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2018年10月16日 (火)

渡世人の飯椀 (補遺2)

 江戸時代の博徒というと,多くの年寄りは昔のテレビ時代劇『木枯紋次郎』を思い出すのではなかろうか.
 この紋次郎の飯の食い方は,当時の視聴者に大きなインパクトを与えたようで,今でも「紋次郎食い」で検索すると,色々なウェブページがヒットする.動画の例から,その一シーンを,モニター画面のハードコピーをして下に掲載する.
 
20181016b
 
 ところが,この場面は時代考証的には大嘘なのである.時代考証家の山田順子さんや杉浦日向子さんらが江戸時代に描かれた絵を調べたところによると,当時の飯屋や居酒屋には,テーブルとイス (大抵は酒樽である) はなかったという.客は縁台 (床几ともいう) に腰かけるか,履物を脱いで小上がり (畳または板敷) で飲食をしたのである.(「江戸庶民風俗図絵」などを検索されたい)
 しかし別の放送回で紋次郎は,街道筋にある茶屋兼の飯屋では縁台に腰かけて飯を食っている.このことから推測するに,江戸や宿場などにあった飯屋や居酒屋は現代の飲食店に似ているだろうという思い込みが,放送作家や演出家など番組制作サイドにあったのだろう.
 これはかつての人気テレビ時代劇『鬼平犯科帳』も同じである.この動画を見ると,御丁寧に,テーブル席だけでなくカウンター席まである.w
 映画でもテレビでも時代劇というものは,鎌倉時代や江戸時代を舞台にしてはいるが,それは表層的なことであり,実は描かれているのは現代人なのだという解釈は正しいと私は思う.従って演出が時代考証的に正しいのが好ましいとは思うが,あまりそれに拘ると,時代劇そのものが成立しなくなるおそれがあり,それでは本末転倒かも知れないと思う.そもそも鬼平こと長谷川宣以が居酒屋で酒を飲むわけがないからである.w
 
 以上,既述のように,江戸時代の博徒の生活に関する史料は多くないと思われ,それ故,時代劇に出てくる親分の生活や賭場の様子は時代考証的には,あまり信用しないほうがよいだろうと,付け加えておく.

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