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2018年8月18日 (土)

親子二代で独自研究

 民放テレビの雑学番組を観ていると,画面の右下あたりに,見逃しそうな小さな字で「諸説あります」と表示されることがある.それに比べるとNHK『チコちゃんに叱られる!』では,大きな字で「諸説あります」と表示されるし,森田美由紀アナウンサーのナレーションでもきちんと断りが入るから,良心的である.
 だがしかし,明らかに間違ったことを解説しておきながら「諸説あります」はないだろう,というときもある.

 昨日の『チコちゃんに叱られる』で,「あす」と「あした」はどう違うのかという問題が出されて,意味の違いを金田一秀穂先生が解説したのだが,これが全くもって意味不明なのであった. 
 この『チコちゃんに叱られる』は,「○○なのはなんで?」などとチコちゃんに質問された出演者が答えに詰まると,チコちゃんが「ボーッと生きてんじゃねえよ!」とキメ台詞を吐いて,それから正解とその解説があるという進行である.下の画像は,「あす」と「あした」はどう違うのかという問題の答えとして示されたものである.

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 これだけでは何のことやらよくわからぬので,杏林大学教授の金田一秀穂先生が解説をするわけである.

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 いつものことだが,この稿で使用する画像は,録画データを加工したものではなく,引用に供するためにテレビ画面をカメラ撮影し,そのデータをトリミングしたものである.

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20180818d

 この例文の「現代語訳」がそもそもだめだ.現代語どころか日本語になっていない.w
 右側の「原文」の「あす」は「今日の次の日」の意である.左側「現代語訳」のように,ただ単に「次の日」としたのでは,いつのことやらわからぬ.日本語では「次の日」という場合は,「天皇誕生日の次の日」とか「運動会の次の日」のように「○○の次の日」と明示する.単に「次の日」とするのは,文脈から推測して「○○」を省略しても構わぬ場合に限る.
 この例文は,枕草子第百二十九段から引いたものと考えられるが,だとすればここの「あす」は現代語の「あす」と同じ意味である.従って現代語訳は「あすは宮中が物忌で外出を控えねばならない (殿上の間に詰めていなければいけない) から」となる.高校の古文の試験で上の秀穂先生の「現代語訳」のように「次の日は」云々と書いたら点はもらえない.

20180818f
 
「あす」の語義は二つある.一つは「今日の次の日」で,もう一つは「近い将来」である.上の左側の例文は「今日の次の日全体」のつもりだろうが,上に述べたように,単に「次の日」では意味をなさない.単に「次の日」としていいのは,文脈から意味が推測できる場合に限る.左の「あす」は文脈から切り出した単語であるから,「今日の次の日全体」と書かねばならない.もう一つ,「近い将来」の意味では,例えば「あすは我が身」「あすの日本」などという.この語義もあるということは,ナレーションなら数秒で済むはずだが,秀穂先生は,この語義に触れなかった.理由がわからない.
 右側の「あした⇒次の日の朝」は秀穂先生の独断である.昔から現在に至るまで,「あした」の基本的な意味は「夜があけて暫くのあいだ」である.誰でも知っている現代文の用例には「あした浜辺をさまよえば」(浜辺の歌) がある.もっと古い用例は論語があり,原文「子曰朝聞道夕死可矣」を漢文訓読すれば「朝 (あした) に道を聞かば夕べに死すとも可なり」である.すなわち「あした」は「朝」である.「次の日の朝」ではない.繰り返すが「○○の次の日の朝」なら「あした」の意味としては間違っているが,日本語ではある.しかし「次の日の朝」は意味不明だ.
 さて,いつしか「あした」から転じて「今日の次の日全体」を指す語義が生じた.その理由を秀穂先生は次のように,唐突に時計を持ち出して説明した.
 
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 この場面で秀穂先生は「昔は一日は朝と夕しかなかったのだが,みんなが時計を使うようになったから,『あした』から『朝』の意味がなくなり,『あした』は次の日全体を意味するようになった」と言うのだが,全くもって非論理的である.「あした」の語義と時計の普及の間にどのような関係があるのか.論理的にも歴史的にも日本語としても破綻している.先生が何を言っているか理解できる人がいたら手をあげて欲しい.
 
20180818h

 秀穂先生の御父上 の金田一春彦先生も,とんでもない間違いを言ったり書いたりして,碩学高島俊男先生に指摘されることが多かったが,独自研究 (Wikipedia から発生した言葉で,珍説を婉曲にこういう) は親子二代にわたって受け継がれるものであるらしい.w

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