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2018年6月15日 (金)

初めての台湾 (六)

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* 前回の記事《初めての台湾 (五)
 
 前回の記事の終わりに《そうこうしているうちに腹が減ってきた.添乗員Sさんが,昼食は台北でも人気のレストランに案内してくれるという》と書いたが,手帳を見たら,国立故宮博物院見学のあと,昼飯の前に国民革命忠烈祠に行ったのだった.かなり前の旅行なので記憶が曖昧になっている.手帳にメモしたことを確かめながら旅行記を書かねば.
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 で,その国民革命忠烈祠は,辛亥革命から日中戦争に至るまでの,戦没した英霊を祀る祠なのであるが,衛兵交代のセレモニーが有名になって観光スポット化している.
 現地ガイドのRさんは,その衛兵交代セレモニーを解説しながら,衛兵たちを「イケメンです!」「カッコイイ!」「エリート!」を連発したが,衛兵たちは日本語でいうところの「イケメン」というより,「凛々しい」という表現が適切かと思われた.
 
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 なにしろ Wikipedia【国民革命忠烈祠】によれば,かれら儀仗兵は《儀杖兵の資格だが、高卒以上で犯歴がなく、身長175cm - 195cm、体重65kg±1kgが条件で、その上に厳しい訓練が課せられ、それを成し得た者のみが儀仗兵になれる》とあるのだ.
 
 私たちが見物したときの儀仗兵のみなさんは,身長180cmほどと見受けられたが,それで《体重65kg±1kg 》は非常にスリムな体格である.正装の軍服を着用してなおスリムに見える体格の兵士を選抜しているのだろう.
 台湾では,一般の青年たちは四ヶ月の軍事教練を受けることになっていて,教練終了後は民間に戻るわけだが,その教練期間中に儀仗兵に選抜されるのだろうか.それとも志願兵の中から選抜されるのだろうか.そして,儀仗兵は軍の中で昇進の途が開けているのだろうか.詳しいことはガイドさんに訊き損ねた.
 
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 ちなみにこの儀仗兵は,担当する軍が半年ごとに変わり,軍服が陸軍は深緑,海軍は夏の場合は白で冬は黒,空軍は青だという.私たちが見学したときは海軍の冬服であった.
 余談だが,軍服の色ってのは,およそ世界的に共通の傾向があるようで,陸軍はいわゆるアーミーグリーンまたはグリーン系のカーキが多いような気がするのだが,どうだろうか.
 
 さてツァー二日目の昼食は,小籠包がおいしいことで有名な人気の繁盛店,鼎泰豐 (ディンタイフォン;Wikipedia【小籠包】にも紹介されている店) の本店だ.
 この店は公式サイトに書かれているように,日本にも支店を出していて,新宿,汐留,日本橋,玉川にあるというが,私はいずれにも行ったことがない.しかしツアー一行の女性たちの多くは日本の支店を既に御承知のようで,「台湾の本店に来てみたかったのよねー」と言っていた.
 一般には小籠包は上海が発祥の地だとされている.Wikipedia には,
 
上海旧市街の豫園商城内にある「南翔饅頭店」が本家を名乗っているが、上海近郊以外にも台湾と香港などの中華圏で広く食べられている一般的な料理である。台湾の台北市には観光客に人気のある鼎泰豊の本店があり、現在では上海にも出店している。観光客は前述のような有名かつ比較的高級な店に集中しがちであるが、台湾では特別な料理ではなく街中の定食屋で安価に提供される庶民の味である。
 
とあるが,私は若い頃に「南翔饅頭店」へ行ったことがある.まだ小籠包が今ほど普通の食べ物でなかった時代だった.
 ある日本の商社が,中国製の小籠包やその他の点心の冷凍品を日本に輸入して販売しようとしていて,その関係で上海にある冷凍食品製造会社の工場を視察に行ったのだ.
 工場視察のあと,商社の人が豫園商城内の「南翔饅頭店」に連れて行ってくれて,私はそこで初めて小籠包を食べたのだった.
 結局そのその商談は成立しなかったのだが,今は懐かしい思い出である.
 
 さて鼎泰豐での私たちの会食は点心のコースであった.鼎泰豐は日本人観光客絶賛のお店だけのことはあって,どの蒸籠の点心も,とてもおいしかった.
 ただ,海老焼売が運ばれてきて,みんなが「わーおいしそー」と喜んだとき,ツアーメンバーの一人Aが (三十代の女性) 「私の分は誰かどうぞ食べてください.私,甲殻類はだめなんです」と言った.
 これに対して他の人が「アレルギーですか?」と訊いたら,Aは「いいえ,アレルギーじゃなくて,エビとかカニとか,ああいう気持ち悪いのって食べられないんです」と答えた.
 これに私はカチンときた.他の人がおいしいって言ってるものを,「気持ち悪い」というのはいかがなものか.きらいなものは,嘘でも「アレルギーなんです」と言うのがマナーというものだろうに.
 出発前に添乗員のSさんが「ツアーは,食事のときにトラブルになることがあります」と言ったのは,こういう女のことだったのかと腑に落ちた.
 
 食事が済んだあとは,鼎泰豐本店のある地区一帯で,日本人観光客の多い「永康街」を散策する自由時間だった.永康街は,雑貨屋や靴屋,ブティックなどの商店や,かき氷屋などがあって,ぶらぶら歩くと楽しい街である.個人旅行でくる機会があれば,時間無制限で街歩きしてみたいものだ.
 
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(おなじみ天仁茗茶の店)

 短い自由時間が終わって,一行は地下鉄 (台北捷運;呼称はMRT=Mass Rapid Transit) 東門駅の入口階段前に再集合した.ここから地下鉄体験というイベントなのである.いずれ皆さん個人旅行に来るだろうから,台北市内を移動するのに便利な地下鉄の使い方を覚えてくださいね,という企画だ.
 一行は永康街の東門駅に入り,一人ずつ自販機で片道切符を買って乗り,一駅隣の中正紀念堂駅で下車した.
 中正紀念堂蒋介石の顕彰施設である.日本ではあまり知られていないと思うが,蒋介石の本名は蒋中正なのである.
 中正紀念堂は,広大な敷地に設けられた公園広場の入口に立ち,蒋介石の座像が収められた本堂を遠くに望むと,左右に国家戯劇院と国家音楽庁が建てられていて,堂々たる構えである.
 
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(中正紀念堂正門.自由広場と書かれている)
 
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(本堂遠景)
 
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(蒋介石座像;背後の壁には,蒋介石の政治理念である「倫理・民主・科学」が掲げられている.これは蒋介石の筆跡である)
 
 中正紀念堂からまた団体バスに乗り,次は九份へ向かう.
(初めての台湾 (七) へ続く)

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