« 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 23) | トップページ | 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 25) »

2019年1月25日 (金)

記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 24)

 昨日の記事《記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 23) 》の末尾を再掲する.

次はさらに重要なことだが,『写真で見る 海軍糧食史』に掲載されている《戦艦長門週間兵食献立 昭和3年5月の例 》はかなり信憑性が低いと考えられるのだ.
 
『写真で見る 海軍糧食史』のp.85~p.91には,海軍の記念日 (年五回) において特別な祝賀献立が将兵に供されたことが詳しく述べられている.写真も数葉が掲載されている.この写真を見ると,陸上部隊でも艦船においても,式典と共に祝賀会が催されたことがわかる.この祝賀会の献立例 (昼食) を同書p.89の表《海軍記念日前後の軍艦用兵食献立 昭和5年 》から,海軍記念日当日の祝賀献立部分を下に引用する.ただし表罫線は用いず,見やすい形に整理した.

[ 区分 5月27日 昼食 ]
料理              食材
--------------------------------------------------------
飯                白米
 
盛合せ ボイルドハム   燻製肉・(鶏卵)・(蒲鉾)・(明礬少々)・甘藷
      卵の巻焼
      二色蒲鉾
      金糸澱粉
ココア羹            (ココア)・(寒天)・(三本行)
小皿ぬた          生鰮・葱・白赤味噌・(辛子)
うしお             生鯛・晒葱
菓子折            三十銭位のもの
漬物              奈良漬
--------------------------------------------------------
 

 少し註釈をすると,上表中の ( ) の用法は意味不明である.「金糸澱粉」の正体が不明だが,祝い膳であることから推察するに,澱粉は田麩のミスタイプで正しくは「金糸田麩」,つまり金糸玉子の上に桜田麩(さくらでんぶ) をトッピングしたものかも知れない.次の「三本行」もわからない.ネット上の質問サイトには,「三本行」は三本コーヒーではないかという説があるが,三本コーヒー株式会社の創業は昭和三十二年であるから,これは嘘である.また海軍の食糧リストで,コーヒーは珈琲と書かれている.

 さて,上記の祝賀会昼食献立で,主菜が祝い膳的な内容であること,汁物が豪華に鯛の潮汁であること,デザートが付いていることの他に,特記すべきは,いつもの主食は麦飯であるが,祝賀会の献立ではハレの食事に相応しい銀シャリであることと,菓子折が付いたことである.菓子折は,羊羹や饅頭だったようである.
 
 これに対して,《戦艦長門週間兵食献立 昭和3年5月の例 》から海軍記念日の昼食を引用すると下の通りである.
 
[ 区分 5月27日 昼食 ]
料理              食材
--------------------------------------------------------
混飯              白米・割麦・椎茸・干瓢・生牛肉・甘藷・白隠元・三本行
亀甲煮キントン澄汁     豆腐・葉付玉葱・削節・味の素
漬物              奈良漬
--------------------------------------------------------
 
 これを見ると,麦飯の混ぜご飯と豆腐の味噌汁という一汁一菜である.デザートも菓子折もない.すなわちこれが帝国海軍連合艦隊主力戦艦長門の,海軍記念日祝賀会の食事であるわけがない.
 推察するに,著者の藤田氏は,トンデモないインチキ資料 (後世の創作物か?) を掴まされて,それを基に《戦艦長門週間兵食献立 昭和3年5月の例 》を書いたのではないか.
 こうしてみると,戦艦長門の昭和3年5月24日の昼食がカレーだったという話は,とたんに嘘くさくなってくる.献立を再掲しよう.
 
日時      区分 料理  食材
 5月24日木曜日 昼食 カレー 生牛肉・馬鈴薯・大根・甘藷・玉葱・カレー粉
 
 前回の記事に登場してもらったブロガーは,戦艦長門のカレーを作ろうとして大失敗をしたわけだが,ここに書かれた食材がそもそもカレーらしくない.小麦粉とラードが使われていないのが大いに疑いを深める.ニンジンはなくても構わないが,大根とサツマイモはいかがなものか.もしかするとこれは,件のブロガーも《「カレーという名のカレー味の煮物だったかもしれない」と悩んだんですが 》と書いているように,まさにカレー風味の具だくさん汁だったのではないかと思われる.(煮物だとすると,汁物がなくなって恰好がつかないから)
 以上,《戦艦長門週間兵食献立 昭和3年5月の例 》は,
事実でないと結論される.
 ある料理が軍の調理教本に掲載されているということと,それが実際の兵食として給食されていたかどうかは別の話であり,実際がどうであったかは確かな資料で実証されねばならない.
 実はこの表こそは,横須賀鎮守府と「海軍カレー」を結びつけるたった一つのデータであった.それが信用できないのであるから,嘘を広めて横須賀市民と国民を騙し,「海軍カレー」を宣伝してきた横須賀市当局の罪は重い.
 
 私の母親は,夫が陸軍復員兵だった奥さんにカレーの作り方を教えてもらった.ある日の夕食,私の家族は母が拵えたカレーの鍋を卓袱台の上に置いて,各自が皿に麦飯を盛り,スプーンでカレーライスを食べた.思い出は最上の調味料と言うが,あれはうまかった.そして父は,長門じゃあこんなものは食べたことがなかった (*) と言った.(昭和十四年から十九年までのこと)
 戦後,カレーライスが国民食となったのは,昭和十二年版『軍隊調理法』と,大陸の戦地から生還した陸軍兵士たちの手による.高齢者世代は,その過程を遠い目で思い出すのである.

|

« 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 23) | トップページ | 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 25) »

外食放浪記」カテゴリの記事

冥途の旅の一里塚」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 24):

« 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 23) | トップページ | 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 25) »