母子草 (八)
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前回記事《母子草 (七) 》の末尾を再掲する.
《さて次回は,中島版『母子草』のストーリーについて述べる.》
これまでの私の文章においては定義なしで「再話」という言葉を使用してきたが,中島千恵子氏が遺した『母子草』について述べる前に,中島氏が用いている「再話」の意味を明らかにしておく必要があるだろう.
まず「再話」の辞書的な語義を挙げる.
※大辞林第三版
《昔からの物語や伝説・民話などを、主として子供向きにわかりやすく書き直すこと。》
《昔からの物語や伝説・民話などを、主として子供向きにわかりやすく書き直すこと。》
※明鏡国語辞典
《1.昔話・伝説・民話などを、現代的な表現に改めるなどしてまとめ直すこと。また、その話。
2.文学作品などを子供向きにわかりやすくまとめ直すこと。また、その作品。また、その話。》
《1.昔話・伝説・民話などを、現代的な表現に改めるなどしてまとめ直すこと。また、その話。
2.文学作品などを子供向きにわかりやすくまとめ直すこと。また、その作品。また、その話。》
※広辞苑第六版
《昔話・伝説などを、言い伝えられたままではなく、現代的な表現の話に作り上げること。また、その話。》
《昔話・伝説などを、言い伝えられたままではなく、現代的な表現の話に作り上げること。また、その話。》
※精選版日本国語大辞典
《[名]伝承的な昔話や伝説を、歴史的な資料として忠実に記録するのではなく、現代的な感覚や用語で文学的に表現したもの。また、その作業。》
《[名]伝承的な昔話や伝説を、歴史的な資料として忠実に記録するのではなく、現代的な感覚や用語で文学的に表現したもの。また、その作業。》
辞書ごとにバラバラな語義解説をしている.
実はこれらの辞書には書かれていない語義があって,教育学方面では「再話」は「物語を読んで記憶し,それを言葉で語ること;story telling」を言うようだ.しかしこれは特殊な用法だろう.そのため以下は,国語辞典に示されているように,昔話や伝説に関する用語として述べる.
実はこれらの辞書には書かれていない語義があって,教育学方面では「再話」は「物語を読んで記憶し,それを言葉で語ること;story telling」を言うようだ.しかしこれは特殊な用法だろう.そのため以下は,国語辞典に示されているように,昔話や伝説に関する用語として述べる.
上に挙げた私の手持ちの辞書においては,「再話」の語義は二つに分類できる.大辞林と明鏡国語辞典に示されている語義が「書き直し」または「まとめ直し」,つまり英語ならリライトであるのに対し,広辞苑と精選版日国は明らかに「再話」は「文学的創作行為」であると言っている.
辞書によってこれほど極端に解釈が異なるとは驚きだが,一般に使われている語義はどちらなのだろうか.
故松谷みよ子氏の公式サイトは今も維持されていて,そこに《再話》と題して松谷氏の長女である瀬川たくみ氏が次のように書いている.
《「採訪」で集めた昔話を作家力で話を膨らませていく作業が、「再話」です。》 (下線は江分利万作が付した)
《他にも、母が再話にせず、あえて聴いたままを纏めた「昔ばなし十二か月」や「現代民話考」も日本国中の貴重な「昔話」や「現代の話」を纏めた本だと思っています。》 (下線は江分利万作が付した)
ここで瀬川氏は,民話の採集者が民話伝承者から聞いた話を記録したものは「再話」ではないと明解に書いているわけだ.なにしろ瀬川氏は母みよ子氏の業績を継承している実の娘であるからして,瀬川氏は松谷みよ子氏と同じ文学的立場であると断定してよかろう.
続いて,「再話」に関してネットで評価の高い他の書籍にも目を通してみた.『〈時〉をつなぐ言葉 ラフカディオ・ハーンの再話文学』(牧野陽子著,新曜社,2011年8月25日) の p.16 で著者牧野陽子氏 (成城大学教授) は次のように書いている.
《再話文学は、人々が語り継いできた素朴な物語世界に意味を見出し、そうした物語に新たな衣を着せて言語化することで、さらに次の世代へと語り継いでゆくこともまた文学の本質であることを示すものなのである。》 (下線は江分利万作が付した)
ここでも「再話」は伝承されてきた物語そのままを言語化するものではないと説かれている.どうやら文学の世界では「再話」は広辞苑や精選版日国に書かれている語義が正しいらしい.
では,各地方で民話を伝承してきた人々から聞いた話に創作を加えずに,大辞林や明鏡国語辞典に示されている語義のように,「書き直し」または「まとめ直し」て次世代に語り継いでいく作業は何と呼べばいいのか.
私はネット上を探しまわったが,適切な用語を見出せなかった.たぶんそのような用語はないのだと思われる.
だとすると,中島千恵子氏が『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』の「あとがき」で
では,各地方で民話を伝承してきた人々から聞いた話に創作を加えずに,大辞林や明鏡国語辞典に示されている語義のように,「書き直し」または「まとめ直し」て次世代に語り継いでいく作業は何と呼べばいいのか.
私はネット上を探しまわったが,適切な用語を見出せなかった.たぶんそのような用語はないのだと思われる.
だとすると,中島千恵子氏が『ひともっこ山 湖の国にむかしむかし』の「あとがき」で
《原話を大切にして、心をこめて再話いたしました 》 (下線は江分利万作が付した)
と書いたのは,「再話」には創作行為の意味があるのだが,自分はそれを避けたということを言いたかったからに違いない.
いずれにせよ同書の「あとがき」に書かれている出版の趣旨からすると,中島千恵子氏は,近江に語り伝えられてきたハハコグサの名の由来の物語を文字に固定する上で,できる限り変容を避けたと思われ,従って中島版『母子草』は,この民話の原形であると考えられる.
次回は中島版『母子草』の要約を示す.
(続く)
次回は中島版『母子草』の要約を示す.
(続く)
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