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2019年1月17日 (木)

公園のベンチ (一)

 公園等のベンチで寝るということは,大抵の人にとっては非日常的な体験だろうと思う.私も今までに二度しかない.あるのかよ.
 一度目は今でも覚えているが,昭和四十八年の五月の連休の時だった.突発的に思い立って学生時代の友人である西山栄一君と徳島の金毘羅さんへ旅行したのだが,前夜は二人して新宿で徹夜で酒を飲んでいたため,昼頃には眠くてたまらず,二人とも長い階段の途中にあったベンチで横になり,かなり長いこと寝込んだことがあった.目が覚めたら,観光客たちが私たちの寝ているベンチを遠巻きにし,指差しながらヒソヒソと「若いのに…」とか言っていた.懐かしい思い出である.ヾ(--;)
 二度目は,泥酔して東海道線に乗ったはいいが乗り過ごしてしまい,気が付いたら終点の沼津駅だった.駅員に改札口の外にでなさいと言われ,仕方なく駅前にあったベンチで夜を明かそうと思ったが,かなり寒い.すると近くにいた野宿の人が新聞紙をたくさんくれた.それにくるまって朝を待ち,何食わぬ顔で出社した.懐かしい思い出である.ヾ(--;)
 
 さて,野宿が日常的体験になると,なかなかややこしい事態が生じる.「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(平成十四年法律第百五号;以下「ホームレス自立支援法」と略す) によると,ホームレスは《第二条 この法律において「ホームレス」とは、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者をいう 》と定義されている.
 そしてこの法の目的は《第一条 この法律は、自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し、健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに、地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ、ホームレスの自立の支援、ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し、国等の果たすべき責務を明らかにするとともに、ホームレスの人権に配慮し、かつ、地域社会の理解と協力を得つつ、必要な施策を講ずることにより、ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする 》とされ,《地域社会とのあつれきが生じつつある現状 》を基本的な認識としている.
 普通の法律は,第一条でその法律の目的を述べ,必要な場合は第二条で用語の定義をする.まず先に第二条についてだが,《故なく 》の意味が不明確だ.これはニュアンスとしては「公園等で生活してもよいという根拠 (権利) もないのに」であり,「お金がないから」などのその人の事情のことではない.公園等で生活する権利なんてものはないから,この文言は,単に個人的事情の配慮はしないということを強調しているわけだ.これに関して,平成二十四年 (2012年) 五月,日本弁護士連合会が作成した「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法の改正に関する意見書」に次のように 書かれている.
 
しかし,まず,「故なく」との文言は不適切である。野宿生活を強いられるようになる背景には自分の力だけではどうすることもできない社会問題や個々の事情があるのであり,「故なく」という文言は,ホームレス問題が社会問題であることを覆い隠し,当事者自身に問題があるかのような印象を与えるものであって,差別を助長するおそれがある。
 
 日弁連が「故なく」について上のように述べたのは,「ホームレス自立支援法」第十一条と関係がある.
 本法第十一条は次の通りである.
 
第十一条 都市公園その他の公共の用に供する施設を管理する者は、当該施設をホームレスが起居の場所とすることによりその適正な利用が妨げられているときは、ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図りつつ、法令の規定に基づき、当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする。》 (引用文中の文字の着色は当ブログの筆者による)
 
 上の引用文中の《必要な措置をとるものとする 》は,公園等で野宿する者は強制排除する,いう意味である.これについて日弁連は下記の意見を述べた.
 
「都市公園その他の公共の用に供する施設を管理する者は、当該施設をホ ームレスが起居の場とすることによりその適正な利用が妨げられているときは、ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図りつつ、法令の規定に基づき、当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする。」と規定する本法11条については,本法制定当初から,公共施設からの強制立ち退きを促進するのではないかという懸念が寄せられていた。 実際,本法制定後,大阪や名古屋などの都市部を中心に,各地で行政代執行手続に基づき,あるいは法的手続さえ踏まずに,ホームレス状態にある者の強制立ち退きが行われてきた。こうした強制立ち退きは,しばしば1年で最も寒い冬の時期に行われる。十分な支援や代替住居の提供を行うことなく,テントや小屋掛けを破壊し撤去することは,野宿生活者を寒空の中に放逐し,より過酷な状況に追いやる,社会的排除の最たるものである。行政機関がこのような排除を行うことは,野宿生活者が迷惑な存在であるとの認識を市民に対して示すことにほかならず,子どもを含む市民による野宿生活者への襲 撃事件にも影響を及ぼしていることは否定できない。住宅困窮者の生存権保障の責任を負うべき行政機関が,強制立ち退きという非人道的な方法で住宅困窮者の生命や生活の安全を脅かすようなことがあってはならない。
 
 もちろん政府が,上のような人権的見地からの意見に耳を傾ける筈もなく,いわゆる「ホームレス」の排撃条項はそのまま温存された.
 さて,この法律が施行されたのは平成十四年 (2002年) であるが,これより少し遡って歴史的なことを見てみる.
 いわゆるバブル崩壊は,狭義には《バブル崩壊期間(平成不況(第1次平成不況)や複合不況とも呼ばれる)は、1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの景気後退期を指す 》 (Wikipedia【バブル崩壊】) が,社会的影響はその後も長く続いた.例えば,日債銀は1998年12月の金融調査で債務超過と認定されて国有化された.また山一證券は銀行からの支援を失って1997年11月に廃業,解散した.2000年代初頭には記録的な就職氷河期となり,高学歴者でも就職困難となり,学歴難民と呼ばれた.中途採用は,企業の採用抑制がピークに達した1999年には有効求人倍率が0.5倍を割り込んだのである.このような景気低迷期に企業は,業務の「アウトソーシング」,不採算事業からの撤退,部署の縮小による「リストラ=従業員の削減と非正規雇用化」を推進した.そしてこれらの経営施策により流動化した労働力の一部は,困窮のために生活拠点を失い,いわゆる「ホームレス」となったのである.
 元々,東京や大阪など大都市には「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことのできない最底辺の人々がいたのであるが,これが1990年代の後半に他の都市にも拡大していったのである.すると,都市部住民のあいだに,「ホームレス排撃論」が高まった.いわく不潔だ,治安が悪くなる,地価が下がる etc.
 実は,ホームレスを排撃せよという風潮は,バブル崩壊前から存在した.田中角栄以後の私たち日本人が何よりも大切にしたのは「お金」であった.その拝金主義思想が作り出した幻影がバブル景気であったのだが,バブルの競争からこぼれ落ちて将来に夢のない子供たちが始めたのが「ホームレス狩」だった.その子供たちの親である拝金主義世代が,経済力ヒエラルヒーの最底辺にいる「ホームレス」を蔑視していたのだから,判断力の幼稚な子供たちが「ホームレスを殺して何がわるい」と思うようになったは無理もないことだった.「ホームレス襲撃」が最初に明るみに出たのは昭和五十八年 (1983年) のことだった.「横浜浮浪者襲撃殺人事件」である.(この種の襲撃事件は今も後を絶たない;資料記事《都内の野宿者に向けられる差別と暴力の実態 2014.8.14》)
 バブル崩壊後の平成七年 (1995年),その当時の「ホームレス排撃」風潮を背景として都知事になったのが,日本人の思想的軽薄さを体現していた青島幸男であった.青島は都知事に就任するや「ホームレス」の排撃に着手 (1996年1月) した.青島は警視庁機動隊を動員し,新宿西口の道路にいた「ホームレス」を襲撃させ,駆けつけた支援援護団体も強制排除したのである.
 この青島の政治姿勢を週刊文春のコラムで批判した野坂昭如を「てめえなんかホームレス以下だ」と罵ったのは,都政の黒歴史として忘れがたい.
 
 ともあれこれ以後の東京都は,都民の目に見える形では,職員と機動隊による「ホームレス」排撃を実行しつつ,目に見えない形では,公園等の公共施設におけるベンチを「仕切り付きベンチ」にしていった.そしてこのベンチは他の自治体にも拡大伝播していった.

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