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2018年4月 1日 (日)

トマトジュースと糖尿病

 昨日の記事で,カゴメ株式会社によって行われたところの,ネズミの肥満防止に効果のある物質が人間にも効果があるかの如く論じた愚かな研究について批判した.
 しかしさすがに食品業界の雄であるカゴメは,「ネズミの栄養学」ばかりを研究しているわけではない.今日の記事では,同社が実施した「ヒトの栄養学」について記そう.
 
 テレビの情報バラエティ番組を観ていると,トマトの成分であるリコピン (Wikipedia【リコペン】を参照のこと) が取り上げられることが多い.特に堺正章の『世界一受けたい授業』(日本テレビ) は何故かリコピンをぐいぐいと推してくることで知られる.
 日本における「健康に良いトマト」イメージの総本山はカゴメ株式会社である.同社は精力的にリコピンの効果を研究しているが,その中から名古屋文理大学短期大学部などとの共同研究《2型糖尿病患者の健康管理 ― 血糖値の改善効果に果たすリコピンの役割 ― 》を紹介する.
 まず論文の冒頭で研究の目的を述べた部分を引用する.
 
糖尿病患者は健常人と比較して,血中リコピン濃度が低値を示すとの報告があることから,糖尿病の発症と体内の抗酸化因子との関連が示唆される.そのため,強い抗酸化作用を有するリコピンを摂取することは,糖尿病のリスクファクターに何かしら影響を与えることが考えられる.そこで,リコピン摂取が糖尿病患者の体内の酸化障害を抑 制 して,適正な血糖値を維持することが期待される.本研究では,リコピンの摂取が糖尿病患者の苦痛あるいは医療経済的負担の軽減に寄与し得るか否かをHbA1c値への影響により評価することを目的とした.
 
 次にこの試験研究に参加した被験者について述べた部分を引用する.
 
糖尿病認定医による診断,および管理栄養士 (糖尿病療養指導士) による指導が可能な医院に通院する2型糖尿病患者を対象とした.薬剤の服用による治療のみで,合併症の所見がない糖尿病患者18例を2群に分け,一方にはリコピンをトマトジュースとして摂取させ,トマトジュースを好まない者を非飲用群に振り分けた.
 
 この種の試験研究を実施するとき,被験者はランダムに試験群と対照群に振り分けられねばならない.これは実験計画の基本中の基本である.ところがこの試験を計画した者は,基本を全く理解しておらず,あろうことか《トマトジュースを好まない者を非飲用群に振り分け 》てしまった.このように試験開始時点で試験群と対照群にバイアスをかけてしまったことにより,この試験研究の失敗は約束されたも同然となった.(その「失敗」については後述する)
 さらに,上の引用部分に《合併症の所見がない糖尿病患者18例を2群に分け 》と書かれているが,《表2 被験者のプロフィール 》では被験者数が12になっている.この食い違いは一体どういうことだろうか.(可能な推測を後述する)
 
 続いて試験に用いた材料を述べた部分を引用する.
 
トマトジュースは1本 (200ml) あたりリコピン28mgを含み,食塩やショ糖が無添加のものを用いた.(表1.この飲料を,飲用群の被験者に毎日1本,1年間 (2003年11月〜2004年10月) 摂取させた.なお,一日の中で飲料を摂取するタイミングは規定しなかった.
 
 ここでの問題点は《一日の中で飲料を摂取するタイミングは規定しなかった》である.なぜ飲むタイミングを指示しなかったのか理解に苦しむ.というのは,トマトジュースには原料トマトに由来する果糖とブドウ糖が含まれているからである.果糖はあまり血糖値を上げないが,ブドウ糖は血糖そのものであり血糖値を速やかに上昇させる.被験者は糖尿病患者であり薬物治療を受けているから,トマトの糖質の影響を可及的にキャンセルできるタイミングを,例えば食事の際に飲用するなどと規定指示するべきであったと考えられる.(ほとんどの医師は糖尿病患者に対して,糖質の多い間食を避けるよう指導しているはずだ)
 また,その薬物治療であるが,以下のように行われたと書かれている.
 
薬剤について,飲用群はアマリール (1) / 1T 1× / 日,アクトス (15) 1T 1× / 日,そして一名のみノボラビット30ミックス (朝食前6 夕食前6) を,非飲用群はアマリール (1) / 1T 1× / 日,アクトス (15) 1T 1× / 日,メルビン (250) / 3T 3× /日,ノボラビット30ミックス (朝食前6 夕食前12) を試験期聞中に増量することなく服用した
 
 薬剤の記述の仕方で例えば《アマリール (1) / 1T 1× / 日》とあるのは,「アマリール1mg錠」を1回に1錠,1日に1回投与したという意味であろう.それならばそのように論文では正確に記述しなければいけない.こんな書き方は実験ノートのメモ書きだ.
 で,この被験者に対する薬物投与でも,試験群と対照群の間でランダマイズがなされていない (対照群にバイアスがかかっている) という問題がある.そのため,薬物治療の効果とトマトジュースの効果が分離されなくなり,試験が終了してどんな結果が得られても,それがトマトジュース飲用によってもたらされた結果であるとは言えなくなってしまったのである.それもこれもこの論文を書いた八人の著者らの無知による杜撰な実験計画の結果である.
 さてこの論文には爆笑ポイントが幾つかある.その箇所を下に引用する.
 
飲用群の血中HbA1c値は,飲用開始数か月間は有意な変化は認められなかったが,飲用開始5か月前後からゆるやかな低下に転じた.2004年9月と10月には,飲用開始時と比較して平均で各々1.1±0.4%,1.3±0.3%低下し有意な変化が認められた (p<0.05).しかし,飲用群と非飲用群の差について,図の上では差異が認められたものの (図2b),非飲用群の被験者数が少ないため (n=3),現時点での統計的な結論は回避した.
 
 《しかし,飲用群と非飲用群の差について,図の上では差異が認められたものの (図2b),非飲用群の被験者数が少ないため (n=3),現時点での統計的な結論は回避した》とか何とか,結論を出せなかったことの言い訳を書いているが,これは見当はずれの弁解だ.非飲用群の被験者数がn=3でも形式的な統計処理は問題なく可能である.問題は別のことにあるのだ.
 それは前述したように,論文中の文章では《合併症の所見がない糖尿病患者18例を2群に分け》と書かれているのに,《表2 被験者のプロフィール》では被験者数が12になっていることと関係している.
 推測するに,試験を開始した時点では被験者は18人いて,試験群9人,対照群9人だったのではなかろうか.しかし一年後の試験までに,対照群から6人もの被験者が脱離あるいは脱落したと想像される.そのためこの試験のデザインが当初計画から大幅に崩れてしまったのだろう.仮に著者らに同情的な見方をすると,もしかすると薬剤投与は最初の計画ではランダマイズされていたのに,試験終了時点ではバイアスが生じてしまったのかも知れない.
 もう一点.《表3 1日の必要栄養量 (基準量) に対する被験者の平均摂取量 》を見てみよう.トマトジュース飲用群と比較して非飲用群には大きなバイアスがかかっている.バイアスの一例としてエネルギーを見てみると,トマトジュース飲用群が1600kcalであるのに対して,非飲用群は1098kcalしかない.
 この理由が,非飲用群は試験期間中にカロリー制限食事治療を受けていたためか,試験群と同じ食事治療を指示されたのに守らなかったのか,あるいは食事治療を守らない患者だけが最後に残ったためかは判然としない.しかしこの《表3》を見れば,非飲用群がそもそも対照群になっていないことが明白だ.つまりこの試験研究は大失敗だったのである.それを苦心して隠そうとしたのだろうが,《表2》と《表3》を改竄するわけにも行かず,馬脚が現れてしまったのだ.
 ついでに爆笑ポイントをもう一つ.論文著者は《表3》においてエネルギーの単位を《Kcal 》と書いている.もちろん正しくはkcalである.昔々の論文でCalという単位が用いられていたことがあるから,それと混同したのかも知れない.しかし八人も著者がいるのに誰もその大間違いに気が付かなかったのか.情けない.
 
 さてこの論文の題は《血糖値の改善効果に果たすリコピンの役割》だが,論文の《考察》において次のように記述されている.
 
リコピン含有トマトジュース飲用群は,血中リコピン濃度が上昇するに伴ってHbA1c値が低下した.トマトジュース飲用群の血中リコピン濃度は,1か月後でO.21μg / ml, 2か月後は0.52μg / mlと上昇を示し,この値はトマトジュース飲用後2週間で血中リコピン濃度が上昇するという Rao らの報告と一致する.一方,HbA1c値は飲用期間を通じてゆるやかに下降を続け,試験開始1年後には,平均で1.3%低下した.このことから継続して摂取することの重要性が示唆された.
 
 言うまでもなく糖尿病患者の血糖値コントロールにおいて重要なのはHbA1c値の絶対値すなわち血糖値コントロールの目標値である.糖尿病患者にとっては常識だが,変動あるいは改善の幅ではない.HbA1c値の改善が同じ1でも,10から9に下がっても意味はないが,しかし8から7に下げることには大きな意味がある.7は合併症を予防する上での目標値だからである.さらに,7を6に下げることができたら,6以下は正常値であるから,こうなれば血糖値のコントロールは成功したとしていい.
 しかるにこの研究論文では,HbA1c値に触れないようにしているのが歴然としている.
 論文の《考察》において,HbA1c値の絶対値が書かれていないのである.
 なぜかというと,一年間もトマトジュースを飲んだのに,HbA1c値は7をわずかに下回ったに止まり,はかばかしい結果が得られなかったからである.それも正しくは薬物治療の成果だった可能性があり,有体に言えば,トマトジュースを一年間も飲む意味はなかったのである.
 しかし論文の題を《血糖値の改善効果に果たすリコピンの役割》とした以上,どこかに書かないわけにはいかない.そこで著者はHbA1c値絶対値を論文の《要旨》に,こっそりと記述した.(笑)
 だがここでも論文著者は間違いを犯した.《考察》に《試験開始1年後には,平均で1.3%低下した》と書いておきながら,《要旨》には《リコピン摂取前平均7.9%であったHbA1cは,摂取1年後には6.8%に低下し改善が認められた》としたのである.改善幅は1.3%だったのか1.1%だったのか,どっちだ.(実は1年後の値としては1.1%である)
 読んでいて悲しくなるほど,この試験研究は実験計画がでたらめである.対照群が崩壊してしまったし,結果をまとめて書き上げた論文は間違いだらけである.指導教授は一体何をしていたのだ.テーマを学生に与えて指導もせずに一年間ほったらかしにし,そして卒業を前にして学生が書いてきた卒業論文を,読んでもいないのである.もしきちんと読んでいれば,数値の間違いや単位の間違いなどあろうはずがないのだ.(指導教授が指導しなかったという点については,遠い目であの小保方晴子の件を思い出す.小保方晴子がきれいになって登場という件は別件なので各自情報検索して頂きたい ww)
 だが実はこれ,この論文を読む前から薄々予想できたことであった.
 というのは,自然科学の研究者というものは,自分の研究成果が学会誌や論文誌に掲載される価値のあるものだと思えば必ずそこに投稿する.
 ところがこの論文は名古屋文理大学紀要に掲載された.学問的に権威ある自然科学系の学会誌・論文誌と大学紀要の違いは何か.自然科学系の学会誌・論文誌の場合は編集委員会あるいは委嘱された研究者によって査読・審査が行われる.しかし大抵の場合,大学紀要には査読がない (査読のある紀要もあると Wikipedia に記載されているが私はそのような紀要は知らない).査読がないということは,書いたら必ず載るということ.従って普通の大学紀要に掲載された自然科学論文は学問上の業績とは認められないのである.
 つまり指導教授は,この試験研究が失敗であり論文も情けないものであることを承知していて,しかし共同研究者がいる以上どこかに掲載出版せざるを得ず,それで論文を読みもせずに大学紀要に放り込んだのだと思われる.
 私は所属学会の編集委員会の依頼で投稿論文の査読をしたことが何度かあるが,このカゴメ他による論文のようにあまりにも酷い低レベルの,論文の体を成していないものは,添削や修正指示などせずに「却下」したものである.
 カゴメの共同研究者も一体どういう見識だ.もしかすると,うちはトマトジュースを提供しただけですと弁解するかも知れない.しかし研究内容に関与せず,また論文のチェックもしないのなら共同研究者として連名で名前を載せたりしてはいけない.そんなことをするからカゴメという会社が名誉失墜したではないか.
 
 以上は超長い前振りである.
 次がこのブログ記事の本文である.
 《栄養学.net》というブログがある.このブログに《糖尿病にトマトジュースが良い理由。リコピンは血糖値を下げる成分?! 》と題した記事が掲載されている.(掲載日は2017年2月12日)
 大体において文章に「?!」なんぞを付けるのは,個人でも団体組織でも大嘘吐きと相場が決まっているのだが,それはさておき,このブログ記事から以下に引用する.
 
リコピンには血糖値自体を下げてくれる作用があり、糖尿病の血糖値コントロールに役立つ成分であることが分かってきました。
どれくらいのトマトジュースを飲めば良いのか?
 基本的には1日200ml (コップ1杯) 程度を摂取すると良いでしょう。2007年に発表された名古屋文理大学の研究によると、糖尿病患者に毎日200mlのトマトジュースを飲ませたところ1年後に血糖値の改善が認められています。
》 (下線は江分利万作による)
 
 さあ大変.
 昔は大学紀要に載せた論文は大学図書館の蔵書になるだけであったからいいのだが,今はネット検索されてしまうから,どんなにデタラメな論文でも白日の下に晒されてしまうのである.
 そして《栄養学.net》の嘘吐きブロガーが名古屋文理大学とカゴメの論文を見つけて,《糖尿病にトマトジュースが良い》という嘘情報を拡散してしまった.
 こういう時代であるから,食品会社の研究者は,デタラメ論文の共同研究者になるなどの迂闊なことをすると会社のメンツが丸つぶれになってしまうことを肝に銘じておかねばならない.
 それにしても昔,私がまだ若かった頃,カゴメ株式会社の研究員は,もう少しレベルが高かったと記憶しているのだが……
 
[参考資料]
1. アマリールは,糖尿病の古いタイプの治療薬で,スルホニルウレア系経口血糖降下剤である.日本薬局方ではグリメピリド錠という.資料. 現在は他に優れた治療薬があるので,あまり積極的には使われていない.このブログ記事で批判した名古屋文理大学とカゴメらの研究の被験者に行われた薬物治療は古い方法であるが,なにしろ十年以上前のことだから致し方ない.
2. アクトスはチアゾリジン系経口血糖降下薬である.資料:Wikipedia【ピオグリタゾン】 
3. ノボラビット:論文中には「ノボラビット」と書かれているが,これは間違い.正しくはノボラピッドという.インスリン製剤である.いい加減なことを書くなと言いたい.もうほんとに情けない.
4. メルビン:ビグアナイド系経口血糖降下剤である.インスリン抵抗性を改善する.

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