ひと夏の物語
先月末の週刊文春 (8/2 号) の連載書評「私の読書日記」の担当は,歌人の種村弘氏だった.
その書評は次のように書きだされている.
《ひと夏の物語が好きだ。子供たちが、大人には見えない不思議な世界をくぐり抜ける冒険をする。そして、季節の終わりとともに、すこしだけ、けれども決定的に以前とは変わった自分に気づく。そんな物語の系譜がある。
どうしてか、その魔法の季節は夏と決まっているようだ。ひと春の物語やひと秋の物語やひと冬の物語というのは、あまり耳にしたことがない。》
この書評で取り上げられたのは,高橋源一郎『ゆっくりおやすみ、樹の下で』(朝日新聞出版),『フジコ・ヘミング14歳の夏休み絵日記』(暮しの手帳社),内田善美『星の時計のLiddell』の三冊.いずれも読んでみたいと思わされる,いい書評だった.
少年少女のための小説ではないが,《風立ちぬ、いざ生きめやも》で知られる堀辰雄『風立ちぬ』の第一章「序曲」は,夏の終わりの物語である.
《ひと冬の物語というのは、あまり耳にしたことがない 》と種村氏は書いているが,児童文学における「ひと冬の物語」としては,C・S・ルイス『ナルニア国ものがたり』の第一作『ライオンと魔女』が有名かと思う.
児童文学の範疇を離れれば,私はモネの『日傘をさす女』に夏を感じる.モネの息子にとって,この時に父モネの写生のモデルになった思い出は「ひと夏の物語」だったのではなかろうか.
余談になるが,モネ以前の画家は,家の外で下絵を描くとしても,油絵に仕上げるのはアトリエに帰ってからであったそうな.
モネは,郊外の陽光の下に画架を立て,そこで油彩の写生をした最初の画家であると書いた人がいた.それを可能にしたのは,チューブ入りの油絵具だという.それ以前は,描く時に粉末の顔料を油で練って用いたから,風の吹く屋外では描けなかったのだ.これにはなるほどと思った.
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