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2018年11月22日 (木)

記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 13)

 昨日の記事《記念艦三笠でカレーを (海軍カレー編 12) 》の末尾を再掲する.

その程度の知力でよくまあ《校訂を依頼された 》と嘘を書いたものだと呆れる他ない.

 文章というものは,事実をありのままに書けば,何の矛盾破綻もなく,辻褄が合う.当然だ.事実だからである.
 ところが,事実の中に嘘を紛れ込ますと辻褄が合わない文章になる.そこで嘘がばれないように色々と辻褄合わせをやらねばならぬことになるのだが,それは頭の悪い人間には無理な相談で,どこかで矛盾が露呈する.
 石光真人はそういう種類の人間のようで,辻褄合わせに見事に失敗している.ところが石光は小細工はできるけれど,ばれない嘘をつく詐欺師的能力に欠けており,その結果,自分が辻褄合わせに失敗しているという認識をできず,堂々と『ある明治人の記録』を出版した.
 石光の小細工とは何か.
『ある明治人の記録』の第二部に,柴五郎に回想録の原稿を添削してくれと頼まれた (これが事実だとの証拠はない) ことを切っ掛けにして,その原稿を筆写する (柴の許可を得たと書いているが,事実だとの証拠はない) ことができたと書かれている.本書の終わり近くにある第二部のこの叙述が,『ある明治人の記録』の巻頭に置かれた《本書の由来 》に続くという倒叙になっているのは,石光の苦心したところであろう.連続して書けば,嘘がモロバレなのだが,読者が読み流してしまうかも知れない《本書の由来 》に

この書は柴五郎翁が、死の三年前に、私に貸与されて校訂を依頼された、少年期の記録である。

と分割して書けばバレないと思ったのだろう.実際,石光が,当用漢字云々と余計なことを書かなければ,私は石光の嘘に気が付かなかったかも知れない.柴五郎に添削を依頼された原稿中の漢字を,柴の没後に公示された当用漢字に置き換えることは,時系列的に不可能であるから,これで石光の嘘がバレてしまったのだ.
 では,何故に石光は当用漢字のことに触れたのか.それは石光が新聞業界の人間だったからである.
 どのような理由か知らないが我が国は,政治体制あるいは権力構造に大変動が起きた際に,アンチ日本語の動きが二度にわたって発生した歴史を持つ.その最初の有名な例は,明治十八年年 (1885年) ,第一次伊藤内閣の下で初代文部大臣に就任した森有礼が主張した「英語を日本の国語とすべし」との論であった.そういう主張を,日本語を母語として育った森有礼は,頭の中では日本語で考えていたわけであるから,もう頓珍漢でお話にならないものではあった.この問題は別の機会にふれるとして,次は先の大戦で敗戦したあとのことである.
 戦後,GHQは,日本が軍国主義に走ったのは国民の教育レベルが低かったことに起因すると考えた.国民が皆きちんと読み書きできれば,情報を平等に受け取ることが可能となり,ひいては戦後日本の民主化に寄与するとでも考えたのであろう.そこで,欧米人からすると日本語習得の壁となっている漢字を廃し,日本語をローマ字表記とする方針を立てた.そして日本国民の識字率を調査したが,案に相違して日本人の識字率は非常に高かった.そのため日本語のローマ字表記化は頓挫した.
 しかし,GHQの意向を忖度したのか,従来からの漢字廃止論者が勢い付いた.詳細は Wikipedia【漢字廃止論】に譲るが,「漢字が廃止されるまで当面の間,可能な限り漢字の使用を制限する」ことを目的として昭和二十一年に当用漢字が内閣告示された.
 Wikipedia【当用漢字】には《1981年(昭和56年)の当用漢字表の廃止以降は書き換えに強制力(法的拘束力)はなくなったが 》とあり,あたかも当用漢字に法的拘束力があったのように書いているが,これは嘘である.公文書においては行政的に強制が行われたが,その他の一般社会には,当用漢字が国民的コンセンサスなしに制定されたことから,科学者や文学者など,業として日本語を読み書きする人々から反対の声が上がったのである.
 例えば作家の舟橋聖一は第1期国語審議会第3総会で次のような反対意見を述べた.

われわれ作家と審議会との関係は対立的であるように世間では見ている。しかし,われわれは国語の簡素化に反対でなはい。小説家は,やさしい表現と達意のために骨身を削っている。でないと読者が離れるからである。ところが当用漢字表は,達意のじゃまをする。山本有三氏がわれわれの代表として審議会に参与したのがまちがいである。山本氏のやり方は,独善的,独裁的で,もまないでまとめることばかりにほねをおる。審議会は大いにもんでもらいたい。》 (この引用文中の文字の着色は,当ブログの筆者による)

 また当用漢字の強制力については,やはり第1期国語審議会第3総会における山口吉郎 (東京大学工学部教授) と宮沢俊義 (東京大学法学部教授,審議会副会長) との間で以下の遣り取りがあり,当用漢字に法的強制力はないことが明言されている.

山口
 学術語の全部が当用漢字表で制約され,術語を変えろと言われているが困る。学術語にはジャーナリズムには使わないが,出度の高い文字がある。攪(かく)拌を「まぜること」,抛(ほう)物線を「物を投げる線」では困るし,「楕(だ)円」の楕の字はない。鉱物の名称・色・形・結晶・成分など,1850字の範囲内で決めることはむずかしい。文部省の検定教科書には,術語の表記が漢字・かな混用の不便・不体裁のものがある。当用漢字表はどの程度厳格なものか許容はどの程度認められるのか,学会の連中は困っている。きょうは,ぜひこの点について確かな返事をもらって帰らなければならない。
 
 宮沢副会長
 どうやれというような命令はどこからも出ていない。もし強制するなら法律で決めなければならないのだから,今のお話は問題にならないのではないか。

 制定当初の状況で放置すれば当用漢字の普及は望めなかったであろうが,ここで政府のお先棒を担いだのが新聞業界であった.敗戦直後の反省もどこへやら,率先して漢字制限を実践して普及に努め,政府に協力したのであった.
 上に述べたことは私のような高齢者にとっては常識だが,Wikipedia の編集に参加するような若い人たちは,調べずにテキトーに書くことが当たり前だと見えて,当用漢字に強制力があったなどと百科事典に書いてしまうのである.
 余談だが,当用漢字に不信感を表明した科学者,山口吉郎は,俳人の山口青邨である.

 ともあれ新聞業界人の石光真人は,当用漢字表外の漢字は難読漢字であるとの思い込みがあり,柴五郎の原稿中の漢字をそのままにしておくべきではないと考えたのであろう.得々として《当用漢字にないものが多く、振り仮名をつけたりしたが》と書いて,折角の嘘を台無しにしてしまったというわけである.

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