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2019年2月27日 (水)

アンコールを一目でも (十三)

 アンコール・ワットを見学したあと,ツアー一行の予定は,オールド・マーケット (シェムリアップ市街地にある観光客向け商店街) の観光である.

 

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(昼寝する子犬)
 
 上の写真は,アンコール・ワットからオールド・マーケットへのバス移動中,トイレ休憩に立ち寄った茶店の片隅で昼寝する子犬である.アンコール遺跡周辺や,シェムリアップ郊外で見かけた犬たちは,飼い犬だけど首輪なしで自由気ままだ.犬は元々が楽天的な生き物で,好人物に飼われると,実に天真爛漫に育つ.この茶店で買われているカンボジアの犬たちは,リードなしで楽しそうに遊んでいた.
 昔,仕事で中国の上海以南の地方を旅行した時,ガイドさんがこう言った.「中国人は机以外の四本足はすべて食べます.中国に野良犬はいません」ヾ(--;)
 上海の食料品市場を視察した時,犬が売られていたのを見た私は,ガイドさんの説明が嘘でないことを知った.そして今や中国は犬虐待大国だ.ヾ(--;)ニホンモナ
 この休憩所で,私の他にもう一人ツアーに参加していた爺のセクハラ行為を目撃した.爺は売店でココナッツを買い求め,店の人にストロー用の穴を二つ開けてもらい,ストローを二本挿した.そしてこれをツアー参加者の女性たちに「一緒に飲もう!」と言い寄ったのである.若いとは言い難い婦人たちはきっぱりと断ったが,娘さんたちの一人が断り切れずにストローを口にした.私は昼食時にこの爺に絡まれて喧嘩になりかかったので,爺のセクハラ狼藉を見てもぐっと堪えた.
 思うに,こういう非常識行動をとる参加者を制止するのはツアコンダクタの責務である.旅行代理店は,ツアーメンバーのセクハラにどう対処するか,添乗員の教育を徹底すべきであろう.
 
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(シェムリアップの観光スポット,オールド・マーケット)
 
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(橋の手前はオールド・マーケットで,川向こうはナイト・マーケット)
 
 私たちのバスは,市街を流れるトンレサップ川沿いのオールド・マーケット (WIkipedia【シェムリアップ】) 側で一行を降ろし,買い物を済ませたツアー参加者を拾って夕食会場のレストランへ行く予定になっていた.
 上の写真に写っている橋が集合場所だったのだが,集合時間になっても誰も来ない.同じような橋が近くにもう一つあるので,私はそちらに行ってみたが誰もいない.私が焦りぎみになって二本の橋を二往復していたら,ようやく皆がやってきた.呆れたことにツアコンダクタも遅刻した.買い物をしていたらしいが,添乗員が買い物にうつつを抜かしてどうする.
 しかも参加者のうちの一人,朝は寝坊して皆の出発を遅らせ,遺跡観光では奇声を発して騒ぎ,道中でセクハラ行為をしたあのトラブル爺が行方不明になっていることが判明した.これがその夜のドタバタ劇の開演であった.
 添乗員S青年は暫く待ちましょうと皆に言ったが,いくら待っても来ない.S青年は電話連絡しようとしたが,彼のスマホはバッテリー切れ間近だった.そこで彼は会社支給のガラケーを取り出したのだが,使い慣れないと見えて,なかなか爺のケータイにかけられなかった.
 余談だが,海外旅行中の電話のかけ方を知らない人がいる.私はドコモのガラケー使用者なので,相手の携帯番号の前に「+81」を付けて発信する.これはコマンドメニューから呼び出すこともできるし,直接入力もできる.この「+81」を付けて電話帳登録することもできる.ところが,この「+」の出し方を知らない人が割と多いのである.英数記号の「+」ではないからである.S青年がそうだった.
 ようやく爺の携帯電話にかける操作がわかったS青年は,爺に電話をかけ続けると共に東京に応援と指示を仰いだ.だがこのままではツアー一行は夕食とカンボジア民族舞踊の鑑賞ができなくなる.状況を見かねた現地ガイドさんは,S青年に,マーケット周辺で爺を捜索するように指示し,現地ガイドさんの所属する会社に捜索の応援を求めた.その会社から何人かが集められて捜索隊を作って夜の大捜索が開始された.S青年と捜索隊にあとをまかせて,現地ガイドさんは私たちを夕食会場のレストランへ案内した.
 
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(アプサラダンス;Amazon Angkor Restaurant にて.中央の踊り手が主役)
 
 私たち一行が夕食を摂る予定になっていた“Amazon Angkor Restaurant”は,カンボジアの伝統民族舞踊のショーを鑑賞できるレストランである.あまり高級とは言い難い店だが,日本人観光客が多い店だとネットに書かれている.
 私たちはショータイム付きの食事時間に大幅に遅れたので,到着した時はもうショー開演の寸前だった.食事はブフェ形式であったが,他の客たちはもう食べ終わっていたから,料理の保温容器 (チェーフィングディッシュ;chafing dish) はほとんど下げられていて,私たちの食べる分はあんまり残っていなかった.私は仕方なく皿に,固形燃料が燃え尽きたので冷えてしまった飯と,カンボジア風のカレーを盛って席に着いた.
 
 クメール王朝の頃から伝わるカンボジアの伝統民族舞踊の一つに「アプサラダンス」がある (上の写真).クメール民族の伝統舞踊には大衆舞踊と宮廷舞踊があり,アプサラダンスは宮廷舞踊である.アプサラは天女のこと.
 カンボジアという国家の解体を目論んだポル・ポトは,およそ文化と呼ばれるものと,その担い手を憎み,殺した.アプサラダンスの踊り手もほとんど殺されたという.だが,わずかに生き残った人々がこの舞踊を現代に復活させた.Wikipedia【シェムリアップ】の記述を紹介する.
 
伝統舞踊
カンボジア古典舞踊は、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されている。カンボジアの舞踏には、古来より、宮廷の儀式で舞われた王宮古典舞踏と、庶民に受け継がれた民族舞踏の二つの流れがある。カンボジアの宮廷古典舞踏は、アンコール時代、王や神々への祈りのために舞われ、以来王宮で大切に保護されていたが、クメール・ルージュの弾圧の対象となり、9割の舞踏家や楽師の命が失われ一時滅亡の危機に陥る。しかし、1980年、王室や生き残った舞踏家たちにより、王立芸術大学が再開し、古典舞踏も蘇る。
古典舞踏の代表的な演目に「アプサラ・ダンス」があり、カンボジア舞踏を通称 アプサラ・ダンス と呼ぶこともある。アプサラの語源は、「アプサラス」という古代インド神話に登場する天女で、天の踊り子、または、クメール王からの神への最高使者を意味する。世界遺産アンコールワットの壁画の浮彫(レリーフ)にも、アプサラ(天女)の舞の様子が無数に刻まれている。

 
 正直に言うと,私はカンボジア舞踊をナメていた.カンボジア舞踊にはストーリー性がある (あとで知った) から,ちゃんと鑑賞するには下調べが必要だったのに,疎かにしたので,何が何やらわからなかったのである.
 まず押えておく必要があるのは,ベトナムのメコンデルタにはクメール人が少数民族として存在していること.そしてカンボジアの伝統舞踊は,彼等のアイデンティティを構成していることだ.
 次に資料によると,ベトナムからアプサラダンスに取り込まれた振付があるらしい.また隣国タイはクメール文化が受容された歴史があるから,クメールの宮廷舞踊と音楽は,タイの舞踊に大きな影響を与えたという.実際に動画を観てみると,似ている.
 それから,カンボジアの伝統舞踊はアプサラダンスが有名で,ショーを観た日本人のブログではこれを紹介したブログが多い.大衆舞踊を観た感想は少ない.
 
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 上の写真は,ココナッツダンスと呼ばれる.大衆舞踊の一つ.
 
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 次も大衆舞踊.舞踊の名称はフィッシングダンス.川で魚を獲るのに使う籠を持った青年たちと,農作業に使う笊を持った村娘たちの踊りと思われるが,文字情報だけで比定しているので,確信はない.ヾ(--;)
 これと全く同じモチーフの踊りが沖縄にあって,沖縄の民謡と舞踊を観ながら食事する店で鑑賞したことがある.大衆舞踊には,色々な国や民族に共通するところがあるのかも.
 
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 上の踊りはモニメカラダンス.左側は巨人リェムソー.右側は女神のモニメカラ.この踊りはストーリーを予習しておいたほうがよい.現代でも雨乞いの時に踊られるという.足を後ろに跳ね上げる振り付けはカンボジア舞踊の特徴だ.
 
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 上はたぶんテップノロムダンス.だと思う.じゃないかなー.
 
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 上の写真の踊り手は,女神たちの踊りの主役であるが,ソロでも踊った.舞踊名称不明.
 他の踊り手たちは少年少女という年齢だったが,このかたは大人の女性だった.
 とまあ,舞踊ショーは美しかったが,食い物がなかったのは残念だった.あの爺のせいだと腹を立てつつ席を立ったその時,添乗員S青年がレストランに到着した.爺を発見したという.
 ツアーメンバーがS青年を取り囲んだところでS青年は言った.「○○さん (爺の本名) はホテルに戻っていました」
 どうやら,道に迷った爺は,トゥクトゥク (タイでは三輪タクシーだが,カンボジアではバイクが人力車みたいなものを引いて走る) で勝手にホテルに帰ったようだ.私の推理では,この クソ 爺は海外での携帯電話のかけ方を知らなかったのではないか.それで添乗員S青年に連絡しようとしなかったのだ.阿保にも程がある.
 実はS青年は,海外旅行添乗の経験がほとんどないのだということがこの時に判明した.それなのに大トラブルに見舞われて,傍目に見ても,かなり落ち込んでしまった.(新人はもっとやさしい国の担当にしてあげればいいのに…)
 そこで彼に「ホテルのバーで飲もうよ」と誘った.会社員は,誰だって最初は失敗が避けられない.それをいくつも経験して一人前になる.そんなことをエラソーに話して元気づけてあげようと思ったのである.他の女性たち数人にも声をかけたら,二つ返事で参加してくれることになった.
 ところが,ところが,である.その激励会にクソ爺 (取消線なし) が現れたのである.そしてふんぞり返ってビールを飲みながら,添乗員が悪いから俺は迷子になった (意味不明) んだと文句を垂れた.私は呆れ果てて,自分の飲み物の代金をテーブルに置き,体調が悪いので,と言って自分の部屋に戻った.
アンコールを一目でも (十四) へ続く 〉

 

 

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