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2019年1月24日 (木)

記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 23)

 昨日の記事《記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 22) 》の末尾を再掲する.

さて,横道に逸れたが,横須賀鎮守府所属の艦隊や海兵団で,カレーライスが食べられていたかどうか,という話に戻る.
 
 日本海軍における食糧と食事に関するネット記事で,頻繁に登場する書籍がある.藤田昌雄『写真で見る 海軍糧食史』(光人社,2007年;私の蔵書は旧装版であるが現在は新装版が出ている) である.著者の藤田氏がどのような人物であるかはよく知られていない.昭和四十七年生まれの軍事史研究家と一部の著書に書かれているだけである.この本は労作であることはわかるのだが,著者はたぶん歴史書や専門書を書くためのきちんとした勉強をしていない (ただし本書の文章そのものは,著者が高等教育を受けていることを示唆している) と思われる.というのは,収録されている写真,図版や表等のデータに関して,僅かな例外を除いて出典が示されていないのである.それ故,もちろん,それらのデータの著作権関係がどうなっているかの言及は一切ない.従ってこれは趣味本の域を出ておらず,それどころか違法出版物である可能性があり,この書籍の文献資料的価値はゼロである.(ちなみに旧装版を出していた光人社は買収されて産經新聞社の子会社となり,現在の社名は潮書房光人新社という.軍事オタク御用達の出版社である.データに出典を示さない著者を許容しているのは,おそらく意図的なものだろう.三流出版社がやりそうなことである)
 だが世の中には「ミリメシ」(「ミリタリー」+「飯」) 愛好家という頭の悪い連中がいて,彼らは,この本に書かれていることがおもしろければ,その真偽なんかどうでもいいらしいのである.彼らの頭の中身を示す例を一つ下に挙げる.

戦艦長門のカレーをつくってみよう!
 
には《相変わらずの適当再現だけど、今回の参考文献は『写真で見る海軍糧食史』(藤田昌雄 著)です 》と書かれているので,『写真で見る 海軍糧食史』のベージを繰ってみると,p.113に《戦艦長門週間兵食献立 昭和3年5月の例》と題した表が載っている.その表に「5月24日の昼食」について次のように書かれている.出典は示されていない.
 
日時      区分 料理  食材
 5月24日木曜日 昼食 カレー 生牛肉・馬鈴薯・大根・甘藷・玉葱・カレー粉
 
 これを読んだ件のブロガーは
 
作り方や分量どころか使用する調味料の種類すらわからない!
カレーの材料に小麦粉が含まれてないので「カレーという名のカレー味の煮物だったかもしれない」と悩んだんですが、海軍割烹術参考書(明治41年のだけど)に倣って小麦粉でとろみをつけたふつうのカレーを作りました。
作り方もこれに倣ったので、明治の海軍カレーと昭和の海軍カレーのキメラみたいなものになってますね。
まあ美味しかったからいいや。

 
 長門のカレーを作ると言っておきながら,『写真で見る 海軍糧食史』に書かれていない材料 (小麦粉,グレープシードオイル) を使い,しかも肉やジャガイモの使用量の記載はない.その上,長門が所属していた横須賀鎮守府とは関係ない『海軍割烹術参考書』を見ながら作っている.昭和3年の献立であれば,舞鶴海兵団の内部資料『海軍割烹術参考書』ではなく,海軍当局が編纂した正式教本である『海軍五等主厨厨業教科書』を参考にしなければならないはずだ.それくらいの知識もないのに戦艦長門のカレーなどと誇大なことを書くものでない.愚か者めが.w
 ちなみに『海軍五等主厨厨業教科書』は大正七年に海軍教育本部が編纂し,帝国海軍社出版部が出版した書籍である.現在は著作権保護期間満了のため,国会図書館デジタルコレクションが一般に公開している.なおアマゾンがこの本の「復刻版」と称するKindle版を公開しているが,これは 改竄  二次加工されたものであり原本の形をとどめていない.また商品紹介ページに「海軍省教育本部」とあるが,これは「海軍教育本部」の誤りである.書誌事項を間違ってどうするのだと言いたい.で,下に「ライスカレー」の箇所を国会図書館のサイトから画像で転載する.舞鶴海兵団の『海軍割烹術参考書』では「カレイライス」であったが,海軍の教本『海軍五等主厨厨業教科書』では「ライスカレー」となっている.

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(『海軍五等主厨厨業教科書』から抜粋した画像;著作権保護期間満了の書籍)
  
 実は同じブロガーが《戦艦長門のカレー(改) 》を書いている.前作の味がまずかったと見えて,今度は戦艦長門のカレーを再現せんとして,陸軍の『軍隊調理法』を見ながら作っておる.本人も《海軍めしを作るのに陸軍の本を参考にするのもアレですが、長門のカレーは分量の記載がないので。》と言い訳しているが,情けないことこの上ない.w
 情けない,とは言うものの,このブロガーには同情すべき点もある.
 まず第一に,現在,調理というものは,調理科学という学問分野があるように歴とした科学であるからして,再現性の概念が根底にある.調理の再現性を支えるのは計量であるが,調理における計量の重要性が軍隊で認識されるのは,言い換えれば日本海軍における給食調理が「体で覚えろ」式から科学となったのは,もう少し後の時代なのである.しかも,『写真で見る 海軍糧食史』に掲載されているのは単なる献立表であってレシピではない.従って件のブロガーが「戦艦長門のカレー」を再現するなんてことは,土台無理な話だったのである.
 ちなみに,日本海軍では,大正七年 (1918年) の『海軍五等主厨厨業教科書』に続いて昭和十三年 (1938年) に『海軍四等主計兵厨業教科書』,昭和十八年 (1943年) に『海軍主計兵調理技術教科書』が刊行されている.厨業の正式教本であるこの二冊は,残念ながら国会図書館に所蔵されていない.
 しかしこれとは別に,海軍の教科書ではないが,「海軍経理学校研究部」が昭和七年に『海軍研究調理献立集』を刊行し,艦船や海兵団に配付された.この『海軍研究調理献立集』に採用された料理の一部が『写真で見る 海軍糧食史』に引用されており,それを見ると,材料の量が記載されており,ほぼ実用レシピと言っていい.つまり昭和七年以前には,まともな調理教本が作成されるようになっていたと推察される.陸軍は昭和十二年にほぼ完成形の『軍隊調理法』を刊行していたから,海軍の『海軍四等主計兵厨業教科書』も同水準のものであった可能性が高い.
 次はさらに重要なことだが,『写真で見る 海軍糧食史』に掲載されている《戦艦長門週間兵食献立 昭和3年5月の例 》はかなり信憑性が低いと考えられるのだ.

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