« 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 20) | トップページ | 続・明治のクチャラー »

2019年1月22日 (火)

記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 21)

 前回の記事《記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 20) 》の末尾を再掲する.
 
ところで,上に述べたような西洋料理系のカレーとは全く違うカレーが明治の末に普及した.それは野菜と少しの肉を煮込んだカレーで,今の家庭料理のカレーに繋がるものだった.
 
 この引用文中の野菜とは,ジャガイモタマネギニンジンのことである.
 ニンジンは日本への渡来は古いが,生産量が増加したのは栽培しやすく風味にクセのない西洋系ニンジンが伝わった江戸時代末期である.産地は,気候的に北海道が最大である.
 タマネギは,明治十年代に北海道で栽培が始まった.明治二十年代には,料理本にタマネギを使った料理が掲載され始めた.全国で栽培できるが,これも北海道が生産量最大で,全国生産量の五割以上を占めている.
 ジャガイモはそもそも北海道開拓の主要作物であった.明治三十年には生産量が二十万トンを超え,同四十年には五十万トンを超えた.大正初めに七十万トン超え,同五年に百万トン超え,同八年には百八十万トンにも達した.
 これで保存のきく野菜であるジャガイモ,タマネギ,ニンジンを北海道から全国に食糧供給できる態勢が整い,家庭料理のカレーライスが生まれる基礎ができたのである.
 このような食糧情勢を背景にして,それまで上流階級の食べ物であった肉料理としてのカレーライスから,野菜を主たる材料とし,軍隊の下級の兵も口にし得るカレーライスが派生した.そのことを示す明治時代末の史料が三つ存在する.『海軍割烹術参考書』『陸軍料理法』『洋食の調理』である.
 ここで注意が必要なのは,軍隊では下級の兵といえども食事は一般庶民よりもはるかに恵まれていたということである.これらの史料にある料理の作り方が掲載されていたからといって,それは庶民的な料理であることとは別なのである.また掲載されている料理が実際に作られ食べられていたかというと,それはまた別に検証を必要とする.
 さて上記の史料のうち二つは Wikipedia【カレーライス】の《年譜 》に記述がある.
 
1908年(明治41年)、大日本帝国海軍が配布した『海軍割烹術参考書』に、「カレイライス」のレシピが載る。海軍カレーの起こり。
1910年(明治43年)、大日本帝国陸軍が配布した『軍隊料理法』に、「カレー、ライス」のレシピが載る。
 
 先ずは海軍から.上の引用中に《大日本帝国海軍が配布した 》とあるのは嘘である.この本を編纂発行したのは舞鶴海兵団であり,帝国海軍当局ではない.つまりローカルな出版物であった.この虚偽情報は,横須賀市当局と市中のカレー屋たちが町おこしのために流布したものであり,Wikipedia【カレーライス】は,その真偽を確かめもせずに書かれている.
 現在この『海軍割烹術参考書』あるいはその復刻版と称する書籍が二つ存在する.両方共,現代語に直してあるため,原文の形をとどめていない.従ってそれらを復刻版と呼ぶのは嘘である.ただしそれを承知の上で掲載内容の概要を知るには,「復刻版」は役に立つ.
『海軍割烹術参考書』は印刷された冊数が少なかったらしく,現物は海上自衛隊第4術科学校 (舞鶴市) が保存しているもののみで,公共図書館には所蔵されていない.そのため『海軍割烹術参考書』の原文は現在,参照することができない.原文であると称するサイトが現在も複数存在するが,勝手な句読点の挿入や誤記,脱落などで文語文の正書法から外れた状態になっている.そこで,ここでは原本を保管している当事者である海上自衛隊第4術科学校の公式サイトに掲載されているレシピを基に,僅かな修正を施したレシピを掲げる.
--------------------------------------------
『海軍割烹術参考書に記載されたレシピ

 三二 カレイライス
材料 牛肉 (鶏肉) 人参 玉葱 馬鈴薯 「カレイ粉」 麥粉 米
初メ米ヲ洗ヒ置キ牛肉 (鶏肉) 玉葱人参馬鈴薯ヲ四角ニ恰モ賽ノ目ノ如ク細ク切リ別ニ「フライパン」ニ「ヘット」ヲ布キ麥粉ヲ入レ狐色位ニ煎リ「カレイ粉」ヲ入レ「スープ」ニテ薄トロヽノ如ク溶シ之レニ前ニ切リ置キシ肉野菜ヲ少シク煎リテ入レ (馬鈴薯ハ人参玉葱ノ殆ト煮エタルトキ入ル可シ) 弱火ニ掛ケ煮込ミ置キ先ノ米ヲ「スープ」ニテ炊キ之レヲ皿ニ盛リ前ノ煮込ミシモノニ鹽ニテ味ヲ付ケ飯ニ掛ケテ供卓ス此時漬物類即チ「チャツネ」ヲ付ケテ出スモノトス
--------------------------------------------
 これを見てわかることは,材料の量が指示されていないことである.調理の時の要点が書かれているに過ぎないので,正しい意味でのレシピではない.そのため,このレシピを実行することは不可能なのである.
 しかし横須賀市当局と市内のカレー屋たちは強引にも,このレシピを「再現した」と称して,統一ブランド「横須賀海軍カレー」を でっち上げた 売り出した.その結果,各店の「横須賀海軍カレー」は外観からしてそれぞれ異なるものになってしまった.各店に共通しているのは,カレーライスにコップ一杯の牛乳とサラダが添えられることだけである.彼らはこの牛乳と生野菜こそが「横須賀海軍カレーの特徴である」と主張しているが,それならば,「『海軍割烹術参考書』のレシピを再現したのが横須賀海軍カレーである」という謳い文句はどこに行ったのか,ということになる.
 しかも元々がそのレシピは舞鶴海兵団で作成されたローカルなものである.横須賀海兵団の兵食にカレーライスがあったという史料は見つかっていないのだ.むしろ横須賀海兵団にはカレーライスはなかった可能性が濃厚で,これについては後述する.
 次は陸軍のカレーライスについて.
 Wikipedia【カレーライス】にある記述《1910年(明治43年)、大日本帝国陸軍が配布した『軍隊料理法』に、「カレー、ライス」のレシピが載る 》は正しい.『軍隊料理法』は,軍令「陸普3134号」 (明治四十三年発令) によって制定された帝国陸軍の公式レシピ集である.この本は近衛師団を筆頭とする各師団の隷下部隊のみならず,軍学校,陸軍病院,陸軍衛戍監獄,外地に駐留する台湾軍・韓国駐箚軍・関東軍・樺太守備隊に到る全陸軍組織と部隊に配賦された.舞鶴海兵団のローカル出版に過ぎない『海軍割烹術参考書』とは異なる重要な史料なのである.この本は国会図書館デジタルコレクションで直接閲覧することができる.そこからカレーライスの項目を抜粋すると以下の通りである.
--------------------------------------------
『軍隊料理法』に記載されたレシピ
 
 
其九 カレー、ライス (カレー汁掛飯)
鍋ニ少量ノヘット又ハラードヲ入レ其中ニ出來ル丈細カニ刻ミタル玉葱トカレー粉トヲ適宜ニ入レテ好ク炙キ
(註;読みは「ヤキ」,意味は現代語なら「炒め」か) 之ニ米利堅粉ト采ノ目形ニ切リタル肉トヲ混セ湯ヲ注キ (註;原文にはルビあり;読みは「ツギ」) 鹽ヲ加ヘ又僅カノ酢ヲ入レ一時間程煮ルナリ之ヲ飯ニ注ケテ用ヰルナリ飯ハ可成硬目ニ炊クヲ可トス
 (注意) カレーノ中ニ金物ヲ長ク漬ケ置ク時ハ毒アリ又此料理ハ毎日用ヰルハ宜シカラス一週間ニ一、ニ度ヲ適度トス

--------------------------------------------
 ところがこの『軍隊料理法』も材料の量が指定されておらず,実際には実行できない画餅のレシピ集であった.従って明治の末期の陸軍で,兵食としてカレーライスの兵士に提供されていたかは大いに疑問である.
 しかし陸軍当局は『軍隊料理法』の実用化研究を続け,昭和三年の軍令「陸普第3548号」で『軍隊調理法』を制定し,「陸普第3759号」(昭和六年) の改訂を経て「陸普第3678号」(昭和十二年) により大部の実用料理教科書を完成した.
 帝国海軍では,兵食調理を調理専門に育成された少数の兵が行っていたのに対し,陸軍は当番兵制であったから,多くの陸軍兵士が内地での教育訓練の際に『軍隊調理法』によってカレーライスの作り方を覚えた.その兵士たちのほとんどは大陸の土となったが,生き延びた者たちは復員し,彼らが戦後,一般家庭にカレーライスが普及する原動力となったと,カレー料理研究家たちが揃って指摘しているが,その通りであろう.復員船の多くが『海軍割烹術参考書』ゆかりの舞鶴港に戻ってきたことは,偶然ながら日本食文化史の一エピソードとしてよいだろう.
 現在,横須賀市当局と市内のカレー屋たちは「横須賀海兵団のカレーが国民食カレーライスのルーツである」などと町おこしの宣伝をしているが,そんな嘘を信じているのは勉強嫌いのブロガーたちだけである.
 さて軍令は機密事項であったから『軍隊調理法』の内容は,民間人の知るところではなかった.しかし,ジャガイモ,タマネギ,ニンジンを材料とする野菜料理であるカレーライスの作り方を記した料理本が現存する.Wikipedia【カレーライス】には記載がないが,亀井まき子『洋食の調理』(博文館,明治四十四年) である.この本は材料の量的目安を記載しており,実用レシピ集である.陸軍のカレーライスのレシピ完成が,遅れること昭和であったことに鑑みれば,新資料が現れなければ,この『洋食の調理』が我が国の家庭料理カレーライスについて書かれたレシピの初出である.これも国会図書館デジタルコレクションで閲覧できる. 
--------------------------------------------
亀井まき子『洋食の調理』に掲載されたレシピ
 
「ビーフカレーライス」
牛肉 (並肉) バタ カレー粉 スープ (鶏肉) 馬鈴薯 人参 塩 玉葱 メリケン粉 牛乳
牛肉 (並肉) を二分位の賽の目にきりましてバタをフライ鍋に入れ火にかけとかしましたら此牛肉を入れてよくいため狐色になりましたらカレー粉を入れスープ (鶏肉) でのばしましてスチウ鍋にうつし馬鈴薯と人参を二分位の賽の目にきりまして水に少しはなしまして笊にあけ水気をきっておいたのを入れ塩と玉葱の皮をむきまして薄く輪切にしたのを入れまして文火
(註;読みは「トロ火」) にかけ一時間も煮込みましたらメリケン粉を水でとかしたのを入れて三十分間も亦煮ましたら牛乳を少々いれて鍋をおろすので御座います此の分量は牛肉が百匁ならば之をいためますバタが食匙一杯カレー粉が珈琲匙に一杯人参と馬鈴薯は一所にして二合位玉葱は中位の大きさのを一個メリケン粉食匙に一杯半位を水にとかして入れるのです又スープは二合牛乳は食匙に三杯位でよかろうと存じます
-------------------------------------------
 余談ながら,文語文の正書法も時代と共に変遷があり,明治の頃は句読点が用いられていなかった.それだけでも読みにくいのに,著者亀井まき子の,切れ目のない文体が相俟ってセンテンス二つのわけがわからないレシピではある.なーにが「御座います」であるか.w
 ちなみに,『洋食の調理』など明治末年における料理本は,上流階級婦女子の啓蒙書であったという.(小菅桂子『カレーライスの誕生』による
)
 従って彼女らが実際にそれらの料理本で調理したということはなかろうが,お雇い料理人たちが調理したものと思われ,ジャガイモ,タマネギ,ニンジンの入ったカレーライスが軍以外の民間でも食べられ始めたことを示す資料である.
 次回は,「横須賀海軍カレーの嘘」について記す.

|

« 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 20) | トップページ | 続・明治のクチャラー »

外食放浪記」カテゴリの記事

冥途の旅の一里塚」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 21):

« 記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 20) | トップページ | 続・明治のクチャラー »