何はなくとも餅なのだ (二)
昨日の記事《何はなくとも餅なのだ (一) 》の末尾を再掲する.
《冒頭の《なぜ爺婆たちは命を賭してまで餅を食うのだろうか 》の答えは「餅を食って自分が喉を詰まらせるなんてことは考えてもいないから」なのであった.》
「なぜ命を賭してまで」という疑問に対する答えとしては「実は命を賭しているつもりはない」でいいのだが,この疑問の元々の趣旨が「餅による窒息死を減らすにはどうしたらいいのか」という観点だとすれば,全く答えになっていない.
前回の記事でも引用した東京消防庁のサイトに,下の図が掲載されている.
この図からすぐわかるように,暮れと正月に餅を食わなければ,餅による窒息事故は半分に激減する.従って餅窒息事故を減らすには「なぜ爺婆たちは正月になると餅を食うのだろうか」という問題が考察される必要がある.
これについては,婦人画報社の通販サイトに《おせちは作る?それとも買う?調査結果発表 》(2015年9月17日掲載) と題したおもしろい記事がある.
先ず,御節料理を購入するか否かという質問に対する回答の要点は,
《Q おせちを購入しますか?(N=894)
購入する(重箱入り、単品含む) 60%
購入しない38%
その他 2% (未定、いただく等)
と、6割が「おせちを買う」という結果となりました。
購入しない理由として「自分で作る」方は16%でした。》
であった.次に,御節料理を購入する人たちが購入理由として挙げたのは以下の通りである.
《Q おせちを購入する理由は? (N=540、複数回答)
1 自宅では作れないような品目が味わえるから 44%
2 有名店の味を味わえるから 30%
3 年末は忙しく準備する時間がないから 25%
4 華やかで高級感があるから 24%
5 自宅まで届けてもらえて便利だから 22%》
であった.私の場合はというと,もう長いこと御節はデパートで購入している.価格帯は一万~一万五千円で,二段か三段の重箱風の折箱に詰めたものである.購入理由は,私は一年中暇で準備する時間は余っているのだが,作るのは面倒くさいし,娘夫婦などがやってきても,これさえ出しておけば一応の供応っぽくなるからである.御節を作っている暇があるなら,本を読みながら酒を飲んでいたい.
さて,Wikipedia【御節料理】には次のように書かれている.
《御節料理の基本というのは、祝い肴三種(三つ肴、口取り)、煮しめ、酢の物、焼き物である。地方により構成は異なる。三つ肴の内容は関東では黒豆、数の子、ごまめ(田作り)の3種、関西では黒豆、数の子、たたきごぼうの3種である。》
昨年末にデパートで買った御節料理を仔細に点検してみると,これのどこがめでたいのかと首を傾げたくなるようなチマチマとした創作料理っぽいものが詰め込んであった.黒豆には小さな金箔が貼りついていたりしたが,そんな小細工に何の意味があるのか,私にはわからぬ.笹の葉にくるんだ親指の爪ほどの大きさの麩饅頭が入っていて,品書きには「甘味」と書いてあったが,小さすぎて食った気がしなかった.改めてこの御節を眺めていると,これはかつてのバブル景気の残光なんではないかと思えてきた.
そんなことを考えながら,先日 (1/4) に放送されたテレビ東京《昼めし旅 新春開運SP~全国の豪華雑煮グランプリを決定!~ 》を観たら,奈良県奈良市大柳生町 (奈良市東部の農村地域) の旧家をレポーターの宍戸開が訪問し,その地域の伝統的な雑煮 (*脚註) の作り方を見せてもらっていた.
その時に,旧家の主である御婦人 (私よりはお若い) が,雑煮と一緒に食べる御節について語ったのが下の画像である.(録画データの加工ではなく,テレビ画面をカメラ撮影してトリミングしたもの)
このかたのお話では,紅白なますに刻んだ干し柿を加えたなます,黒豆,田作り,祝いごぼうが正月の料理であるという.これを聞いて私は感じ入った.奈良市という歴史ある土地の旧家というものは,さすがである.御節の本来をきちんと押さえて緩むところがない.私のようにデパートで買ってきた御節の黒豆に金箔の切れっ端が貼りついていたのが軽薄だなどと文句を垂れている輩は恐れ入るばかりである.
この家の主は昭和三十年代初めの生まれであり,現在は母上と二人暮らしのようであるが「昔は正月の料理は,女が立ったり座ったりしなくてもいいように,男がしたものです」と語った.それでも御節の作り方は,女性であるこのかたにも伝えられた.
そして,どこの家でも正月の料理は自分の家で拵えた昭和をとうに過ぎ,御節がスーパーやデパートで出来合いを買うものとなった平成の終わりに,彼女のように自分で御節を作る人 (世帯) は遂にわずか十六パーセントの少数派となったのである.
おそらく次の元号のうちに,御節そのものが日本の正月から姿を消すだろう.岩村暢子さんの『普通の家族がいちばん怖い ― 崩壊するお正月、暴走するクリスマス』(新潮文庫,2010年) を読むと,そんな気がしてくる.
テレビの娯楽番組とはいえ馬鹿にはできない.奈良では私よりも若い御婦人が今でも御節を手づから拵えていると知り,来年の正月は,もし生きていればの話だが,デパートのバブリー御節を買うのは止めにしようと思ったことである.
[*脚註]
この時の『昼めし旅』は各地の雑煮を紹介するのが目的だった.奈良の雑煮は,かつては土地の人は単に雑煮と呼んでいたが,2005年の文化庁「お雑煮100選」で「きな粉雑煮」と名付けられ,この名で全国に知られている.
作り方は,まず最初に味噌仕立ての雑煮を作る.具は頭芋 (里芋の親芋のこと;京都で頭芋と呼ぶのは里芋とは別種の海老芋の親芋だと資料にある),大根,人参,豆腐.頭芋は関西の慣わしで「人の頭にたつように」との縁起担ぎ,豆腐は蔵の白壁に見立て (=繁盛) たものだという.大根と人参は丸い形に切るが,これも縁起担ぎ.
頭芋は切らずにそのまま下茹でする.それから他の具を入れ,煮えたら合わせ味噌 (味噌の種類は地域により異なる) を溶き入れ,味噌仕立ての雑煮のでき上がり.
これとは別に丸餅を焼いておき,雑煮椀に盛った芋などとは別に食卓に載せ,砂糖を混ぜ合わせた黄な粉を添える.(下画像)
用意ができた雑煮を見て,宍戸開が「餅は別なんですね」とか確認↓.
先ずは頭芋に箸をつける.そののち,餅を食べる↓.
しかし各自の椀に焼いた餅を入れてはいけない↓.
給仕係はそれぞれの前に置かれた餅を台所に運ぶ↓.
そして鍋の雑煮の中に,平らに潰した餅を投入し,煮て味噌味をつける.煮えたら各自の椀に盛りつける↓.
椀を再び食卓に運ぶ.各自は椀の餅にたっぷりと黄な粉をまぶして食べる.
宍戸開は「味噌味がついていることで,ただの黄な粉餅ではない特別感がある」と感想を述べ,「きなこ雑煮」の作り方を披露した婦人は「私たちは御馳走と思って食べていました」と語った.
以上が『昼めし旅』で放送された奈良の雑煮についての内容であるが,実はこの雑煮は同日 (1/4) に放送されたNHK『チコちゃんに叱られる!』でも紹介された.しかしこちらの放送では,最初から餅を煮てしまう点で,『昼めし旅』の内容と大きく異なっていた.
私見だが,これはやはり地元の人の言うことが正しいのではなかろか.
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