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2018年5月22日 (火)

『母子草』ノート (4)

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 国会図書館サーチを用いて,キーワード「母子草」で検索をかけた結果を『母子草』ノート (2) に示した.
 その中に以下の資料があったのを再掲する.
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【ジャンル:内容未確認につき未分類】
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作品名      母子草
書籍名     『母子草』
著者       田郷虎雄 著,辰巳まさ江 絵
出版社      偕成社
発行年      1949年
所在等特記事項  現在,古書注文中.
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作品名      母子草
書籍名     『母子草』
著者       田郷虎雄
出版社      偕成社
発行年      1953年
所在等特記事項  都立多摩図書館蔵書.
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【ジャンル:少女小説 (母子草の名称由来とは無関係)】
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作品名      母子草
書籍名     『母子草』
著者       春名誠一 著,高木清 挿絵
出版社      偕成社
発行年      1956年
所在等特記事項  国立国会図書館蔵書.
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作品名      母子草
書籍名     『母子草』
著者       田郷虎彦
出版社      偕成社
発行年      1948年
所在等特記事項  国立国会図書館オンラインサービス.「昭和館」所蔵の紙芝居「母子草」の原作である可能性あり.
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 【ジャンル:内容未確認につき未分類】の二件のうち,上欄の,著者が田郷虎雄で挿絵が辰巳まさ江の書籍 (1949年発行) は,国会図書館オンラインサービスで複写が取り寄せ可能であるが,コピー費と大差ない金額で古書が売りに出ていたので,それを買うことにした.
 二番目のもの (1953年発行;都立多摩図書館蔵書) は,書誌事項に著者は田郷虎雄であるとだけ記されていて挿絵画家名がない.挿絵のない版があるのかもしれないが,テキストとしては上欄の本と同じであると判断し,上欄の古書を購入して読むことにより,下欄の書籍を閲覧して内容確認することに代えた.
 この資料の所蔵館である都立多摩図書館は,児童書を豊富に所蔵しているが,児童書のデータベース的立場の図書館であるらしく,利用は館内閲覧のみで貸出はしていないため,遠隔地の者は利用しにくいからである.
 
 次に,【ジャンル:少女小説 (母子草の名称由来とは無関係)】に挙げた二件のうち上欄の《春名誠一 著,高木清 挿絵》は,奇跡的であると私は感動したのだが,一昨年にこれを読んだ人がいてネット上に読書感想が掲載されていた.
 いやもう何がひとの役に立つかわかったものでない.なんでもかんでも書いておけば,この私のブログだって誰かの調査の資料になるかも知れないと,心強く思ったことである.

 で,その記事に書かれている粗筋は,母娘生き別れの悲しい少女小説である.w
 母娘生き別れのお話は,私は既に昭和館の紙芝居を知っている.
 しかし春名誠一著『母子草』の設定は,上記の読書感想文によると

航空宣伝会社で飛行機乗りの父が墜落死。社長宅でしばらく厄介になることになった少女は、同い年の当家の娘の再三の追い出し工作を被る。上京してくるはずの母は途中で体調を崩し、合流できなくなる。また、少女の実母があらわれ彼女を探していることがわかり、あちこちで葛藤が生まれる。
 
とあり,昭和感あふれる昭和館の紙芝居とかなり異なる.
 昭和館の紙芝居は,戦争未亡人が生まれたばかりの一人娘を女中に託し,再婚して幸せになってしまうという無責任にして悲しい物語なのである.w
 
 従って,少女小説ジャンルの二件目,田郷虎彦著の『母子草』(偕成社,1948年) が,もしかしたら昭和館の紙芝居の原作かも知れないと考えられた.
 だがしかし,ここで問題となるのは,この『母子草』の著者の名が「田郷虎彦」であることだ.
 つまり【ジャンル:内容未確認につき未分類】の二件目,
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作品名      母子草
書籍名     『母子草』
著者       田郷虎雄
出版社      偕成社
発行年      1953年
所在等特記事項  都立多摩図書館蔵書.
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の著者である田郷虎雄と,一字違いでよく似ているのだ.
 ややこしいが,田郷虎彦の『母子草』に関する国会図書館サーチのアウトプットは以下のスクリーンショット画像の通りである.
 
 1b
 
 書誌事項の部分を拡大すると以下の通り.
 
1c  
 
 この拡大部分に《プランゲ文庫整理番号:481-3 (読み物) 検閲書類枚数:1 原資料所蔵機関:メリーランド大学 》とある.
 プランゲ文庫とは何か.Wikipedia【プランゲ文庫】から引用する.
 
ゴードン・W・プランゲ文庫(ゴードン・W・プランゲぶんこ、英称:Gordon W. Prange Collection)は、第二次世界大戦後1945年から1949年までに日本で出版された印刷物のほとんどを所蔵する特殊コレクション(英語版)である。
 
プランゲ文庫は、連合国軍占領下の日本で民間検閲支隊(CCD)によって検閲目的で集められた出版物で構成される。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)の参謀第二部(G2)で戦史室長を務めていたゴードン・ウィリアム・プランゲが、民間検閲支隊の解体後、これらの出版物をアメリカ合衆国・メリーランド大学に移送した。資料群は1950年にメリーランド大学に到着し、1978年にゴードン・W・プランゲ文庫と命名された。
 
 上の引用に示したように,プランゲ文庫とは,先の敗戦後の四年間に日本で出版された印刷物のほとんどを,検閲のために集めたコレクションである.
 そしてこのコレクションが米国メリーランド大学に移送されたのは,私が生まれた昭和二十五年 (1950年) なのである.
 この昭和の出来事になんとなく心惹かれるものがあって,プランゲ文庫の田郷虎彦『母子草』を探してみた結果が,これである.
 この資料には田郷虎彦『母子草』の表紙画像が掲載されていて,その画像の引用に関して次のように書かれている.
 
この画像の原本は著作権によって保護されています。アメリカ合衆国著作権法 (タイトル17、107条)に則り、学術的目的、研究、批評、解説、教育といった 公正な理由(フェア・ユース)の範囲内で個人的使用の目的のためだけにこの画 像を複製することができます。複製が合衆国著作権法に合致するものであるか どうかの判断と使用違反の責任は、複製を行う利用者に委ねられます。合衆国外 での複製に関しては、当該国の著作権法が適用され複製の妥当性と違反責任は複 製を行う利用者に委ねられます。
 
 この田郷虎彦『母子草』の表紙画像を,私自身が購入した田郷虎雄『母子草』の表紙と比較するという公正な理由により,以下に複製引用する.
 
Photo  
 
 次に私の手元にある田郷虎雄『母子草』の表紙をスキャナーで画像にして以下に掲載する.これは上に掲載したプランゲ文庫の画像と比較検討するためであるから,正当な引用である.
 
Photo_2
 
 両者は同じものである.
 すなわち,プランゲ文庫に収められた『母子草』の書誌事項に,著者は田郷虎彦であると記されているのは誤りで,正しくは田郷虎雄である.
 終戦後の少女小説に関する資料を調査している方がおられた場合のために,このしょーもない事実を記しておく.
 
 さて【ジャンル:少女小説 (母子草の名称由来とは無関係)】欄に書いたように,田郷虎彦 (正しくは虎雄であるが) の『母子草』は,昭和館所蔵の紙芝居『母子草』の原作ではないかと私は推定していた.
 それを確認するために,古書を入手したばかりの田郷虎雄『母子草』を読んでみた.
 物語の最初のところで,疎開先から東京に戻って,母と二人でアパートで暮らすようになった女学生の木崎南海子 (なみこ) がある朝,登校する場面がある. (安達明のヒット曲「女学生」では,女学生とは JK 女子高校生のことであるが,この少女小説『母子草』では女子中学生を指している)
 登校のときに南海子は同級生の江羽陽子と親しくなり,前を歩いている一人の男子上級生について会話する.
 
「ねえ、木崎さん、あなた、お好き、あゝいう人?」
 「ええ。」と、南海子は、正直にコックリをした。そして聞いた。
 「あなたは?」
 「私もよ。でもね、私が一ばん好きなのは……。」
 陽子は、そこまで言つて、くすツと茶目ツ子のように笑った。そして、あとは早口で、
 「木崎さん、あなたよ、あなたよ!」
 というが早いか、トンと南海子の肩をたゝいて、陽子は、ツバメのように駆けだして行つた。
 「まあ……。」と思わず顔を赤らめながらも、南海子もすぐに陽子のあとを追つた。
 「待つてよ、江羽さん、私もよ、私もよ!」
 校庭の若葉ようやく伸びようとする朝……。

 
 知り合ったばかりの少女二人が,唐突に「好きよ」「私もよ」と告白し合う怒涛の展開に,私は全身から脱力して椅子から転げ落ちたが,それはともかく,ここまでの記述で,田郷虎雄『母子草』は,昭和館所蔵の紙芝居『母子草』の原作ではないことが判明した.
 終戦後の紙芝居に関する資料を調査している方がおられた場合のために,このしょーもない事実を記しておく.

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