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2019年1月 7日 (月)

正月三箇日

 昔から私は,元日から翌々日までを「正月三ヶ日」と書いているのだが,近年は一般にこれを「正月三が日」と書くことが多い.「ヶ」は「箇」の略字であり,きちんと漢字で書けば「正月三箇日」だが,私は義務教育で覚えた略字を用いて「正月三ヶ日」と書くわけだ.
 ここで注意が必要なのは,「ヶ」は符号であり,片仮名の「ケ」とは同形だが由来の異なる別の字だということ.従って「三ケ日」は誤記なのだが,敢えて無理に読めば「サンケニチ」であり,「サンガニチ」とは読めない.
 言うまでもなく「ヶ」は「箇」のタケカンムリの半分で,平安時代からこの書き方はある.これに対して「正月三が日」は発音をそのまま仮名に移しただけで,割と新しい表記である.
 私が義務教育を受けた頃は,発音をそのまま文字に移すときは片仮名を用いるのが原則だった.典型は外来語である.ところが正月三箇日の「箇」については,今は「が」と書くのが普通だ.
 なぜそうなったかというと,これは戦後に始まった国語政策の混乱と関係がある.
 昭和二十一年 (1946年) に「当用漢字表」が内閣告示された.この当用漢字表に掲載された千八百五十の漢字を「当用漢字」と呼ぶ.
「箇」は当用漢字に採用されたので「箇所」と書くことに特に問題はなかったのだが,昭和二十九年 (1954年) に,当時の国語審議会が作成した「当用漢字補正資料」では,「箇」を削除して「個」で代用するとされた.
 国民生活に深刻な打撃を与えた先の戦争中,督戦の旗を振り続けた新聞各紙と日本放送協会NHKは,戦後もなお,政府の言うことには率先して従う姿勢であった.
 そのためNHKと新聞協会は,率先どころか先走って,当用漢字補正資料に基づいた報道を始めたのだが,驚いたことに政府は当用漢字補正資料を単なる案として実際には御蔵入りにし,当用漢字の変更を行わなかった.その結果,「箇」は生き残ったのである.
 この国語政策の右往左往のせいで梯子を外された恰好のNHKと新聞協会は,さすがに付和雷同して醜態を晒すわけにもいかず,当用漢字とは異なる独自の漢字表記を運用することにした.その結果,「箇」は当用漢字であるにもかかわらず,これを使わずに「個」で代用することとされた.
 この混乱は平成二十二年 (2010年) まで続いたが,平成二十二年 (2010年) の「常用漢字表」の改定時に,NHKと新聞は「箇」の代わりに「個」を使用する独自表記を止めた.
 ところが「箇」という漢字は,ややこしいことに「故障の箇所」と「三箇所」では文法的に異なるのだという.それをいいことに それがためにか,政府は公用文の書き方において「故障の箇所」という場合の「箇所」は残したが,「三箇所」の場合は,敢えて識者から強い批判のある混ぜ書きを採用して「三か所」と書くことにした.(典拠『公用文の書き表し方の基準 資料集』第一法規出版)
 そして例によってNHKと新聞はこれに追随した.
 これだけならまだよかったのであるが,例を挙げると,「三ヶ所」の誤記である「三ケ所」や,「三か所」の誤記である「三カ所」という書き方が広まり,国語辞書がこれを追認し,もはや何が何やら分からぬ状態になってしまった.
 その混乱状況は,レファレンス協同データベース (国立国会図書館が全国の図書館等と協同で構築しているデータベース) の一事例《「ケ月」の使用は間違っているか 》にまとめられている.
 おそらく上述の歴史的経緯を知らない無責任なウェブサイトでは,新聞紙とNHKが根拠なく使用した「個所」という言葉 (これは有体にいえば意図的な誤記だ) を「箇所」と同等に扱っていたりする.(例えばここ)   
 ともあれ,私は死ぬまで「正月三ヶ日」と書くが,一般には「正月三が日」と書くのだと,ほぼ大勢は決したと思う.
 ただ,《情報機器の発達とこれからの国語施策の在り方 》を読むと,何が何でも混ぜ書きを推進しようという政府の姿勢は後退しているように見える.「正月三箇日」または「正月三ヶ日」が容認される可能性はゼロではないかも知れない.

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