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2018年11月15日 (木)

記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 9)

 前回の記事《記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 8) 》の末尾に,
 
次回も食品大企業の公式サイトのあきれた状況について書く.
 
 と書いたが,その前に,前回の記事の補遺を二つ記す.
 キリン食生活文化研究所のコンテンツに嘘が書いてあることについて,私は次の通りに書いた.
 

 

三宅秀は実在の人物であるが,遣欧航海の船中日記にそんなことは書いていないのである.別の人物の日記の記事を,上記の吉田よし子が『カレーなる物語』の中で取り違えて「三宅秀」と書いてしまったのだ.
 
 上述の《別の人物 》の名を明記すべきだった.その人物とは池田筑後守長発の遣仏使節団 (文久三年十二月~四年六月) に副使の河津伊豆守の従者として参加した岩松太郎である.岩が書き残した『航海日記』は『遣外使節日記纂輯 第3』(大塚竹松編,日本史籍協會,1930年;第1,2,3巻の三分冊) に収められている.古書はそれぞれ五千円程度であるが,第3巻は特にレアのようで,「日本の古本屋」等で購入する場合は検索して在庫ありとヒットしたら即決購入するのがよい.しかし岩の『航海日記』読むだけなら国会図書館から複写を取り寄せれば事足りる.
 
 さて前回の記事は,かつて日本のカレーライスのルーツとされてきた説,すなわち明治九年に来日したクラーク博士が札幌農学校学生寮の食事にカレーライスを導入したという説は,根拠のない伝説であるという話だった.
 
ウィリアム・スミス・クラークが札幌農学校学生寮の食事にカレーライスを導入したとする説が大手を振ってまかり通っていた.そしていまだにこの珍説を述べているブロガーがいるのだが,上記吉田よし子の調査によるとこれは根拠がないという.Wikipedia【ウィリアム・スミス・クラーク】も否定しているし,何より北大当局自体が否定している.
 
 上の引用文中の《何より北大当局自体が否定している 》の典拠を示すべきであった.
 北海道大学の公式サイトの《FAQ よくある質問と回答 》に次のように書かれている.
 
クラーク博士とカレーライスについて
 クラーク博士とカレーライスの係わりについて、「ライスカレーの名付け親はクラーク博士」、「日本のカレーライスの発祥は札幌農学校」、「生徒は米飯を食すべからず、但しライスカレーはこの限りにあらず。と農学校の寮規則に書かれていた」というのは本当のことか、事実なら資料を見せてほしい、という問い合わせを多くいただきます。
 しかし、札幌農学校当時の記録で[カレー]の記述があるものは、明治10年7月の取裁録(公文書を綴ったもの)の中の、買い上げの品として「カレイ粉 三ダース」、明治14年11月の取裁録の中の、「夕 洋食<パン バタ 肉肴之類ニテ弐品 湯 但隔日ニライスカレー外壱品>」、この2点の史料のみで、クラーク博士とカレーを結びつけるはっきりとした史料は残っていません。

 
 このように現在では否定されているのだが,クラーク博士説を否定した吉田よし子『カレーなる物語』(筑摩書房,1992年) よりも後に出版されたにもかかわらず,小菅桂子『カレーライスの誕生』(講談社,2002年) や,井上宏生『日本人はカレーライスがなぜ好きなのか』(平凡社新書,2000年) では,クラーク博士が札幌農学校学生寮の食事に導入したのが日本のカレーライスのルーツであるとしており,ルーツ探しの進展に逆行してしまった.
 明治の初期に,北海道開拓指導のために雇われて来日した外国人たちは,北海道で米を栽培することに反対した.今でこそ北海道で米は栽培できるが,当時の北海道では,米は著しく経済性の悪い作物だった.そのため彼らは,米よりも栄養的に優れる小麦と,野菜類,畜産で開拓農業を推進しようとした.北海道における食事の洋食化を主張したのである.(『新北海道史 第三巻 通説二』出版者は北海道,1971年;国会図書館等で閲覧可能)
 開拓地の農業を指導し,札幌農学校学生寮における食事の洋食化を推進したクラーク博士が,栄養的に取り柄のないカレーライスを寮食に導入したとは考えにくい.その当時の普通の日本人の食事つまり「飯と味噌汁と漬物」よりはマシだから,せいぜい「カレーライスを学生が食べるのを禁止はしなかった」が実際のところだったろうと思われる.もっともクラーク博士が帰国した五年後には,寮食の洋食化は頓挫したようであるが,私はその典拠である書籍を未読なので断言は避ける.

[カテゴリ] 外食放浪記or冥土の旅の一里塚の〈記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 10) 〉に続く〉


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