琵琶湖竹生島 (三)
四番町スクエアから彦根駅前に歩いて戻った.長浜はすぐだから電車に乗ろうとも思ったのだが,さすがに空腹なので彦根駅前の飯屋の暖簾をくぐった.店の名は「八千代」といった.蕎麦もうどんも丼物もあるし,酒も飲ませるという広角打法の店だった.いつもはフレンチだのイタリアンなどとほざいている私だが,旅にしあれば,なんでもありの食堂や,商運既に傾いて煤けた飲み屋なんかがよろしい.旅人の旅情をなぐさめてくれるのは,その手の店である.
飲み物は例によって例の如くハイボール.下の写真を撮る前に,串かつを食べて,ハイボールは二杯目.
品書きを開いて,次は何にしようかと思ったら鮒寿司 (Wikipedia【鮒寿司】 によると正しくは鮒鮓と書くものらしい) があった.(↓の写真の角皿)
鮒寿司は,最初に食べた時の体験がその後の好き嫌いを決定するといわれる.ホヤと同じだ.ホヤは東北の漁港で水揚げされたばかりのものは美味だと聞いているが,私が初めて食べたホヤは,異臭のするゴム状のものだったので,それ以来,口にしない.
鮒寿司を初めて食べたのは静岡市内の小料理屋であった.店の主人は京都の「たん熊」で修業した料理人で,鮒寿司は滋賀の知己から取り寄せているといった.その鮒寿司が実に旨かった.それで鮒寿司には抵抗感がないのであるが,しかしその店の鮒寿司が私の最初で最上の体験で,以来,それよりおいしい鮒寿司に出会ったことがない.今にして思えば,その店の鮒寿司は,滋賀から届いたものに何らかの「仕事」を施したものだったのだろう.程よい塩味と噛み応えだった.
さて期待はしていなかったが,長浜駅前のチープ感あふれる飲み屋の鮒寿司は,私の鮒寿司体験の中で最低に位置付けられるものであった.とにかく塩がきつい.スルメのように硬い.臭い.そして異常に安い.w
品書きに書かれた値段を見て私は,小皿に三切れほど載せられて出てくるものと予想していたのだが,上の写真のように無造作に,まるで〆鯖一人前のように盛られて登場したのである.滋賀土産で販売されている価格の半値ほどだから,飲み屋の旦那が趣味で自作したものかも知れない.とにかく硬くて,血圧が150を突破して耳から煙がでるくらいに塩辛かったので,食うのが苦行であった.
ついでに書くと,角皿の隣の椀は,件の鮒寿司に付いてきたものだ.椀に湯が入っていて「これに鮒寿司を少し入れて鮒寿司汁にしてください」と店のおかみさんが言った.そして「塩気がたりなかったら調節してね」と,小瓶入りの塩も置いていった.
言われた通りにしたら,三倍に強化された発酵臭が湯気と共に立ち昇った.食い物を粗末にしてはいけない.食い残してはいけない.食い物はすべてありがたいものだから,口が裂けてもマズイと言ってはいけない.そういう昭和の価値観を引きずっている私は,泣きながら鮒寿司汁を飲んだ.父上様,母上様,鮒寿司汁おいしうございました.幸吉はもう走れません.
あとそれから,鉄皿に盛られた料理は,ほんとは何を注文したのか今となっては思い出せないのであるが,とにかく予想とは異なるものが鮒寿司に続いて大量に出てきたのである.画像の中の 巨大イトミミズ 赤い 血管のような ものは,滋賀名産の赤コンニャクを糸コンニャクにしたもの.鮒寿司汁でHPが大幅に減っていた私は,「あ,もういかなくちゃ,お勘定してくださーい」とわざとらしく言って支払いを済ませ,私の旅情をしみじみと慰めてくれた店を後にした.
駅前からタクシーに乗り,予約してあった「北ビワコホテル グラツィエ」に着いた.
チェックインしたら,目を見張るほどの美人フロント係に旧館へどうぞと言われた.「旧館てどこ?」と訊いたら,ホテルの玄関を出て,右に歩いたところにあるという.暗い道を歩いて旧館に着き,中に入るとホテルマンがいたので「飲み物の自販機は何階ですか」と訊ねたら,自販機は本館 (フロントのある建物) にしかないと彼は答えた.そして,この棟は門限があるとも言った.私は慌ててお茶のペットボトルを買いに本館に走った.
このホテルは琵琶湖の竹生島クルーズが出る長浜港に至近なので予約したのだが,一人客には不便な旧館の部屋が割り当てられるらしい.フロントの前にいたたくさんの客の中で,旧館を割り当てられたのは私だけだった.
二つの宿泊棟でサービスに差のあることが公式サイトで明示されていないのはよくない.宿泊プランに「旧館は門限あり.自販機なし」と書いてあれば,他のプランにしただろうし,もっとよいサービスのホテルを探したかも知れない.
ということがあった翌日,チェックアウトして港に行った.写真手前の船が竹生島行きで,その後ろには琵琶湖の対岸に行く大きな船が停泊していた.
下の写真は竹生島に接近中の時に撮ったもの.船着き場はもっと左にある.
ウェルカムのポールはあるし,庭園でもないのに石灯籠はあるし,色んな石柱とか琵琶湖周航の歌の石碑はあるしで,竹生島はホスピタリティ満載なのであった.
数は少ないながらも巡礼姿の人々もいた.
下の写真は,本尊の弁財天 (宝厳寺では,厳島と江ノ島の弁財天を下に見て,竹生島は「大弁財天」だと言っている w) が祀られている本堂.
下の写真の弁財天像は前立ち像だが,本尊の完全なレプリカではないかも知れない.
秘仏の本尊は六十年に一回開帳し,次の開帳は2037年となる.
宝厳寺弁財天については別稿で議論することにして,旅行記を続ける.
竹生島の島内を一時間と十五分かけて参拝し,長浜に戻った.長浜港から市内へはバスがない.歩いて行ける距離ではあるので,朝の散歩代わりに歩いた.すると,長浜駅の手前に昔の長浜駅駅舎を保存している歴史資料館があったので,入ってみた.
鉄道資料館を出て長浜駅構内をスルーして,どんどん歩いて行くと「黒壁スクエア」に通じる小路があった.
長浜の黒壁スクエアは,Wikipedia【黒壁スクエア】に次の記述がある.
《400年の伝統に支えられた寂れた商店街と古い住宅街が、今や湖北最大の観光スポットへと変貌を遂げている。町おこしの成功例として有名で、日本各地から視察が絶えない。》
この町起こしを企画した人々は確かにいいセンスをしてると思う.爺さん婆さんを集客するには内容不足だろうが,中学高校の生徒とか若い女性たちを集めるにはなかなかいいセン行ってる.彦根の出来損ない観光スポットとはエライ違いだ.
黒壁スクエアには,修学旅行の生徒たちが立ち寄りそうな海洋堂が三店舗ある.その一つ「海洋堂フィギュアミュージアム」に入ってみた.
展示品は二階にある.階段を上がると大きいケンシロウとユリアが出迎えてくれる.
アニメ系のフィギュアもいいが,私は下の仏像フィギュアが気に入った.
海洋堂を出て,黒壁スクエアの中心部で飯屋を探したが,結局,交差点「札の辻」を東に折れてすぐの京極寿司に入った.どこでもお好きな席に,とカウンターの中の職人さんが言うので,カウンター席に腰掛けて,松花堂弁当とグラスの赤ワインを頼んだ.弁当もワインもなかなかおいしくて,昨夜の鮒寿司汁で受けたクリティカルダメージから私は回復し,フルHPになったのであった.
(連載了)
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