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2018年7月23日 (月)

極端から極端へ

 昨年の話であるが,朝日新聞に《「捨てないパン屋」の挑戦 休みも増え売り上げもキープ 》と題した記事が掲載された.(掲載日付 2017年3月22日12時53分)
 これは有料会員限定記事なので料金を払わないと冒頭部分しか読めないが,実は他のメディアに,この記事をパクッた記事があったことをあとで知った.
 ニッポン放送の『上柳昌彦 あさぼらけ』で放送された《業界の常識を打ち破る!『捨てないパン屋』を営む夫婦 「あけの語りびと」(朗読公開) 2017/04/26 06:00 》がそれである.
 朝日新聞がニッポン放送に文句をつけたかどうか知らないが,それはともかく,記事あるいは放送は,広島市の田村陽至さんと奥さんの芙美さんが二人でやっている小さなパン店『ドリアン』が業界で大きな注目を浴びているという話である.
『ドリアン』が注目をされているのは,ここ二年余りパンを一個も捨てていないからである.それを番組は次のように放送した.
 
暗いうちから早起きをして、精魂込めて焼いたパンも、売れ残れば廃棄するしかありません。けれども、作り方と売り方と働き方を変えることによって、『ドリアン』は、パン業界の常識を打ち破り、捨てないパン屋に生まれ変わってしまったのです。
 
『ドリアン』が現在どのような経営をしているかは,『ドリアン』の公式サイトに書かれていることと,ニッポン放送の記事を読んで頂きたい.
 さてニッポン放送『あさぼらけ』の番組紹介記事 (と朝日新聞の有料記事) は,『ドリアン』が「捨てないパン屋」であることを手放しで賞賛しているのだが,本当にそうか.
『ドリアン』は,菓子パンや総菜パンの製造販売をやめて,有機栽培の小麦粉とサワードウを用いて作る酸味の強いパンのみを製造している.日本のパンのマーケットでは非常にニッチな分野である.
 これは『ドリアン』の経営者自らが書いていることだが,このやり方はコストが著しく高いから,売れ残りを「捨て」ていたのでは経営が成り立たない.
 つまり『ドリアン』がパンを「捨てない」のは,売れる以上には作らずに利益を出そうとしたことの結果であって,目的ではない.そのところを『あさぼらけ』は誤解している.
 そもそも有機栽培の小麦粉は高価であるため,日本では富裕層が口にできる特殊な食料である.また全地球的規模で食糧問題を考えた場合,有機栽培は生産性が低く,問題の解決に役立つ農法ではない.
 さらに,酸味の強い伝統的な製法のパンを好む人は,日本ではごく少数派である.従って,現在,通販をしている他のパン屋が『ドリアン』と全く同じやり方で,この非常にニッチなマーケットに参入してきたら,『ドリアン』は小さなパイを奪い合う厳しい競争にさらされることになる.そうなれば,どっちのパンがおいしいか,という競争原理が働くようになるからである.
 
 記事によれば,『ドリアン』の現在の経営者は,親から店を継承した当時,以下のような状況だった.
 
田村陽至さんは40歳の三代目。実家の店を継いだのは、12年前でした。
張り切っていた田村さんは、店をリニューアル。
手作りの具にこだわった総菜パンや菓子パンをそろえ、流行りの天然酵母のパンも始めました。
店に並べた商品は40種類。田村さんは、夜の10時から翌日の夕方まで眠る間もなく働きづめだったといいます。
この努力の甲斐あって、評判の人気店にはなったものの、楽ではなかった経営。
何よりも辛かったのは、店の閉店後、廃棄処分にするパンの多さでした。
25リットル入りの袋がふくらんで行くのを見るたびに思ったそうです。
こんなに働いてるのに、なぜダメなんだ?

 
 記事によると《店に並べた商品は40種類》というから,これは大手のベーカリー,例えば関東ではポンパドウルリトルマーメイドなどが店頭に並べている商品数に匹敵あるいは上回る.
 これは夫婦二人がアルバイトを使ってやっている街中の小規模なパン屋としては異常な多品種,品揃えである.
 消費期限が厳しい総菜パンや菓子パンでこんなことをすれば必然的にロスが増える.固定客数があまり増えないという条件下でどんどん品数を増やすことは,そのままロスの増加をもたらす.
 すなわち,売れる以上に生産すれば,ロスになる.
 この製造業の基本的なことを理解できずに《こんなに働いてるのに、なぜダメなんだ?》とは,何を言っておるのかと呆れざるを得ない.(『ドリアン』の経営者が実際にそう言ったかどうか,『あさぼらけ』が勝手にそう書いたかは不明だが)
 行き詰った『ドリアン』の経営者は極端から極端に方向を転じ,菓子パンと惣菜パンをやめて,富裕層向けのパンというニッチマーケットに参入したのである.
 有機小麦粉とサワードウを用いる『ドリアン』の現在の成功は,その商売がニッチマーケットであることによって支えられている.これを,朝日新聞の記事が書いているように環境問題的サステナビリティと結びつけるのは無理がある.実は朝日新聞は『ドリアン』を複数回取り上げて記事にしている.よほど「捨てないパン屋」というコンセプトが気に入ったとみえる.
 
 五種類とか十種類とかの惣菜パンをメインに,種類は少なくてもおいしいと評判を取ってきちんと安定した経営をしている「捨てない」パン屋は,あちこちの街にあるだろう.
 かつて鎌倉山の住宅街にあった伝説的なパン屋「ボンジュール」は,予約販売の食パンがおいしいので湘南一帯で大評判であったが,それは有機小麦粉もサワードウも使わない,普通の手頃な値段のパンであった.そして昼過ぎには食パンはもちろん,その他のフランスパン類も売り切れた.「ボンジュール」は売れる以上には作らなかったから,「捨て」ることはなかったのである.
 普通の暮らしをしている人々向けではないパンを売る『ドリアン』の成功を手放しで賞賛することは,かつての「ボンジュール」ような,私たちに親しい普通の街のパン屋さんはダメだと批判するに等しいと私は考える.
 
[追記]
『あさぼらけ』の記事中に次の文章がある.
 
輸入小麦に比べて、価格は4倍ほどもしましたが、具材を無くして原価を抑えました
具材が無いことで、日持ちが2週間も延びました。
》 (下線は当ブログ筆者が付した)
 
 (1) 『ドリアン』は菓子パンと惣菜パンの製造そのものをやめたのである.《具材を無くして原価を抑え》たのではない.もしかするとこの文章を書いた人間は,『ドリアン』にインタビューをしていないのではないかと疑われる.
 (2) サワードウで醗酵させると焼きあがったパンは乳酸のために酸性になるのでカビが生えにくくなり,イーストを使用したパンに比べて一般的に室温での日持ちが向上する.具材がないからではない.

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