.その文章の末尾は「さわやかな笑顔の登山者と一緒に山小屋はこれからも歩みつづけます。自然保護の原点、尾瀬と共に‥‥‥」と結ばれている.そう書いた人がなぜこんなことを.
 最悪の場合,尾瀬のシンボルともいうべき長蔵小屋はその歴史を閉じることになるかも知れないが,願わくば,原点に戻って再出発できるような措置がとられれば良いがと切に思う.
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 平野長蔵,長英,長靖の三代にわたる尾瀬の自然保護活動は,長靖さんの遺志を踏みにじった愚かな妻と不肖の児によって名声を失った.そしてこの不祥事が明らかになって以来,私は尾瀬に足を踏み入れていない.長蔵小屋を堕落させたのは,私たち尾瀬入山者に他ならないからである.そして世論には「尾瀬の自然破壊の先頭に立つ山小屋」との批判が台頭したのであった.
 ミズバショウの水中花のことから,少し先を急ぎ過ぎた.ともあれ,私は中学以来の何年間にわたり,尾瀬の植物に親しんだ.実際に目で観ることのできたのは,尾瀬の植物の数パーセントに過ぎないだろうが,残念だったのは,遂に開花したザゼンソウの姿を見なかったことである.
[ザゼンソウ (四) に続く]

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