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2018年10月 8日 (月)

絵踏みのこと

 自然科学の多くの分野は論理で構築されているから「昔,学校で習ったことと現在の教育内容が異なっている」ということはあまりない.ただし,そうでないものもあって,例えば栄養学の本に書かれていることは推測と仮説が非常に多いので,もっともらしい「定説」がいとも簡単にひっくり返るのは諸兄御承知の通り.
 人文系の学問も,そもそも論理に無縁の,言った者勝ちみたいなものが多く,例えば歴史学に基づいて書かれている中学や高校の教科書の内容は,時代と共にどんどん変化している.あまり出版物を読まない高齢者層は時代について行けないのが実情だ.

 先日 (10/7) 放送されたNHK『歴史秘話ヒストリアSP「世界遺産 長崎・天草 キリシタン不屈の物語」』を観ていたら,首を傾げざるを得ない点があった.
 まず,記述に問題がある Wikipedia の項目を挙げる.それは Wikipedia【踏み絵】であるが,その中から下に少し引用する.

踏み絵 (ふみえ) とは、江戸幕府が当時禁止していたキリスト教 (カトリック教会) の信徒 (キリシタン) を発見するために使用した絵である。本来、発見の手法自体は絵踏 (えぶみ、えふみ) と呼ばれるが、手法そのものを踏み絵と呼ぶ場合も多い。

 この項目を編集した筆者は《本来、発見の手法自体は絵踏 (えぶみ、えふみ) と呼ばれるが、手法そのものを踏み絵と呼ぶ場合も多い》と書いておきながら,項目名および記述において「本来」の呼び方ではない「踏み絵」を用いている.また《と呼ぶ場合も多い 》と根拠を示さない独自研究を書いているが,現在では,日本史の教科書を含む出版物や放送の分野では「踏み絵」ではなく「絵踏」とするのが一般的になっている.(例えば国立国会図書館のサイトにある,この資料 の二ページ目)

 ところが『歴史秘話ヒストリアSP「世界遺産 長崎・天草 キリシタン不屈の物語」』では,キリシタン発見の手法を,昔の呼び方である「踏み絵」としていた.

20181008b

 不審に思ったので,理由を考えてみたのだが,もしかすると最近世界遺産に記載された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の関係者 (登録運動を進めてきたのは,たぶん高年齢層の人たちだろう) の間では,未だに潜伏キリシタン発見の手法を「踏み絵」と呼んでいるのかも知れない.それなのに「絵踏」という言葉を用いて放送すると,それらの人々からクレームがつく可能性があることを危惧したのかも知れない.
 NHKの公式サイトの他のコンテンツでは「絵踏」を使っているから,敢えて「踏み絵」を使用した理由は,クレームを事前に回避するためだろう.
 しかし,これから先,中学や高校で,潜伏キリシタン発見の手法を「絵踏」と教えられた生徒たちがテレビ視聴者の中で多数派になるわけだから,ここはやはり「絵踏」を用いて欲しかった.
 
[追記]
 ところで.上に掲載したテレビ画面の画像で,キリシタンを取り締まる役人たちが笠をかぶって居る.晴れた日に何ゆえに笠をかぶっているのか.それが不思議だ.また,その形の笠が天草辺りでは普通の笠であったのか.時代考証はどのようになっているのか,NHKは説明義務があるように思う.

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