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2018年11月10日 (土)

記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 4)

 前回の記事《記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 3) 》の末尾を再掲する.

木原洋美の文章のどこが,規範とすべき虚偽から逸脱しているかというと,
《たんぱく質を多く含んでいるということで麦と米を半分ずつ混ぜた麦飯にかけた「ライスカレー」だった。麦を混ぜたおかげで期せずしてビタミンB1の不足も補え、結果、明治18年には海軍の脚気の罹患者数は41名、死亡者数なし、と劇的に改善 》
の箇所である.軍艦 (ただし海軍兵学校の練習艦である)「筑波」の遠洋航海で脚気予防方法の実験が行われたのは明治十七年であるが,海軍が兵食に麦飯を採用したのは,翌明治十八年のことであった.すなわち「筑波」の兵員たちは,実験航海では麦飯を食ってはいなかったのである.そのことについては次回の記事で述べる.

 ダイヤモンド・オンラインに掲載されている自称「医療ジャーナリスト」木原洋美のプロフィルを引用して紹介しよう.
宮城県石巻市の漁村で生まれ、岩手県の山村で幼少期を過ごし、宮城県の穀倉地帯で少女時代を送る。明治学院大学在学中にコピーライターとして働き始め、20代後半で独立してフリーランスに。西武セゾングループ、松坂屋、東京電力、全労済、エーザイ等々、ファッション、流通、環境保全から医療まで、幅広い分野のPRに関わる。2000年以降は軸足を医療分野にシフト。「常に問題意識と当事者感覚を大切に取材し、よ~く咀嚼した自分の言葉で伝え、現場と患者の架け橋になる」をモットーに、「ドクターズガイド」(時事通信社)「週刊現代 日本が誇るトップドクターが明かす(シリーズ)」(講談社)「ダイヤモンドQ」(ダイヤモンド社)「JQR Medical」(インテグラル)等で、企画・取材・執筆を深く、楽しく手掛けてきた。2012年、あたらす株式会社設立(代表取締役)。2014年、一般社団法人森のマルシェ設立(代表理事)。森のマルシェでは、「木を遣うことが森を守ります」の理念を掲げ、国産材の樽で仕込む日本ワインやバルサミコ酢の開発等、国産材の需要を開拓する事業に取り組んでいる。

 驚いたことに,木原洋美は医学はもちろん栄養学も,実際の食品・調理に関しても全く教育を受けていないのである.単なるライターに過ぎない.それが脚気について,高木兼寛についての文章を書いて原稿料を稼いでいる.いい度胸だと恐れ入る.
 そして木原洋美は,書籍や論文などの資料を読むのが嫌いだろう.もし好きであるなら,脚気と高木兼寛に関する次の資料の存在を知ってるはずだ.知っていなければならない.

『海軍衛生制度史』海軍軍醫會
『海軍脚気病豫防事歴』海軍中央衛生會議
「明治初年醫史料」中外醫事新報別刷
『帝国海軍教育史 第七巻』海軍教育本部編,原書房刊
『日本海軍食生活史話』元海軍主計中佐・瀬間喬著,海援舎刊
「龍驤艦航海記事」海軍大学校研究部
『脚気の歴史ビタミン発見以前』山下政三著,東大出版会刊
『明治期における脚気の歴史』山下政三著,東大出版会刊
『高木兼寛の医学』松田誠著,東京慈恵会医科大学発行
『東京慈恵医科大学百年史』東京慈恵医科大学百年史編纂委員会編
『慈恵看護教育百年史』慈恵看護教育百年史

 実は,上の文献一覧は,吉村昭がノンフィクション作品『白い航跡』(現在は講談社文庫に上下二巻として収められている) を執筆するに際して参考とした資料の一部である.これらは明治期の軍隊における脚気の蔓延と,高木兼寛の業績を知るための基礎文献であるから,大学で栄養学を勉強した人は読んだことがあるかも知れない.もちろん「海軍カレー」伝説の嘘を知るためにも必読だ.(これらの本の一部は古書が入手できるが,かなり高価であるので,図書館で閲覧するのがお勧めである)
 木原洋美のデタラメな文章を読んで,資料を調査しない自称「ジャーナリスト」が存在することに私は驚いた.もし彼女がこれらの資料を読んでいれば (読む学力があればの話だが),自分の書いた嘘がすぐバレる嘘だとわかるから,カレーなんぞのことで世間に恥を晒さずに済んだのにと思う.

 さて吉村昭は,言うまでもなく昭和を代表する作家の一人である.
 Wikipedia【吉村昭】から少し引用する.

現場、証言、史料を周到に取材し、緻密に構成した多彩な記録文学、歴史文学の長編作品を次々に発表。
没後の2011年に発生した東日本大震災の後、「三陸海岸大津波」が再評価され、新たに多くの読者を獲得したことが話題となった。

 吉村昭は現場に赴き,関係者から証言を聞き取り,史料を集めてノンフィクション作品を書いた人である.従って作品中に嘘の記載はない.そして「海軍カレー」の嘘八百を知るだけなら,その吉村昭の『白い航跡』を読めば足りる.海軍カレーについて知識を得たいなら『白い航跡』は必読書なのである.
 ただし,『白い航跡』にも瑕疵はある.軍船の航海データに,他の資料との齟齬が見られるのだ.その点を修正した総説を,九州がんセンター院長の岡村健先生が“FUKUOKA SOUTHROTARY CLUB MONTHLY REPORT No.654 2013/10”に寄稿しておられるので,併せて読む必要がある.この総説は,ネット上に,
軍艦「筑波」-偉大なる航海-(上)軍艦「筑波」-偉大なる航海-(下)としてアップされている.

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