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2018年11月24日 (土)

記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 15)

 前回の記事《記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 14) 》の末尾を再掲する.
 
かようにこの一節はよく知られているが,これはまた私が『ある明治人の記録』第一部の中で,最も違和感を持つ箇所なのである.
 
 上の《 》にある《この一節 》も再掲する.
 
この年の五月、内務卿大久保利通暗殺さる。大久保は西郷隆盛とともに薩藩の軽輩の子として生まれ、両親ともども親友の間柄なるも、大義名分と情誼を重んずる西郷と、理性に長けたる大久保とは、征韓論を境に訣別し、十年の西南戦争においては敵味方の総帥として対決し、しかも相前後して世を去る。余は、この両雄維新のさいに相謀りて武装蜂起を主張し「天下の耳目を惹かざれば大事成らず」として会津を血祭にあげたる元凶なれば、今日いかに国家の柱石なりといえども許すことあたわず、結局自らの専横、暴走の結果なりとして一片の同情も湧かず、両雄非業の最後を遂げたるを当然の帰結と断じて喜べり。
 これらの感慨はすべて青少年の純なる心情の発露にして、いまもなお咎むる気なし。

 
 私が抱いた違和感とは,この文章の主体がブレていることである.
 例えば,《大義名分と情誼を重んずる西郷と、理性に長けたる大久保 》は,まるで二人に関する中立的な評伝中の文言のようである.いや,二人に対するリスペクトさえも感じられる.
 しかし《結局自らの専横、暴走の結果なりとして一片の同情も湧かず、両雄非業の最後を遂げたるを当然の帰結と断じて喜べり 》は,西郷と大久保の専横と暴走を非難する立場に立っている.西郷と大久保が天寿を全うできなかったことを《喜べり とまで言い切っている.
 しかるに,この文中の《非業の最後 》は「志半ばで倒れた」ということであり,両人に対する同情を示す表現なのである.従って《一片の同情も湧かず 》とは矛盾している.敵である者が戦争で敗死 (西郷) したり,あるいは暗殺 (大久保) されたりした場合,日本人の感性ではこれを「前世の業」の当然な結果であるとして,「非業の死」とは言わない.文章の一貫性としては,「両雄無残な最期を遂げたるを」でなければならないのである.
 また「血祭に上げたる」は,会津を倒すことで戦意高揚した側に立った表現である.政府軍に戦意高揚されては困る会津藩側の人間 (柴五郎) が使う言葉ではない.
 以上のように,『ある日本人の記録』第一部の中で,この箇所は非常にちぐはぐな印象を与える.西郷隆盛と大久保利通に対する評価の立ち位置が定まっていない.あたかも,元の文章に後から誰かが手を入れたかのようである.
 
 また,《この年の五月、…… 今もなお咎むる気なし 》に一貫性がないということとは別の話であるが,この箇所における《「天下の耳目を惹かざれば大事成らず」》だが,わざわざ括弧に括って書いているということは,この文言がそのままの形で書かれた文書 (出典) があることを意味している.それは文脈からすると,西郷隆盛と大久保利通の間で交わされた文言である.明治維新前夜,徳川慶喜に大政奉還させたのち,慶喜を新しい政治権力の中に留めておこうとする勢力に対して,大久保と西郷は徳川幕府を武力で倒す意思を貫いた.そのことに関する言葉であろう.
 
 しかし,ネットを検索してもこの文言を含む史料が見つからない.ヒットするのは『ある明治人の記録』のこの一節を引用したブログ等の記事だけである.
 もしかすると「天下の耳目を惹かざれば大事成らず」は,出典と少し語句が異なっているのかも知れない.慣用的な表現では「耳目を惹く」ではなく「耳目を集める」と書くのだが,それを考慮して検索しても,この文言の出典は発見できなかった.
 しかし,私には西郷が遺した文章に,これに似た表現があったような記憶があった.そこで奈良本辰也『西郷隆盛語録』(角川ソフィア文庫,2010年) を購入した読んだところ,書簡の部に次の文章があった.(Kindle 版の位置 No.2345-2347)
 
このたび朝廷では御英断なされ、王政復古のご基礎を召し立てられたいとの御命令をお出しになりました。大混乱がおこるかもしれませんが、人心は二百年もの泰平の旧習に慣れきっておりますから、いちど戦乱がおこればかえって天下の耳目を新しく切りかえることができ、政局安定の御盛挙になるはずです。戦乱の決心をなされ、死中に活を得られる御覚悟が最も急務であると考えます。
 
 『西郷隆盛語録』には,この現代語訳は『大西郷全集』(大西郷全集刊行会,大正十五年,国会図書館はじめ首都圏の公立図書館には蔵書なし) を底本としていると書かれているが,同じ文章が,毛利敏彦『大久保利通 維新前夜の群像 5』(中公新書,1974年、改版1992年,Kindle 版の位置 No.1659-1661) では次のようになっている.
 
一動干戈候て、かえって天下の眼目を一新、中原を定められ候御盛挙と相成るべく候得ば、戦を決し候て、死中活を得るの御着眼、最も急務と存じ奉り候
 
 そして,これは議論の根拠とするような種類の本ではないが,高橋伸幸『人生を切り開く 西郷隆盛の言葉 100』(扶桑社,2017年) には下のように書かれている.
 
今般、朝廷では御英断なされ、王政復古の御基礎を召し立てられたいとの御命令について、必ず大混乱がおこるかもしれませんが、人心は二百年もの泰平の旧習に汚染されておりますから、一度戦争が起こればかえって天下の耳目を一新することができ、政局安定の御盛挙になるはずです。戦いの決心をなされ、死中に活を得る御覚悟が最も急務であると考えます。
 
 これらの本には 「天下の耳目を新しく切りかえる」「天下の眼目を一新」「天下の耳目を一新する」とあるが,正しいのは「耳目」なのか「眼目」なのか,よくわからない.仕方ないので『大西郷全集』の古書を手に入れて読んでみることにした.
 とはいうものの,この手紙は西郷が岩倉具視に宛てて覚悟を促したもので,大久保と西郷が交わした言葉ではないから,《「天下の耳目を惹かざれば大事成らず」 》の出典ではない.止むを得ず,今は大久保利通の評伝を数冊読んで,この文言がその中にあるかどうか調べている.

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