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2018年7月13日 (金)

弱い者が正しいとは限らぬ

 今日,ジムで一時間ほどトレーニングしたあと,藤沢駅北口のバスターミナルで自宅方面行のバスを待った.
 十五分ほど待っているとバスがやって来たので,並んで待っていた三十人ほどの人たちはぞろぞろとバスに乗車した.
 そのバスがどのような車両かは,神奈川中央交通の「路線バス」案内サイトに説明があるが,その中の《お客様へのご案内 車いすをご利用のお客様へ》に,車いす利用者が乗車する際に車いすを停める位置 (シート二席分) が写真で示されている.私はその二つのシートの前の方に腰かけた.
 さてバスの発車時刻になり,運転士が「発車します」と車内アナウンスをして中ドアを閉めようとした時,中ドアの外で,大きな声が響き渡った.
「乗せろーっ,運転手ーっ」
 
 見ると,そこに車いすに乗った男性の障碍者がいた.
 あっ,車いすの人だ,と思った私は,慌てて立ち上がった.私がいた席は車いすを固定するための特別なシートだからである.同様に私の後ろのシートにいた人も立ち上がった.
 運転手は前ドアから降りて,その障碍者を乗車させるべく,車いすに近寄った.そこまでは,どうということはない日常風景であったのだが,そこから妙なことが始まった.障碍者が運転手にカラみ始めたのである.
 
「あーっ,おい,このやろうっ.オレを乗せねえってのか」
「申し訳ありません.気が付きませんでした」
「いいよいいよ,置いて行こうってんだな,このやろうっ,発車してえなら発車しろよ,このやろう」
 それからその障碍者は少しの間,バス運転手を罵倒し続けた.運転手は,済みません済みませんと謝り続け,私たち乗客はその光景をずっと見続けるはめになった.
 悪態をつき終わるとその障碍者は,今度は「早く乗せろこのやろうっ」と言った.
 運転手が中ドアに車いす用のスロープをセットすると,その障碍者の電動車いすは,ようやくバスに乗り込んだ.
 だが,意図的なのか車いすの運転に不慣れなのか,男は車いすを乗せる場合の指定位置にうまく停められず,電動車いすはバスの真ん中で斜めになってしまった.
 運転手が車いすの向きを進行方向に直して,ベルトで固定しようとしたのだが,男は運転手の手を払いのけ,
「さわるなっ,これでいいんだよっ.お前,名前はなんだ.会社に通報するからなっ,覚えておけ」
と言い放った.
 やむなく気の毒な運転手は運転席に戻って発車し,その暴君のごとき障碍者はスマホを取り出して声高に通話を始めた.
 
 こんなことがあったのだが,私は自宅最寄りのバス停に着くまで,車いすの近くの吊革につかまったまま,ずっと不快な思いをしていた.
 考えてみれば私たちは誰でも,車いすの世話にならなければいけない可能性がある.
 言い換えれば,どんなロクデナシでもゴロツキでも身体障碍者になり得る.
 だから,「弱い者が正しいとは限らぬ」とは眠狂四郎の台詞だが,社会的弱者が正しいとは限らない.善き心の持ち主であるとは限らない.
 言うまでもなく身体障碍者等はバスに乗って移動する当然の権利を有し,さらにはバス会社によっては割引運賃で乗ることができる (神奈川中央交通のバスは割引している).
 割引運賃は社会的弱者への社会 (直接的には国とバス会社) からのプレゼントである.しかしその優待を受けた者が,感謝の気持ちどころか言葉の暴力をふるうのを認めていいのか.バスは,障碍者であれば,いかなるロクデナシでも乗車拒否できない (国がそのようにバス会社を指導している) が,だからと言って障碍者は運転手を罵倒しても許されるのか.運転手はそれを甘受しなければならぬのか.私は納得できない.

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