何はなくとも餅なのだ (一)
毎年のことながら正月三ヶ日に餅を喉に詰まらせて救急車で搬送された人たちのことがニュースになる.
今年も東京都内だけで,元日から二日にかけて,十七人が搬送され,うち二人が死亡した. (産經新聞,1/2 16:44 配信 )
今年も東京都内だけで,元日から二日にかけて,十七人が搬送され,うち二人が死亡した. (産經新聞,1/2 16:44 配信 )
上の産經の記事には《17人のうち、60代以上が12人だった 》とあるが,これはあまり良い書き方ではない.
東京消防庁のまとめ《餅による窒息事故に注意 》によると,餅による窒息事故で搬送された人の年齢層 (五歳単位で区分) をみると,六十~六十四歳の事故は少なく,四十五歳以上の各年齢層と同等なのである.餅の窒息事故は六十五歳から急に増えるのだ.

各種人口統計や「高齢者の医療の確保に関する法律」およびそれに付随する各種法令では六十五~七十四歳までを前期高齢者,七十五歳以上を後期高齢者と規定していることからすると,産經の記事は「餅を喉に詰まらせて救急車搬送された人のうち六十五歳以上は何人だったか」との見方で書けばベターだったのである.
さて,正月に年寄りが餅で窒息事故を起こすことは,昔から飽きるほどに報道されてきた常識なのに,なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか.
餅による窒息事故が高齢者に多い理由を調べていたら,大分県立看護科学大学の公式サイトに掲載されている秦さと子氏の小論文《加齢性の嚥下機能低下予防に関する研究 ~嚥下機能低下予防介入時期の検討~ 》を見つけた.
私たちが食物を口に入れてから飲み込むまでのプロセスは三段階に分けられる.(1) 口腔期,(2) 咽頭期,(3) 食道期である.(参考記事《高齢者の嚥下障害 》)
上記の参考記事《高齢者の嚥下障害 》に図解されているように,咀嚼された食物が口腔から咽頭に移動する時に,反射的に喉頭蓋が下がり,気管の入り口が閉鎖される.この反射運動を「咽頭反射機能」というらしい.秦氏は加齢による咽頭反射機能の変化を調べた.その結果が下に引用した図1である.
私には上図の《水のみテスト 》を解説する知識がないのだが,ともかくその得点が咽頭反射機能と相関しているらしい.で,このデータによれば,咽頭反射機能は六十歳までは低下していないが,七十歳では有意に低下が観察される.六十一歳から六十九歳までは,機能低下への移行段階と考えられる.
この嚥下機能低下の医学的解釈と共に,大変興味あることを秦氏は指摘している.それを下に引用する.
《今回の咽頭反射機能をみるテストの結果は、明らかな異常を示す値ではありませんでしたが、潜在的に加齢性に嚥下機能低下が進行している可能性が示唆されました。特に80歳代では、咽頭反射機能の低下が著明でした。しかし、自覚症状では、80歳代を含む60歳代以降の人が咽頭期の異常を自覚していませんでした。このことは反射運動の低下とともに反射運動を開始する感覚機能の問題もおこり、自覚症状を認識しにくい状況にある可能性が考えられます。》 (引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者が行った)
つまり,六十歳以下の人は,嚥下機能に異常があるときは自覚症状があるので,注意して咀嚼嚥下するから窒息事故を起こすことは少ない.これに対して高齢者層は,嚥下機能低下が進行しているにもかかわらずそれを自覚していない.前期高齢者では,嚥下機能低下と,その自覚の有無のギャップが,実際の事故に結びつくレベルに達してしまうことを,東京消防庁のデータは示していると考えられる.
冒頭の《なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか 》の答えは「餅を食って自分が喉を詰まらせるなんてことは考えてもいないから」なのであった.
東京消防庁のまとめ《餅による窒息事故に注意 》によると,餅による窒息事故で搬送された人の年齢層 (五歳単位で区分) をみると,六十~六十四歳の事故は少なく,四十五歳以上の各年齢層と同等なのである.餅の窒息事故は六十五歳から急に増えるのだ.

各種人口統計や「高齢者の医療の確保に関する法律」およびそれに付随する各種法令では六十五~七十四歳までを前期高齢者,七十五歳以上を後期高齢者と規定していることからすると,産經の記事は「餅を喉に詰まらせて救急車搬送された人のうち六十五歳以上は何人だったか」との見方で書けばベターだったのである.
さて,正月に年寄りが餅で窒息事故を起こすことは,昔から飽きるほどに報道されてきた常識なのに,なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか.
餅による窒息事故が高齢者に多い理由を調べていたら,大分県立看護科学大学の公式サイトに掲載されている秦さと子氏の小論文《加齢性の嚥下機能低下予防に関する研究 ~嚥下機能低下予防介入時期の検討~ 》を見つけた.
私たちが食物を口に入れてから飲み込むまでのプロセスは三段階に分けられる.(1) 口腔期,(2) 咽頭期,(3) 食道期である.(参考記事《高齢者の嚥下障害 》)
上記の参考記事《高齢者の嚥下障害 》に図解されているように,咀嚼された食物が口腔から咽頭に移動する時に,反射的に喉頭蓋が下がり,気管の入り口が閉鎖される.この反射運動を「咽頭反射機能」というらしい.秦氏は加齢による咽頭反射機能の変化を調べた.その結果が下に引用した図1である.

私には上図の《水のみテスト 》を解説する知識がないのだが,ともかくその得点が咽頭反射機能と相関しているらしい.で,このデータによれば,咽頭反射機能は六十歳までは低下していないが,七十歳では有意に低下が観察される.六十一歳から六十九歳までは,機能低下への移行段階と考えられる.
この嚥下機能低下の医学的解釈と共に,大変興味あることを秦氏は指摘している.それを下に引用する.
《今回の咽頭反射機能をみるテストの結果は、明らかな異常を示す値ではありませんでしたが、潜在的に加齢性に嚥下機能低下が進行している可能性が示唆されました。特に80歳代では、咽頭反射機能の低下が著明でした。しかし、自覚症状では、80歳代を含む60歳代以降の人が咽頭期の異常を自覚していませんでした。このことは反射運動の低下とともに反射運動を開始する感覚機能の問題もおこり、自覚症状を認識しにくい状況にある可能性が考えられます。》 (引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者が行った)
つまり,六十歳以下の人は,嚥下機能に異常があるときは自覚症状があるので,注意して咀嚼嚥下するから窒息事故を起こすことは少ない.これに対して高齢者層は,嚥下機能低下が進行しているにもかかわらずそれを自覚していない.前期高齢者では,嚥下機能低下と,その自覚の有無のギャップが,実際の事故に結びつくレベルに達してしまうことを,東京消防庁のデータは示していると考えられる.
冒頭の《なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか 》の答えは「餅を食って自分が喉を詰まらせるなんてことは考えてもいないから」なのであった.
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