« 帰郷 | トップページ | 鶏の事情 (3/6 に訂正) »

2019年2月21日 (木)

アンコールを一目でも (十)

 私はクラブーツーリズムの街歩き企画に時々参加するのだが,ツアーコンダクタの他にガイドさんが付く.このガイドさんたちは,厚さが十センチはあろうかという分厚い資料ファイルを持ってくる.いかに彼らが勉強家であるかがわかる.私だって鎌倉の中世史跡の歴史くらいは説明できるが,近世は皆目わからぬ.その上,仏像や絵画の説明はお手上げなので,鎌倉のガイドにはなれそうもない.
 ところが,今回のアンコール遺跡ツアーの現地ガイドさん (たぶん四十代) は,資料ファイルなんぞ持たずに,流暢な日本語で痒い所に手の届く説明をしてくれた.しかも,私たちのツアーは二日間に亘ってあちこちの観光をしたわけだが,どこに行っても,屋台店のおばさんや,遺跡を管理している政府公務員,遺跡の保護にあたっているレンジャー,同業のガイドさんたち,果ては物売りの子供たちまでが,彼を見るとにっこり笑って話しかけてくるのだ.これは単なるベテランというだけの理由ではないと私には思われ,すごい人物が世の中にはいるものだと感心した.
 その現地ガイドさんは,アンコール・トムで,中国人の団体には決して接近しないように私たちを先導して進んだ.その理由を訊いたら,アンコール遺跡群では中国人の窃盗団が暗躍していて,観光客の被害が後を絶たないからだそうである.ちなみに,中国人観光客の団体は遠くからでも識別できる.声が大きいからである.
 また,窃盗団は論外だが,中国人観光客も現地ガイドさんたちに嫌われているようである.何しろ彼らは,ガイドの説明を全く聞かず,大声で私語する.勝手に順路を外れて歩き回る (これは日本人のツアーの御婦人も同じ).公衆道徳がないから道の真ん中でも平気でポイ捨てをする (日本人は植え込みの陰とか見えないところにポイ捨てする) し,人目もはばからずにそこ等へんで堂々とオ○ッコをする (日本人は物陰に隠れて立シ○ンする) 等々.いずれも私たちが日本の観光地で見かける中国人の行動だ.ヾ(--;)ニホンジンダッテ
 余談だが,最近,奈良公園で鹿に噛まれる中国人観光客が増えているらしい.奈良公園の鹿は,しかせんべいを見せると,「それをください,お願いします」とでも言うかのように,おじぎをするのだが,テレビニュースのVTRでは,中国人女性が,しかせんべいを見せびらかして「おじぎの仕方が足りない,もっとおじぎをしろ」みたいな躾けをやっていた.そして焦らされた鹿は,怒ってその中国人の服に噛みついたのだった.そりゃ噛み付かれるわなあ.躾けるなら鹿でなく,TDLの中の広場でオ○ッコをしないように自分の子供を躾けなさい.
 閑話休題.現地ガイドさんは冗談めかして次のように言った.
「中国人はお金持ちです.お金持ちになるには,どうしたらいいでしょう.他の人のことを考えなければいいのです」
 彼が暗に,ポル・ポト派に武器弾薬,地雷を供給した中国を指していることはあきらかだった.
 
 ここで Wikipedia【中華思想】を見てみよう.
 
四夷
中国人の考える中華思想では、「自分たちが世界の中心であり、離れたところの人間は愚かで服も着用しなかったり獣の皮だったりし、秩序もない」ということから、四方の異民族について四夷という蔑称を付けた。
東夷(とうい) - 古代は漠然と中国大陸沿岸部、後には日本・朝鮮などの東方諸国。
西戎(せいじゅう) - 所謂西域と呼ばれた諸国など。
北狄(ほくてき) - 匈奴・鮮卑・契丹・韃靼・蒙古などの北方諸国。
南蛮(なんばん) - ベトナム・カンボジアなど東南アジア諸国や南方から渡航してきた西洋人など。
中華世界では四夷は辺鄙な場所に住んでいるために中華文明の影響と恩恵を受けていない「化外の民」であり、いずれ中華文明に教化されることによってやがて文明化されていくとされ、中華世界ではこの「化外の民」を教化して中華文明の世界へ導くことが中華世界の責務であるとされた。特に中華文明を代表する「天子」としての皇帝は自らの徳をもって周辺諸民族を教化して文明へと導くと考えられた。
》(引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者が行った)
 
 春秋戦国時代の頃に始まった中華思想に基づいて,中国は理由もなくインドシナ半島の人々を蔑んできた.Wikipedia【ベトナム戦争】に,《ホー・チ・ミンが述べた言葉として『中国人の糞を100年喰らうよりフランス人の糞をしばらく喰らった方がましだ』がというのが有名である 》と書かれている.ここには「要出典」と書かれてしまっているが,ベトナム戦争が始まった頃,よくこの「中国人の糞…」を私は読み,かつ聞いた.ホーが本当にそう言ったかどうかは知らないが,古代中国以来,漢民族がインドシナの人々からどれほど嫌われてきたかをよく表す言葉としてこの言葉は流布したのである.
 ベトナム戦争当時,中ソ対立が激しくなるとベトナムはソ連についた.これはソ連の軍事支援が,軽火器中心だった中国の支援を圧倒していたからと言われるが,ベトナム労働党の反中華思想が底流にあったと思われる.「中国人の糞を百年喰らうよりロシア人の糞をしばらく喰らったほうがまし」だったのだろう.
 中国の「毛沢東主義の輸出=中華思想的教化」に従わないベトナム労働党に対して,中国はポル・ポトのクメール・ルージュに毛沢東主義を掲げさせ,カンボジアで中ソの代理戦争を戦わせた.それだけならまだしも,ポル・ポトは毛沢東主義に基づいて,異常な「革命」を開始した.
 
1976年5月13日、ポル・ポトは民主カンプチアの首相に正式に就任する。民主カンプチアの国家体制は中華人民共和国の毛沢東主義を基盤にした「原始共産主義社会」であり、その実現のために、国立銀行を閉鎖し、貨幣なども廃止する一方、都市住民を農村に強制移住させ、食糧増産に従事させた。しかし、その際に方法論として資本主義に関する文明の利器を全て一掃したため、国民は農作業や灌漑施設の建設などの重労働を全て手作業で行うなどの過酷な労働環境を強いられる。更に生産された米の多くは外国からの武器調達のために輸出されたため、国民の多くは飢餓、栄養失調、過労による死へと追いやられていった。
このような惨状を目の当たりにしたポル・ポトは、裏切り者やスパイの政権内への潜伏を疑って猜疑心を強め、医師や教師を含む知識階級を殺害するなど、国民に対する虐殺が横行した。やがて虐殺の対象は民主カンプチア建国前から農村に従事していた層にまで広がり、カンボジアは事実上国土全域が強制収容所化した。このような大規模な知識階級への虐殺、あるいは成人年齢層への虐殺に加え、ポルポト側が「資本主義の垢にまみれていないから」という理由で子供を重用するようになったため、国内には子供医師や少年兵までもが現れ、人材は払底を極めた。
ポル・ポト政権下での死傷者数はさまざまに推計されている。カンボジアでは1962年の国勢調査を最後に戦争状態に入り、以後1975年までの正確な人口動態が不明となりこうした諸推計にも大きな開きが出ている。ベトナムが支援するヘン・サムリン政権は1975年から1979年の間の死者数を300万人とした(これはのちに下方修正された)。フランソア・ポンショー神父は230万人とするが、これは内戦時代の死者を含む。イェール大学・カンボジア人大量虐殺プロジェクトは170万人、アムネスティ・インターナショナルは140万人、アメリカ国務省は120万人と推計するがこれらの機関は内戦時代の戦闘や米軍の空爆による死者数には全く言及していない。フィンランド政府の調査団は内戦と空爆による死者が60万人、ポル・ポト政権奪取後の死者が100万人と推計している。マイケル・ヴィッカリーは内戦による死者を50万人、ポル・ポト時代の死者を75万人としている。当事者による推定ではキュー・サムファンは100万人、ポル・ポトは80万人である。

 
 アムネスティ・インターナショナルによる推計で百四十万人の死は,毛沢東主義がカンボジアの地で結んだ血の果実なのであった.
 現地ガイドさんたちは,中国人団体客のガイドを嫌がるそうである.私たちのツアーのガイドさんは「中国人のガイドを引き受けるのは,我慢強い人だけです」と笑いながら語ったが,本当は笑いごとではないのだろうと私は思った.彼はおそらく少年の頃,ポル・ポトの時代を辛くも生き延びた人なのだろう.そしてカンボジア国民にとっても中国はポル・ポトと同一視されているはずで,これこそが中国人がカンボジアで歓迎されない理由だと思われる.
 ところが日本人の中に,デマを流布する者がいる.
 東京大学大学院准教授の阿古智子が現代ビジネス誌 (講談社) に《いま親日国カンボジアの人々が中国に共感し、米国を嫌悪する理由 》を書いているが,ここでは,カンボジアをいまだに貧しい国のままにしている原因がポル・ポト=中国であることは伏せられ,カンボジア国民が中国に《共感し 》ていると書かれている.どこをどうネジ曲げればそんな嘘が出てくるのか.こういう者が大学院で教鞭をとっていることに私は憤りを感じる.
 
 話は変わるが,日本の,例えばTDRの顧客満足度が大きく低下した原因に,中国人観光客の大声があるという.誰が言っているかというと私の知人の女性だ.彼女はディズニーの大ファンだったのであるが,いまはもう全く行かなくなった.なぜかというと,夢と魔法の王国に中国語の大声は似合わないと言うのだ.これが,まるで耳元で詩をささやくフランス語だったら,どうか.彼女はきっと,毎日でもTDRに通うに違いない.w
 アンコール遺跡群は,カンボジア人の誇りであるだろう.彼らの祖先の文化遺産であるし,ましてや宗教的遺跡である.だから私たちはこれに敬意を表して,静かに見学すべきであると思う.
 ところが我がツアーの中に,あたかも中国人であるかのように遺跡の中で大声を発する者がいたのである.この日の朝,集合時間を無視して朝寝をしていたあの爺である.こいつはバイヨン遺跡の中で「はーい皆さん,足元に気を付けてねー,落ちたら死にますよー,ぐははははー」などと阿呆なことをわめき続けたのである.私はカンボジア人のガイドさんに,まことに恥ずかしく申し訳なく思ったのである.
 
 さて,私たち一行はアンコール・トムを後にして,タ・プローム寺院遺跡に向かった.この遺跡は,観光客の目を驚かす奇観と共に,映画『トゥームレイダー』のロケが行われたことで有名になった.この映画はアンジェリーナ・ジョリー主演で彼女の出世作になった作品である.
 
20190220j
(タ・プローム寺院遺跡)
 
 ツアーのバスは,タ・プローム寺院遺跡から少し離れた駐車場で一行を降ろし,私たちは参道を歩いて遺跡に向かった.参道の途中で,地雷被害者の楽団が曲を演奏していた.カンボジア内戦の被害者である.かつては物乞いするしか生計の途はなかったというが,支援活動もあって,観光地や都市部で楽団演奏をして寄付を募っているという.
 ネット上の記事には,米国を含め内戦に加わったすべての勢力が地雷を埋めたとしているものがあるが,それは当時の日本に伝えられた報道とは異なる.
 そもそも地雷は,拠点を守備する側が埋めて,敵の接近を防ぐものだ.そう考えると,カンボジア内戦で埋められた地雷のほとんどは,掃討戦をやっていたベトナム軍ではなく,守勢のポル・ポト派が埋めたものだと考えられる.ポル・ポト派は自国民を大虐殺したが,今もカンボジアの人々は彼らの残した恐怖の下で暮らしているのだ.
 
20190220k
 
 上の写真では,倒壊しそうな箇所に補強がなされている.この例では樹木 (ガジュマル) が寺院の建屋の上で生長し,その重みで崩壊しそうになっている.しかし中には,ガジュマルの気根 (地上茎から出た根のこと.主に呼吸や吸廃湿を担う) で建造物が支えられているかのように見える例もあり,遺跡を修復保存する工事の際に,判断の難しい問題となっているそうだ.
 
20190220lb
 
 上の写真の樹木は気根の様子からみてガジュマルではないが,名称はわからない.上の写真で,赤い↓が指しているところに内部への入口があり,映画『トゥームレイダー』では,ヒロインのララがそこから中に入るシーンがある.
 話が横道に逸れるが,映画『トゥームレイダー』は同名のPCゲームの映画化作品である.このゲームの第一作はMS-DOS上で動作した.といっても若い人には何のことやらわかるまいが,第一作はPCゲーム草創期の傑作であり,PCゲームというジャンルが消滅した今も,『トゥームレイダー』はただ一つシリーズ化され,製作され続けている作品なのである.
 このゲームのヒロインはララというが,映画の主演女優がアンジェリーナ・ジョリーだと発表された時,イメージが違うとするブーイングが世界中に巻き起こった.しかしその後のアンジーが大女優となったせいで,最近の『トゥームレイダー』作品のララは,アンジー寄りのキャラになっている.w

 
 ともあれ,タ・プローム遺跡は,石の建造物をも密林の中に崩壊,荒廃させてしまう樹木の生命力とせめぎ合いながら,修復が行われていくだろう.下の写真は現地に展示されていた資料である.(上が修復前,下が修復後)
 
20190220m
 
 タ・プローム遺跡を見学したあと,私たちは昼食を摂りに街道沿のレストランに立ち寄った.
 
20190220q
 
 この店のランチセットは,日本のレストランと比較して遜色ないレベルだったが,店の名をメモし忘れた.なぜかというと,例のトラブル爺が私にちょっかいを出してきたのである.
 写真のサラダのあと,スープがサーブされる前に,爺はトイレかどこかにふらふらと出歩き,戻ってきたかと思うと,私の肩にテーブルナフキンを載せた.私が驚いて「これはなんですか!」と言うと,爺は平然としてこう言った.
「床に落ちていたんだ」
「床に落ちていたものをなんで私の肩に載せる? 失礼じゃないか!」
と私が語気を強めると,ツアコンダクタが「まあまあ」と止めに入った.
 私の何が気にくわなかったか知らぬが,唐突に喧嘩を売るとは常軌を逸している.
 遺跡内での奇矯な声といい,この振る舞いといい,ちょっとアブナイ気配があったので,私はこの後,爺から距離を取って歩くことにした.
 ちなみにこのレストランの他にもメモし忘れたことがあり,この旅行記を書きながら,しまったー!と何度か臍を噛んだ.
 
 さて,昼食のあと,いよいよ長年思い描いてきたアンコール・ワットの見学である.
アンコールを一目でも (十一) へ続く

|

« 帰郷 | トップページ | 鶏の事情 (3/6 に訂正) »

冥途の旅の一里塚」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アンコールを一目でも (十):

« 帰郷 | トップページ | 鶏の事情 (3/6 に訂正) »