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2018年5月 2日 (水)

大臣のテーラー

 私の早朝ウォーキングコースは,自宅から江ノ島までである.
 江ノ島からの復路を,藤沢駅の方向に歩いて行くと左側にデニーズがある.朝六時過ぎにここで朝食を摂るのがいつものパターンである.
 ドアを開けて中に入ると,ウェイトレスさんが「いつものでいい?」と訊くから,私は頷いて,いつもの席に着く.
 いつもの朝食とは,サニーサイドアップ二つにソーセージとベーコンと付け合わせのサラダが載ったワンプレート,石窯ブールパン (これはそこら辺のパン屋のブールよりおいしい;ファミレスとは思えない),それにドリンクバーである.これを飽きもせず食べ続けている.卵とソーセージとカリカリのベーコン,それにサラダとパンとコーヒーを,英国人は十八世紀頃から延々と毎朝食べ続けてきた.それに比べれば私なんかまだ新参者だ.
 
 さてデニーズで先日の朝,私のテーブルの隣に,男女の二人連れがやってきた.
 男は私と同年配で,女性は五十代だろうか,もう少し若い感じであった.
 彼らの会話が聞くともなく耳に届くのだが,服装の話をしている.
 女性が言うには,最近,ブルックスブラザーズの通販で服を買ったとのこと.ブルックスブラザーズなら失敗 (着てみたら似合わなかったということだろう) しても大したことはないからだという.私は女性服に疎いので,あとでブルックスブラザーズのサイトを覗いてみたら,確かにお手頃な値段の服が並んでいた.
 それに対して男が言うには,彼のスーツは英国屋で仕立てたものばかりで,以前かなりの収入があったときに作っておいたのだという.
 その朝の彼はジャケパン・スタイルだったが,「このジャケットも英国屋だよ.もう何度も,傷んだら修理して着ているんだ.服は一生ものだからね」と言った.
 女性は彼の意見に一応は同意したが,「でもね」と続けて,女の服は,はやりすたりがあるから,高いのはコスパが悪いのよ,と言った.
 
 男の意見は至極もっともだと私も思う.しかし私は若いときから服装に関心がなかったので,いつも吊るしの五万円くらいのビジネススーツを着つぶして済ませてきた.そしてもうスーツを着なくなった今になって振り返ると,私にはそれで充分だったと思う.
 
 最近,麻生大臣のスーツが三十五万円だとテレビの娯楽番組で話題になった.これを取り上げたメディアが麻生大臣のテーラーにインタビューしたところ,大臣はシーズンごとに来店して数着をオーダーするのだそうである.
 通常は,良い生地のフルオーダースーツは最低でも五十万はするから,麻生大臣が青年時代から服を仕立ててきたというそのテーラーは,もはや商売抜きにスーツの世話をしているのだろう.
 それにしてもフルオーダースーツが一着三十五万円は安い.安いけれど,麻生大臣クラスの人物になると,数回袖を通したら周囲の者にお下げ渡しになられるのではないか.「服は一生もの」だとはしていないところが,大臣と私の意外な共通点である.おい.
 
 私は定年退職したとき,安物のビジネススーツを全部捨てた.夏用と冬用のブラックフォーマルだけは残したが,結婚披露宴にはもう行かないから葬式専用である.
 だがしかし,最近になって思ったのだが,葬式の前に病院があるじゃないかと.
 瀕死の知人の枕元に駆け付けるのに,ジーンズと秋葉系ネルシャツはちょっとまずいんじゃないか.
 というわけで臨終見舞い用のダークスーツを買おうと思うのだが,そういう義理のある知人はそれほどいない.従ってあと数回袖を通すだけだろうから,高いものは要らない.洋服の青山にしようかユニクロオンラインにしようか迷っている.こらこら.
 
 ちなみに,下半身が緩すぎて人間のクズだと蔑まれている島耕作のスーツは百万円らしい.漫画とはいえ絵空事は描けないだろうから,たぶん作者の弘兼憲史がそのクラスのスーツを着ているのだろう.麻生大臣のスーツの三倍だ.
 で,弘兼の考えによれば,人間のクズでも百万円のスーツを着ればなんとかなるということだ.なるほどね.あ,クズは島耕作のことね.弘兼憲史じゃなくて.(*註)

(*) 人間のクズをヒーローとして描いて恥じない団塊世代の弘兼憲史は,若い人たちから団塊世代が「食い逃げ世代」と揶揄される原因の一つであったと私は考えている.

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