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2019年4月17日 (水)

ドライカレーについて

 私の高校生 (昭和四十年入学) 時代以前は,まだ日本の外食マーケットは黎明期にあった.郷里の前橋市でも,市中心部の繁華街にはデパートや洋服店,電器店などの商店は並んでいるが,家族で食事するようなレストランはあまりなく,デパートの食堂の他には大きめの中華料理店「来々軒」が人気だった.来々軒の息子が中学の同級生だったので特に店名を明記したが,他意はない.
 その他には,小さなシャレた洋食屋さんがあり,裕福な家庭の子女は,普段からここでプレーンオムレツなんぞを食っているらしかった.小学校六年のときの同級生で練炭会社社長の息子がいて,彼は上品な家庭環境が災いしてかクラスの中で浮いていたのだが,彼は私と仲良くなりたかった (私は児童会長だったのだ) ようで,昭和三十六年のある日この店に私を連れて行って,プレーンオムレツを御馳走してくれた.それは天上の美味であり,そして私が初めてナイフとフォークで食事した料理であった.
 その洋食屋さんの店先にはメニューを書いた看板が立て掛けてあり,そこに書かれていた献立を今でもそっくり覚えている.それはこうだった.
 
エビピラフ  エビの入ったチャーハンのようなもの
カニピラフ  カニの入ったチャーハンのようなもの
ドライカレー カレー味のチャーハンのようなもの
 
 この献立のピラフは,たぶん正しい意味のピラフではなく,書かれている通り「チャーハンのようなもの」だったに違いない.というのは,客が注文するたびにピラフを炊いていたのでは時間と手間がかかって仕方ない.仕込みである程度の量のピラフを拵えておき,オーダーがあった場合に,結局のところ炒めて「チャーハンのようなもの」にしたと思われるからである.今なら電子レンジがあるから,「チャーハンのようなもの」はせずに済むだろうが.
 ここで私が特に記したいのは,昭和三十年代から昭和四十年前後の昔,「ドライカレー」はチャーハンのようなものであったということである.
 それから何年かが経って昭和四十三年,大学に合格した私は上京した.田舎の学校の生徒だった時は,肉屋のコロッケとかパンの買い食いとかを除けば,飯は基本的に家で食うものだったが,一人暮らしの大学生の食生活は,自炊もしたが,かなり外食の占める比率が高くなった.朝は主に立ち食い蕎麦だが,喫茶店のモーニング・サービスのこともあった.昼はほとんど大学の生協食堂で食べたが,学友と洋食屋で食うこともあった.昭和四十年代の東京で「ドライカレー」は「ナポリタン」と並ぶ洋食屋の定番献立だったが,その東京の「ドライカレー」も,チャーハンのようなものであった.
 ここで Wikipedia【ドライカレー】を読んでみよう.以下に抜粋引用する.
 
現在、以下のスタイルのカレーライスが、ドライカレーと呼ばれている。
挽肉とみじん切りにした野菜を炒め、カレー粉で風味をつけ、スープストックで味付けをして煮詰め、平皿に盛った飯に載せた料理。一種のキーマカレー。(挽肉タイプ)
カレー風味の炒飯。家庭で簡単に作れる「ドライカレーの素」や、冷凍食品が各社から発売されている。「カレーチャーハン」とも呼ばれる。(炒飯タイプ)
生の米とカレー粉を具材と一緒に炒め、炊き上げたもの。カレーピラフ。(ピラフタイプ)
 
 この記述の後に,《1910年ごろ、日本郵船の外国航路船「三島丸」の食堂が、はじめてドライカレー(挽肉タイプ)を提供したといわれている 》とあり,「ドライカレー」は明治時代から存在したということになる.しかし,このブログで横須賀海軍カレーの大嘘を暴いたように,カレーに関する伝説は信用ならぬものが多い.Wikipedia【ドライカレー】が《といわれている 》としている根拠は,産経ニュースの記事《船上の伝統 ドライカレー 「欧風ダイニング ポールスター」》(2017.11.19 12:02) だが,記事の最初に日本郵船三島丸のカレー料理「ロブスター&ドライカリー」は,
 
12ミリ角程度の牛肉を、カレー粉やタマネギ、ニンニク、ショウガなどとともに炒め、約6時間かけてじっくり仕上げる
 
と書いておきながら,続いて
 
日本郵船の船で機関長を務めた、日本郵船博物館の堀江誠館長代理は「客船では牛肉をかたまりで買うので、固い部分をミンチにしたのが始まりのようです。コックが『ドライカレーはステーキよりもたくさんの肉を使わないといけないんだ』とぼやいていましたが、『他の料理より食べ残しがずっと少ない』とも自慢していました」と話す。
 ひき肉を使うのは、ドイツのハンバーグがヒントになったらしい。船は揺れることから、液状ではないカレーが好まれたという説もある。
 
 これは一体どうしたことだ.ロブスターが行方不明なのも問題だが,それよりも日本郵船博物館の堀江誠館長代理という人は《12ミリ角程度の牛肉》を挽肉だというのである.こんないい加減な人物の言うことを真に受けて記事にした産経新聞記者といい,それを読みもせずに出典として挙げた Wikipedia【ドライカレー】の編集者といい,全くもって大間抜けのコンコンチキとしか言いようがない.《船は揺れることから、液状ではないカレーが好まれたという説もある 》という説明は,横須賀海軍カレー関係者が主張していることと酷似している.横須賀市当局と市内のカレー屋たちは「カレーシチューは軍艦の中では器からこぼれてしまうので,小麦粉でトロミをつけたのが日本のカレーの始まりだ」と主張しているのである.
 大体において,「○○はウチが元祖」という話は,味噌煮込みうどんの山本屋本店とか木村屋總本店のアンパンなどしっかりした根拠のあるものもあるが,大抵はヨタ話だと思ったほうがよい.
 産経の記事にある「ポールスター」というレストランは,三島丸でカレー料理が供されていたことを根拠にして「ドライカレーはウチが元祖」と強引に主張しているといったところが事実であろう.ばれない嘘をつきたいなら,サイコロ切りにした牛肉のカレー風味料理がいつの間に挽肉料理になってしまっているという,いい加減な辻褄を合わせてからにせいと言いたい.

 さて,キーマカレーと「ドライカレー」の混同・誤用はいつの頃に生じたか.
「キーマカレー」という言葉が世間一般で用いられるようになったのは,私が妻を得た昭和五十年代初めのことだったと記憶している.その妻が「ドライカレーです」と言ってある日の食卓に出したのは,私には初見のキーマカレーだった.料理そのものは現在の日本で「キーマカレー」と呼ばれているものだったが,それを当時は「ドライカレー」と呼んでいたのである.もちろんインド料理で「キーマカレー」とは「挽肉のカレー」ほどの意味であり,どのようなものかは,料理するインド人によって千差万別である (と料理本にある) が,一般的には Wikipedia【キーマカレー】に掲載されている下の写真のようなものである.挽肉と少量の野菜を加熱調理して,アンコ状態にしたものだ.下に引用した画像ではトーストしたパンが皿に載っているが,白飯でもバターライスでも,あるいはナンでもいい.何でもいい.ヾ(--;)
 で,その日の夕食,これを食べた私は「全然ドライじゃないね」と言った.批判したわけではないのに,文句をつけられたと思った彼女は,その後二度とこの料理を作ることはなかった.
 そんなことはどうでもいい.要するに,昭和五十年代に,「キーマカレー」を「ドライカレー」と呼ぶ誤用が行われていたのである.
 
Paubhajiindia_1
(オリジナルソースを明記した上で,Wikimedia Commons “Paubhajiindia.jpg” から縮尺して引用;出典ウェブページ)
  
 前置きが長くなった.ここで正調「ドライカレー」を拵えてみる.
 まず,玉葱の中くらいのやつ半分をみじん切りにする.人参もほぼ同量,ピーマンは普通の大きさのを二個,いずれもみじん切りにする.
 この三つを一緒くたにじっくりと中火で炒める.玉葱はよく炒めたほうがおいしいし,人参とピーマンは,加熱が足りないと挽肉と合わせた時に食感がよろしくないからである.もちろん量的なことはテキトーでいい.人参嫌いの向きは敢えて人参を食うこともない.
 彩のことでいうと,みんな同量に近いときれいに見える.下の写真A参照.
 
20190417a
(写真A)
  
 野菜をよく炒めたら,これに豚の挽肉百グラムを投入してさらに炒める.挽肉はすぐに火が通るから,硬くならぬよう,あまりだらだらと炒めないのがよろしい.下の写真Bを参照.
 挽肉はあまり割合を多くすると,なんだか「何を隠しましょう私は,実はキーマカレーです」という顔付になって,昭和四十年代のレトロ感が薄れるので,肉が食いたいなら素直にキーマカレーを作って頂きたい.
 
20190417b
(写真B)
 
 実は,一人前の量は作りにくいので,調理写真は二人前の外観である.
 具材を炒め終えたら味付けをする.カレー粉だけであると旨味に欠けるので,粉末の鶏ガラスープも使うが,チューブ入りのカレー風味調味料でもよい.私はグリコの「カレーマジック」を使った.これはマイルドとスパイシーの二種類があるので,好みで選べばよい.使用量も好みだが,上の具材量で,大さじ二杯くらいか.味付けしたら半分を冷凍にしておくか,氷温なら数日は保存できるので野菜サラダのトッピングに使える.
 次に米飯を炒める.白飯を百五十グラムから二百グラムをレンチンし,バターと和えてバターライスにし,これをフライパンに具材に投入して,カレー粉をふりかけて加熱しながらよく混ぜ合わせる.
 カレー粉はS&Bの赤い缶でもいいが,ここはひとつシャレて,評判のよいインデアン食品株式会社の INDIAN CURRY POWDER は如何だろうか.成城石井とかカルディコーヒーファームなんかで入手できる.確かめていないが紀ノ国屋にもあるかも知れない.
 ちなみにこのカレー粉の製造者は インデアン食品である.ブログ記事《カルディで買えるカレー粉「インディアン カレーパウダー」でチキンカレーを作る!》に書かれている「インディアン」ではない.
 
20190418a_2
 
 上は出来上がりの写真だ.インデアン食品のカレー粉はS&B赤缶よりも色がきれいなような気がする.だがまあそこは好みで選択して頂きたい.ということで,副菜に温野菜を添えて,いただきます.

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