« 他山の鼻毛 | トップページ | お箸の国の人なのに (五) »

2018年12月29日 (土)

帰省

 夜明け前にラジオの帯番組を聴いていると,クリスマスが過ぎたあとは時折『ホームにて』が流れる.
 
「歌姫」という,今はもう手垢の付いた言葉がある.初出は,戦犯の火野葦平が戦後,公職追放された年に書いた三文小説『歌姫』(大日本雄弁会講談社,1948年) だろうか.若い頃に読んだ記憶があるが,中身は忘れた.
 もしかすると中国大陸の古い文芸に,この熟語が現れているかも知れないのだが,それとは無関係に,中島みゆきがアルバム『寒水魚』に『歌姫』を入れたのは昭和五十七年 (1982年) のことだった.初出の用例は火野葦平だとしても,この言葉のオリジナリティは中島みゆきにあると,私は思う.
 以来,天才的ソングライターから,自分では作詞も作曲もできない売れない演歌歌手に到るまで,女性歌手ならみんな歌姫だという話になった.
 そういう有象無象を遠くに見て,やはり中島みゆきは独立峰のように思われる.だから『ホームにて』は,誰のカバーでも彼女を越えられない.
 
 とは言うものの,誰か『ホームにて』を,元々の調べとは別の歌として歌ってくれないか.そう思ってネットを探すと,BEBE高畑充希手嶌葵が見つかった.
 BEBE は抜群にうまい歌唱だけれど,残念ながら遠く過ぎ去った昭和の哀感がない.昭和という時代を知らないのだから無理はないが.それから,母音の前に不要な子音が入る癖を直せば,洋楽も歌える人だと思う.ディスクを出したことはあるようだが,売り切れだ.でも,中古を探して買ってまで聴こうとは思わない.

 高畑充希は,年末最後の仕事を終えて,同僚たちとカラオケに行く娘さんたちがお手本にするといい.日本語の発音に難があるけれど,これはこれでいい.
 
 みっつめ.手嶌葵が《ネオンライトでは燃やせない 》と歌うと,この日本ではないどこか遠くの国の,都会の雑踏の印象がある.不思議な世界観だ.
 その国で,年の暮れに帰省しようと思えば帰れるのに,最終列車を見送る.どこか遠くの国の,かつてあった「昭和」がここにあるように思われる.YouTube に,森田童子のようだと書いた人がいる.なるほどと思う.

|

« 他山の鼻毛 | トップページ | お箸の国の人なのに (五) »

新・雑事雑感」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 帰省:

« 他山の鼻毛 | トップページ | お箸の国の人なのに (五) »