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2018年10月15日 (月)

渡世人の飯椀 (補遺1)

 昨日の記事の末尾を再掲する.
 
このように我が国の食文化史上,一膳飯が嫌われたという事実はない.
 しかるに武田親分は《一杯は仏様だと嫌うから作法に外れ》るという.これは武田親分の地元である群馬のローカルルールだというわけでもない.実は,いつの頃からか,一膳飯と枕飯の混同が発生したのである.

 
 人は誰でも,若い時には葬儀の際のあれこれを知らずとも,歳を重ねるに従い何度も親戚知人の葬儀に出席すると,仏教各宗派によって葬儀の仕来りが少しずつ異なることを知るようになる.
 特に浄土真宗と他の宗派との違いが大きい.
 その違いの一つに,死者あるいは棺の枕元に置く枕飯あるいは枕団子がある.枕飯や枕団子は,死者がこの世に残した未練を慰め,送り出すためのものだが,浄土真宗では,死者はただちに成仏することになっているので,これを行わないという.
 しかしこんなことは仏式で葬儀を行う際の形式的な仕来りであって,大した意味はなく,葬式仏教の僧や葬儀屋がああだこうだと言っているに過ぎない.試みに「一膳飯」をネット検索してみると,葬式関連のコンテンツばかりである.民俗学的な議論は全くみつからない.
 当たり前だが,十七世紀の京都で一膳飯屋が生まれてから現在に至るまで,一膳飯は単に「盛り切りにした一膳の飯」の意であり,それ以上のことではない.しかるに,この一膳飯に箸を立てると枕飯になるのだが,枕飯が一膳盛り切りであることから逆方向に,枕飯を一膳飯と呼ぶ誤用が発生したものと考えられる.ネットを検索調査したところでは,この誤用の伝播者は葬祭業者だろうと思われる.例えば,この匿名サイト.下に少し引用する.   

茶碗に山盛りにご飯を盛って、真ん中に箸を立てる「一膳飯」 (当ブログ筆者の註;正しくは「枕飯」) は、誰でも目にしたことがあるのではないでしょうか。
もともと一膳飯は、二膳や三膳はない、一善
(当ブログ筆者の註;正しくは膳) 限りということで、旅立って二度と戻らない相手との別れの膳で出されていた古くから (当ブログ筆者の註;何世紀から?) の習わしです。これは嫁入り (当ブログ筆者の註;正しくは一膳飯ではなく「高盛り飯」という.もちろん枕飯とは別物であり,箸を立てたりはしない) や独立の際にも行われていた作法でした。
このように、一膳飯は最後の食事という意味合いがある
(当ブログ筆者の註;出典は?) ことから、「死者のこの世での最期の食事」としてお葬式の作法に使われるようになりました。

 上記引用の説に従えば,江戸時代の一膳飯屋では,客に《死者のこの世での最期の食事 》を提供していたことになる.常連客もいただろうに何を言っておるのか.阿呆もいい加減にするがよい.

 さて葬祭業者以外で,この誤用を拡散させているブログがよく用いているのが,戦時歌謡の替歌「軍隊小唄」の一節「仏様でもあるまいに一膳飯とは情けなや」である.
 飯茶碗に飯を高く盛って箸を立てた枕飯は,死者の霊に供える枕飾りの一つであって,仏壇にお祀りされた仏様にお供えするものとは異なる.仏壇に供えるのは仏飯という.
 仏飯もおかわりはないところから,「軍隊小唄」は軍隊の一膳飯を仏飯に喩えたのだろう.すなわち「軍隊小唄」の歌詞にある一膳飯は,箸を立てた枕飯のことではない.これを誤解しているブロガーがいるので,特に書いておく.
 また,これはものの喩えであるから,常識的には仏飯を一膳飯と呼んではいけない.
 
 以上,昭和の博徒の親分は一膳飯と枕飯を混同していたが,それは親分が無知だったせいではなく,世間一般に一膳飯の誤用が広まっていたからであるということを付け加えておく.

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