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2019年2月 4日 (月)

琵琶湖竹生島 (一)

 再び近江に旅する.前回の旅は近江の観音信仰がテーマであったが,今回は竹生島の弁財天をこの目で観てみようということである.主目的はそういうことだけれど,ついでだからテ レビ番組みたいに「途中下車の旅」をしてみる.
 移動の経路は新幹線で京都駅に行き,竹生島への船が出る長浜まで引き返すことになる.それで,途中下車の最初は伏見の醍醐寺に立ち寄り,次に彦根で降りて彦根城を見学する.それから長浜へ,という段取りである.
 さて昨年十一月五日,藤沢駅七時過ぎ発の東海道線下り電車に乗り,三十分ほどで小田原着.新幹線ひかり503号・新大阪行に乗り換えた.久しぶりの新幹線である.出張に明け暮れていた現役会社員時代が脳裏に浮かび,少し懐旧の思いに浸った.かつての同僚たちはどうなんだろう.もう昔を思い出すことはないのだろうか.明日 (2/4),友人二人と昼飯を食うことになっているのだが,訊いてみようかしら.
 京都駅で昼酒を少しやって,それから軽く腹ごしらえをした.そうして八条口を出てぶらぶら歩き,醍醐寺直通の京阪バス乗り場に行った.植栽の縁石に腰掛けてバスが来るのを待っていると,歳の頃なら還暦くらいの御婦人が駅の方からやってきた.彼女は私を見て,ここは醍醐寺行きのバスですか,と訊いてきた.そうです,と答えると,私の隣に腰掛けた.そしてにこにこと笑顔で,どちらから来られました?と訊ねてきた.
 一人旅をするフレンドリーな高齢女性ってのは,私のタイプだ.ヾ(--;)
 若い娘さんというのは,ただもう見ているだけでよろしい.世間話をするなら,オバ 御婦人に限る.それで私は彼女と暫くのあいだ他愛もない会話を楽しんだ.実は十一月は,東京のサントリー美術館で「京都・醍醐寺 真言密教の宇宙」展が開催されていて,醍醐寺の宝物は東京に出払っているのだが,まあそれも境内が静かでいいですよね,なんてことを話したのである.
 やがて十二時少し前に京都駅発のバスがやってきた.私たちはなんとなく少し離れた席に着き,バスは三十分ほどで醍醐寺に着いた.彼女は先にバスを降りて,醍醐寺境内の入り口に向かって歩いて行ったが,途中で私を振り返った.旅は味噌漬け世は茄子漬よ (by 四代目柳亭痴楽) という.足早に歩いて追い付こうかという気が一瞬したのだが,しかし旅は一期一会を善しとすると思い直した.

 
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 京都駅からの京阪バスは,団体観光バス駐車場の端にあるバス停に止まる.
 バスを降りると (↓) の写真の右方向に醍醐寺境内の入り口が見える.
 
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 醍醐寺の境内 (案内図) はいくつかのエリアに分かれていて,駐車場をでるとすぐに「霊宝館エリア」の入り口だ.(↓) の写真正面の建物が霊宝館だ.中に入ると,なかなか見ごたえのある美術品が展示されている.古の日本の美術の保護に関して醍醐寺が果たした役割は大きい.寺の公式サイトには次のように書かれている
 
明治維新期には、いわゆる「廃仏毀釈」により、京都・奈良を中心とする多くの寺院は、財源を求め、仏像や什物の譲渡を余儀なくされました。特に海外への流出が盛んに行われたのもこの時期です。醍醐寺も大きな試練に立たされましたが、醍醐寺は、一山に伝わる一切の宝物を一紙に至るまで流出させないことを旨として、困難な時期を乗り越えることができました。
 
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 醍醐寺の宝物を鑑賞後,順路に沿って歩いて行くと,このエリアに入る時にはスルーしたのだが,日本家屋風の建物がある.近づくと「スゥ・ル・スリジェ」というカフェだった.本当は「French Cafe le clos Sous le cerisier (フレンチカフェ ル クロ スゥ ル スリジェ) 」というらしい.長すぎ.
 混んでなかったので,しばしの休憩とアイス・オレ.
 
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 辻に立っている案内 (↓) に従って,金堂・五重塔方向に進む.
 
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 さすがは音に聞く古刹醍醐寺.境内はとんでもなく広い.観光客は思ったよりも少なく,広い道の前方を歩いていた人は下の写真くらいなもの.
 
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 ここ (↓) が西大門 (仁王門) だ.その先には広い敷地に大伽藍が展開している.更にその先は醍醐寺開創の地「上醍醐」だが,台風のために大きな被害を受け,上醍醐への道路は閉鎖されていた.伽藍エリアも,樹林に被害があり,かなり倒木があったらしく,重機が入って修復作業が行われていた.
 
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 倒れた樹々を見ながら進むと,広々としたところに国宝金堂があった.撮影した位置にある石積みに腰掛け,長いこと金堂を眺めていたが,誰も近くを通り過ぎることがなく静かな時間を過ごした.
 
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 下はやはり国宝の五重塔である.村上天皇の天暦五年 (951年) に完成した京都府下最古の建造物である.拝観者は下から見上げる他ないが,はやりのドローンで撮影すれば,さぞかし美しかろうと思った.

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 拝観順路に従って進むと,不動堂と観音堂がある.観音堂は西国十一番札所である.
 
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 観音堂の向こうに,このエリアの食事処「寿庵」(↓) があった.ここでノンアルコールビールを飲んで休憩.
 
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 寿庵を出て,来た道を引き返し,三宝院エリアへ.下の写真は唐門だが,その隣に参拝客入口がある.敷地の中は重文の建物ばかりで,このエリアの中心である表書院は国宝だ.
 
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 表書院の中を進むと庭園がある.ここでは縁側というか通路というか,呼び方がわからぬが,とにかく赤い矢印を描きいれたところに正座して,庭園を眺めていることができる.私は三十分ほどもいたろうか.ここは静かな時間が流れるよいところであった.
 
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 三宝院を拝観したあと駐車場に戻り,そこのバス停で山科行のバスに乗った.山科駅からは琵琶湖線で彦根に向かう.

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