« たんぽぽ娘 (補遺三) | トップページ | 明治のクチャラー »

2019年1月20日 (日)

公園のベンチ (三)

 厚労省や東京都の調査報告は「ホームレス自立支援法」ができて以来,「ホームレス」の数が激減したと書いている.
 既に書いたように,「失われた二十年」の日本の経済状況を鑑みれば,「ホームレス」が減少する要因は考え難い.
 では「ホームレス」はどこに行ったのか.あれこれ情報を検索すると,社会福祉士で社会運動家の藤田孝典氏の著書『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』(毎日新聞出版) に行き当たった.以下,同書からの引用である.

〈23 区内のホームレス数は、平成11(1999)年度の5800人をピークに以後漸減傾向にあります。平成27(2015)年1月調査では対前年比177人減の778人となりました。これは、都区共同事業である自立支援システムが効果的に機能していることに加え、生活保護の適用等によるものと考えられます〉
 東京都のホームページは誇らしげに発表する。カウント方法に問題があるのは、支援者の間では有名な話だ。夜に公園を閉め、野宿されないようにし、簡易宿泊所に送り込んで巧妙に隠してしまった「成果」とも言える。自転車でぶつかったあの「おっちゃん」との出会いから15年、今はゴミ捨て場で拾ったスーツを上手く着ている人もいるし、個室トイレで充電したスマホを手に、日雇い派遣に出かけている人もいる。宿泊先として、カプセルホテルやネットカフェ、マンガ喫茶などが全国に普及した。シャワーも浴びられるし、ヒゲを剃る設備もある。もはや誰もホームレスであることに気づかないし、見分けもつかない。また、ホームレスと後ろ指をさされないよう、彼らなりに非常に身なりに気をつかう。
 20年前と変わらないのは福祉事務所のほうである。「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所として日常生活を営んでいる者」と、ホームレス自立支援法における定義を律儀に守って、勤務時間内である昼間に目視でカウントしに行く。
 髪もヒゲも伸び放題、何日も入浴しておらず、段ボールを敷いて寝て、昼間はぼろぼろの服で歩いているなど、「わかりやすい」ホームレスはもう少数派なのだ。
住宅街をスーツ姿で歩いている人が、ネットカフェを泊まり歩いて体をぼろぼろにしているかもしれないのだ。
》(引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者による)

ホームレス自立支援法」の施行以後,ホームレス」は,私たちの目に見えないところに行った (隠された) とする,藤田氏の見解は,おそらく当たっているのだろう.
 バブル崩壊後,ホームレス自立支援法」が施行されてから暫くのあいだは,公園等のベンチは,既設の仕切りの無いタイプに,角材や金属パイプを後から取り付けたもの (ベンチの仕切り写真館 No.1~8など写真のほとんど;以下,No.だけを示す) が主だったと思う.それはもう「ホームレスの排除」だけに特化したベンチだった.それから少しすると,仕切りは,一見すると手摺りに見えるものに変化して行った.たぶん,「ホームレス排除型」の仕切りは,見た目が余りにも露骨だったからだろう.
 それでも,手摺り付きベンチから伝わってくる不寛容な心は隠し難い.このブログの筆者のように行政に異議ありと申し入れる人はいただろうが,役所の担当者は「御意見は承っておきます」としか思わなかっただろう.区民から「ホームレスのせいで治安が悪化した」というクレームが来れば区役所はただちに動いても,「ベンチというものの理念」では無視されたものと思われる.
 私もかなり以前は,行政のサイトに設置されている「御意見」のフォームを使用して区長や市長などに提言を送信したものだが,これまで一度も返事がきたことはなかった.担当者は上司に報告すらしていないのではなかろうか.
 
 さて今もあちこちでよく見かける形のベンチは,セパレートベンチという名称だ.このメーカーのサイトに載っている商品説明には

 《座りやすさと立ち上がりをスムーズにする手すりを取り付けています。さらに寝転び防止効果もありますので保安上においても有効です。
 
と書かれている.保安上の有効性=「ホームレス排除」がうたわれているわけだ.
 その後もベンチのデザイン的な進化はさらに進行した.四角い石材のストゥール型 (No.51),箱状のデザイン (No.56) などもよく見かける.それに,「ホームレス排除」の機能を持たせればいいのであれば,横長のベンチではなく,横になって寝られないように,花壇や樹木の周りに,ドーナッツ型や曲率半径の短い曲線を使ったデザインのベンチを設置すればいい.
 
 それやこれやで,首都圏の公園や駅前広場はどんどんおしゃれな空間になり,「ホームレス」たちはどこかに追いやられた.そうしておいて行政職員は,彼らがいなくなった場所へ「実態調査」に出かける.藤田氏が述べるように,これが「ホームレス」激減の実態なのかも知れない.『貧困クライシス 国民総「最底辺」社会』には次のようにも書かれている.
 
日本のホームレス概数調査は、もはや意味を失ってしまったと言わざるを得ない。調査によって、支援対象者を捉えることに失敗しているからだ。河川敷に出かけて一人ひとり数えている労力があるならば、現在のホームレスおよび生活困窮者がどこに居住しているのか、実態に迫る調査こそ必要ではないか。

 公園等の公共施設にあるベンチを見ると,行政が先頭に立って「ホームレス」を無慈悲に排除してきたかのように見えるが,弱者に冷たいのは行政ではなく,私たちがバブル崩壊後に作ってきた格差社会,不寛容社会なのだと思う.行政は私たちの社会の姿を映す鏡に過ぎない.
 例えば行政が都市整備のために市民のヒアリングを行ったとする.その会場で「この地域にはホームレスがいる.もっと治安をよくするべきだ.何かあってからでは遅い」と意見を述べれば,これは無敵だ.市長だろうが区長だろうが,誰も反対できない.その意見の本音が「地価が上がるようにしてほしい」だったとしても,さらに一層,誰ものんびりすることのできない公園を目指して街の整備をするだろう.その方向の究極のベンチは (ベンチの仕切り写真館 2 No.82) かも知れない.こういう形のベンチは東京にもあるが,私はこれを最初に見た時,ベンチだとは思わなかった.
 
 ところで,街中のベンチについて書かれたネット上の資料を丹念に拾って読んでいた私は,この十年ほどのあいだに,仕切りのないベンチが復活しているような印象を持ちつつあった.
 そんな時に,《ベンチの仕切り 》を読んだので,やっぱりそうなのかもな,と思った.この記事では,仕切りのあるベンチと仕切りのないベンチが混在しているという.もしかしたら,ここの仕切りなしベンチは,もうこの辺りには「ホームレス」はいません,という行政の宣言なのかも知れないと思ったことである.

[追記] 本記事中で紹介できなかったウェブコンテンツ

日本では、ホームレスが凍死しても、公的機関がその数を集計したり、ましてや発表することはありません 2017年01月10日 16時36分07秒

平成最後の年末年始「突然、路上生活を強いられる人々」の厳しい現実 この20年でホームレスは減ったのに…2018年12月31日 12時0分

屋内でもご用心! 凍死が年に1000人超えで熱中症を上回る 2018年2月18日 20時0分
 
 私がまだ若かった頃,「池袋駅周辺では一冬に何人もの凍死者がでる」という新聞記事を読んだ.東京全体では二桁の路上凍死者があったのではないか.そしてバブル崩壊後はさらに一桁上の数に達したかも知れない.彼らの死を知っているのは東京都監察医務医院のはずだが,この機関が公表している生データをどう差し引きしても「ホームレス」の死者数は計算できそうもなかった.生データが集計整理されて公式サイトに公表されるときに「ホームレスは含まない」と註記されることもある.どうやら「ホームレス」の死は,監察医務医院が扱った総死者数の中に埋もれているようだった.また,生活拠点を持っていた人々の中から常に「ホームレス」になる人々が発生するのだが,死者として都の調査結果数字から消えていく人々もいる.いわば「ホームレス」は動的平衡状態にある.かつて日弁連は,「ホームレス」は状態を指す言葉であって,生きている人間を呼ぶ言葉として相応しくない,と喝破したことがある.私もそう思う一人であるが,書籍やブログ等ではホームレスと呼ぶことが一般的であることから,止むを得ずこの記事では,カッコをつけて「ホームレス」と記した.

|

« たんぽぽ娘 (補遺三) | トップページ | 明治のクチャラー »

新・雑事雑感」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 公園のベンチ (三):

« たんぽぽ娘 (補遺三) | トップページ | 明治のクチャラー »