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2018年4月26日 (木)

母子草 (六)

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 前回記事《母子草 (五) 》の末尾を再掲する.
それはともかく,あちこち回り道したが,ようやく私は中島千恵子著・田辺満里子絵の『母子草』を読むことができた.
 
 私がこの連載で「母子草の物語」と呼んでいる民話はまだ調査を継続中であるが,これまでに判明したのは,この民話には三つのバージョンというか変化形があることだ.
 この三変化形のうち,私が最初にテキスト全文を入手したのは中島千恵子氏が再話したものである.
 三つの変化形を比較して論じるのは少し先に送り,まず中島氏による再話から紹介して行く.
 
 昨日の記事には書いていないが,「国会図書館サーチ」を用いて全国の公共図書館蔵書を検索した時の検索語は「母子草」と「中島千恵子」であった.
 以下,大変にややこしいが,紛れのないように必要な書誌事項を記し,書籍名と民話名,再話名を区別して書く.
 さて,「国会図書館サーチ」で検索すると,書籍名『母子草 滋賀の伝説シリーズ 3』(中島千恵子著,田辺満里子絵;京都新聞社刊,1992年2月20日) の他に,書籍名『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』(編集 滋賀県児童図書研究会 代表中島千恵子;サンブライト出版刊,〈出版社のミスであろうか,奥付から出版日付が脱落している.別途調査したところ発行年は1979年であったが月日は不明である〉) もヒットし,この『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』の中にも書籍名『母子草』と同じ民話『母子草』が収録されているようであった.
『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』は古書が安価に出品されていたので,書籍名『母子草』中の民話『母子草』と書籍名『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』中の民話『母子草』が全く同じかどうか検討のために購入してみた.
 結果的には比較するまでもなかった.両民話とも中島千恵子氏による再話であるが,書籍名『母子草』は絵本であり,ルビ付きの漢字は使われているものの,たぶん対象年齢は幼稚園児だろう.これに対して『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』は小学校低学年向の民話集である.
 著者は同じであるから基本的な筋書は全く同一であるが,書籍名『母子草』中の再話『母子草』は,書籍名『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』中の再話『母子草』よりも,登場人物の会話がやや共通語寄りになっている.(私は不案内であるが,滋賀県の方言である近江弁は京言葉や大阪弁に近いという)
 
 書籍名『母子草』の巻末に中島氏による「解説」が記載されている.以下に一部を抜粋引用する.
 
《▼「母子草」(大津市堅田町ほか)
 ハハコグサは、きく科の植物で春の七草の一つゴギョウで、春から夏にかけて黄色い球状の花を多数咲かせます。
 湖国では、亡くなった母の涙がこの草になったという言い伝えがあります。不幸な母と娘を竹生島の妙音天女様が守っていた――というのも湖国らしい伝承です。このお話は、堅田町の故横山千代さんや湖北の故田中敏郎さんから聞きました。
 
 この文章はきちんと伝承地方と原話者を記しており (再話者はもちろん中島氏自身である),いかにも研究者らしい立派な解説であると思う.原話者が明記してあることからして,私見であるが,中島氏による再話が民話『母子草』の原形であろう.(残りの変化形は原話者があきらかでない;後述)
 
 書籍名『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』の「あとがき」からも一部を抜粋する.
 
いまは、よほど僻地へ行かなければ、昔話にめぐりあえないほど、語ってくれるお年寄りが少なくなってきました。そして、話してくださったなかには、この本を出すまでに、この世を去っていかれた方も、何人かありました。
 このままでは、語られることもなく消えてしまうのではないかと思うと、私たちは、みなさんに伝えておきたいという願いをもつようになりました。それで、埋もれていたお話を掘り起こし、よく知られているお話もおりまぜて、まとめてみたのがこの本です。
 さて、近江には、びわ湖にまつわるものとして、「ムカデ退治」「母子草」「湖のサギ」「山梨村の風の音」があり、これらは近江でなければ語られない特有のお話です
 
取材にあたりましては、田中敏郎さん始め、多くの方たちにお世話になりました。ほんとうにありがとうございました。
 なにぶんにも、執筆者は、しろうとばかりですが、原話を大切にして、心をこめて再話いたしました。
 
 この「あとがき」のあとに,原話者および協力者二十七人が挙げられており,再話者二十一人 (中島千恵子氏の研究グループ) の氏名が列記されている.
 以上の二冊からわかることは,以下の通り.
(1) 書籍名『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』の出版時点では,近江のハハコグサにまつわる民話の伝承者は湖北 (当時は東浅井郡虎姫町,後に長浜市に編入された) の田中敏郎氏であった.
(2) 書籍名『母子草』の出版までに原話者として田中敏郎氏の他に湖南 (大津市堅田町) の横山千代氏が加わったが,この書籍の出版時点では,両氏とも故人となっておられた.
(3) 湖北と湖南に伝わる民話であることが物語の筋書からもわかる.(後述)
(4) 故中島千恵子氏が遺したその他の重要なキーワードは「竹生島の妙音天女」である.
(5) 母子草の名にまつわる民話は滋賀県特有であり,他県に類話がない.(後述)
(6) 中島千恵子氏はこの民話の再話にあたって創作を加えていない.
 
(続く)

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コメント

こんばんは。
すごく近づきましたね。
竹生島の妙音天女、すごくすごく重要なキーワードに感じます。万作さんの高い能力に感心するばかりです。
私の方は地元の紙芝居グループのメンバーに連絡を取らせていただき、5月の例会で知っている人を探して下さるとご連絡頂いたところでストップしております。あまり期待しないで待ってて下さいとの事でした。やはりその方も中島智恵子さんのものがあるよと教えて下さりました。

投稿: ユウタパパ | 2018年4月27日 (金) 21時35分

 これまでの私は,松谷みよ子さんの民話集を寝床で読むくらいのものだったのですが,今は図書館の司書さんに「この本て,児童書なんですけどいいんですか?」などと言われながら過去の民話出版物を調査しています。あ,映画館でもジブリのアニメやドラえもんのアニメを観に行って,入口のおねえさんに「この映画って,子供のですけどいいんですか?」と言われてますから慣れてますが.
 さて民話は,各地の郷土民俗研究者たちが昔話を採集して,その地方の民話集として出版してくれているわけですが,これと別の方向から,「日本の民話」を総合的に研究している民俗学者がいて,どうやら民話の登場人物に関するインデックスがあるようなのです.もしかするとそこに「おちょう」という名の少女が記載されているかも知れないと思って,今そっちの方向からの調査を始めています.

投稿: 江分利万作 | 2018年4月28日 (土) 02時12分

 ずっと私は「母子草の物語」を民話という観点で調べてきたのですが,ユウタパパさんが持っている話はでてきていません.そこでハッと思いついたのは,もしかすると童話なのかも知れないということです.ただちに検索をかけると,出てきました.「伝承童話」と名付けられて,昭和二十四年の童話集に「母子草」というタイトルの物語がありました.これが最古の資料かも,です.いま取り寄せ中ですが,やったー!という感じです.

投稿: 江分利万作 | 2018年4月28日 (土) 03時18分

藤沢衛彦さんのものですね。
なんと伝承童話ですか。。
waiwaiさんの子供のころの記憶というお話や、私が調べだしたのも小学2年の息子に関わることがきっかけでしたので、ジャンルが童話の可能性は十分あり得ると思います。
結果楽しみにしております。
大変ですがこの難題を解き明かす過程が本当に勉強になります。ほとんど任せきりになってしまい役に立てずすみません。

投稿: ユウタパパ | 2018年4月28日 (土) 04時17分

ひたひたというか、どすどすというか、万作さんの探索の足音が聞こえるようです。
「昭和二十四年の童話集」というのが、年代的に私の記憶の中の母子草と近いような気がします。
楽しみ!(^^)

投稿: waiwai | 2018年4月28日 (土) 05時48分

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