記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 5)
前回の記事《記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 4) 》の末尾を再掲する.
《吉村昭は現場に赴き,関係者から証言を聞き取り,史料を集めてノンフィクション作品を書いた人である.従って作品中に嘘の記載はない.そして「海軍カレー」の嘘八百を知るだけなら,その吉村昭の『白い航跡』を読めば足りる.海軍カレーについて知識を得たいなら『白い航跡』は必読書なのである.》
では,高木兼寛が行った海軍練習船「筑波」での実験について,吉村昭が何を書き残したかを見てみよう.新装版『白い航跡(下)』(講談社文庫,Kindle 版) から下に引用する.
(Kindle 版の位置No.661-676)
《まず、艦艇が港に停泊している折の献立表は、次のようなものであった。
一週間のうち、日・火・木・土の四日間は、
朝食――パン六〇匁、バター三匁、ビスケット二匁、 砂糖四匁、茶一匁
昼食――米飯五〇匁、骨付き生牛肉六〇匁、野菜二五匁
夕食――米飯五〇匁、骨付き生牛肉四〇匁、野菜二五匁、日本酒二合
月・水・金曜日の三日間は、
朝食――まんじゅう五〇匁、バター三匁、ビスケット二匁、砂糖四匁、茶一匁
昼食――米飯五〇匁、牛肉缶詰六〇匁、野菜二五匁
夕食――米飯五〇匁、魚肉四〇匁、えんどう豆一〇匁、野菜二五匁、日本酒二合
これ以外に、芥子、胡椒、醬油、味噌、酢を使用する。まんじゅうは、小麦粉が原料なのでパンと同じものと考え、兵に抵抗感をあたえぬよう日本人になじんだまんじゅうをパンの代用食としたのである。
ついで、艦艇が航行中の献立表を作成した。航海中は娯楽などの刺激がなく、食事が兵たちの唯一の楽しみであることを考慮して、停泊している場合とちがって日・木曜、月・金曜、火・土曜と水曜の四種類にわけて、それぞれの献立を考えた。
朝食の主食は、日・木曜と火・土曜の四日間はパン。月・金曜と水曜日をまんじゅうとし、バター、ビスケットを毎食あたえる。昼食と夕食は、碇泊中と同じように米飯五〇匁を主食とすることに変りはないが、火・土曜日は米飯を三〇匁にへらし、その代りに小麦粉が原料であるうどん二〇匁を支給する。
尚、蛋白源である肉類については、航海中に肉類が腐敗するので長期間保存のきく塩漬けにした牛肉、豚肉を積みこんでこれをあたえる。そのほか、野菜以外に保存がきく馬鈴薯、豆類などが配されていた。》
(Kindle 版の位置 No.1111-1117)
《兼寛は、遠洋航海に出る「筑波」の乗組員が摂取する食物についての検討に取り組んだ。蛋白質と含水炭素の比率が適正であるようにするため献立表を何度も書き直し、ようやく食物の種類と量を決定した。
毎人一日分ノ食量表
米……一八〇匁、魚類……四〇匁以上、肉類……八〇匁以上、脂油類……四匁、砂糖……二〇匁、牛乳……一二匁、味噌……一四匁、醬油……一六匁、野菜……一二〇匁、酢……二匁 香料……三分、酒類……五〇匁(但し日本酒の量なり)、豆類……一二匁、麦粉……二〇匁、茶……二匁、塩……二匁、漬物……二〇匁、菓物……適宜
早速、有地艦長、青木大軍医を招き、有地にこの表を渡して食料の調達を指示した。また、青木大軍医には、航海中、毎日曜日に乗組員全員の体重測定をし、病気発生の折には病名等を詳細に記録するよう指示した。さらに、寄港地に到着した折には概要でよいから報告書を医務局に送るよう求めた。》
上の引用箇所についていくつか註釈をする.
《牛乳 》はコンデンスミルクのことである.また《香料 》は芥子と胡椒である.
パンについては,『白い航跡(下)』の他の箇所に書かれているが,「筑波」にはパン焼窯は設置されていなかった.従って「筑波」は,停泊港でパンを積み込んだあと,消費したらビスケットでこれを代用した.
「海軍カレー」の嘘に関して重要なことは,「筑波」では麦飯 (この麦とは,大麦を砕いて作る挽割麦のこと;今は麦飯といえば押麦と米を混ぜて炊いたものであるが,明治時代に押麦はまだ発明されていなかった) は炊飯されなかった (大麦はそもそも高木兼寛が作成した食糧表にない) ことと,「筑波」に積み込まれた食材の中にカレー粉はなかったという事実である.すなわち横須賀市当局が主張する「〈筑波〉の実験航海で,とろみをつけたカレー風味のシチューが兵食として提供された」は歴史の捏造である.
また木原洋美や多くのブロガーが,麦飯にカレーをかけた「筑波」の献立が「海軍カレー」の始まりであると書いているが,これまた真っ赤な嘘である.挽割麦もカレー粉も,「筑波」は積んでいなかったのである.
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