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2018年4月13日 (金)

白川郷と雪中立往生の旅 (四)

(前回の記事は《白川郷と雪中立往生の旅 (三)》)
 
 さて菅沼集落の近くにある郷土料理店で昼食を摂ったツアー一行は,バスに乗り込んで帰路に就いた.松本までバスで行き,そこから「あずさ」で新宿へ向かうのである.
 五箇山からは東海北陸自動車道で飛騨清見まで行く.そこから中部縦貫自動車道で高山へ.そして高山から国道158号に入ったところで土産物店に立ち寄り,買い物とトイレ休憩をした.
 この時,チャーターしたバスのドライバーに会社から連絡が入った.国道158号でトラック数台が衝突横転する事故が発生し,現在不通になっているというのである.この日,中部地方から関東にかけて東日本の山岳地帯は大雪に見舞われていた.トラックはおそらく雪のせいで運転を誤ったのだろうと想像された.
 ドライバーはツアー添乗員のN澤にそれを告げたが,N澤は別段驚く様子もなく,予定通り,雪降りしきる国道158号へ出発を指示した.
 私はバス後方の席で,隣に座った中年男性と「おいおい大丈夫かよ」と話し合った.
 その男性は「真冬の山ん中の一般道で事故ったら復旧はかなり大変ですよねー.警察も消防も事故現場に来ること自体がすごい大変ですもん」と言った.以前同様の状況に見舞われたことがあるのだそうだ.
 私も彼に全く同意で,N澤添乗員に不信感を抱いたのだが,果たして程なくしてバスは渋滞に突入し,それから先に進めなくなった.そしてバスは立往生したままやがて日が暮れた.それでも前方から引き返して来る車があるせいか,時たまノロノロと進むことはあり,そうこうする内に前方にドライブインがあったので,何とか駐車場にバスを入れた.一行はもう何時間もバスに閉じ込められていて,なんとしてもトイレ休憩が必要だったのである.
 
 N澤添乗員はツアーの一行にこう言った.
「渋滞で止まっている車がいつ動きだすかわからないので,トイレを済ませたらバスの中で待機してください」
 私たちはN澤添乗員の指示通りシートに腰かけたまま待機し,疲労のうちに時間がじりじりと経過した.
 ツアーメンバーの一人が「おなかがすきました.ここのドライブインのレストランで何か食べてきてもいいですか」と言った.
 N澤添乗員もさすがにダメだとは言えず,食べたらすぐ戻ってくださいねと言った.しかしレストランに行った私たちは食事をせずすぐにバスに戻ることになった.
 誰でも腹はすく.駐車場で車に閉じ込められていたたくさんの旅行客たちは,とっくに夕食を済ませていて,そのためレストランには食材がなくなり,全品完売で営業終了していたのである.
 それどころか,パンも菓子も売り切れていた.N澤添乗員がバス内待機を指示したおかげで一行は夕飯を食い損ねたのであった.
 私は仕方ないから酒でも買って飲もうとした.しかし,世の中にそんなドライブインが存在するのかと驚いたことに,そして不運なことに,このドライブインは酒類を販売していないのだった.
 
 落胆した私はバスに戻り,また暫く時間が経過し夕刻六時を回った頃,N澤添乗員がこう言った.
「予約していた〈あずさ32号〉には乗れないことが確実になりました.このツアーは松本ではなく長野駅から新幹線の自由席で東京に帰ることにします」
 この頃,ようやく事故現場は復旧したらしく,車の列は少しずつ動き始めた.しかしノロノロ運転であることは変わりなく道路は渋滞したままであった.
 遂に夜八時を過ぎたとき,何事か携帯電話で話をしていたN澤添乗員が言った.
「もう新幹線の最終にも間に合いません.会社と相談しましたが,このツアーは今夜,長野市内のホテルに一泊して,翌朝の新幹線で東京に帰ります」
「ホテルはJALシティ長野が予約とれました.つきましては,宿泊費と帰りの新幹線代は皆さん各自の御負担となります」
 
 ツアー参加者から「えーっ」という声が上がった.
参加者「わたしそんな余分のお金,持ってきてないです」
参加者「わたし,明日は予定があって今日中に帰らなくちゃだめなんです」
参加者「そもそもさー,国道が通行止めになった時点で富山に引き返してバスで迂回するなり富山から新幹線に乗れば,今日中に帰れたはずだよ」
N澤「あの時点では,ツアーコースの大幅な変更はできなかったんです」
私「どうして?」
N澤「私はクラブーツーリズムの正社員じゃなくて派遣社員なんです」
私「それがどうしたの?」
N澤「派遣にはそういう権限がないんです」
私「会社の中での派遣の権限のことなんか私たちには無関係だ.派遣だろうが正社員だろうが君はクラブーツーリズムを代表してここにいるんだよ,そうじゃないかい?」
N澤「ま,とにかくお金を集めます」
 
参加者「ホテル代を払ったら,わたしもうお金ないです」
N澤「クレジットカード持ってませんか.カードで切符買えますよ.やり方は教えてあげますから大丈夫」
 
 私の隣の中年男性が「カードがあれば大丈夫って,悪徳業者丸出しですね」と囁いた.私は苦笑しつつ「ほんとだね」と同意した.
 
私の近くにいた参加者「あのー,領収書ください」
N澤「領収書は出せません」
私「どうして?」
N澤「ホテルの予約は団体で取りましたから,一人一人に領収書は出せないのです」
私「あのさ,領収書がだめなら君がサインした手書きの預かり書でいいよ.ひとからお金を集めたら,トラブルにならないよう領収書なり預かり書を出すのが社会の決まりだ」
N澤「私が個人的に預かり書は書けません」
私「どうして?」
N澤「派遣社員にはそういう権限がないんです」
私「……もう話にならんな」
 
 そんなやり取りをしているうちにバスは長野市内に到着した.そしてバスはコンビニに立ち寄り,腹をすかせた参加者たちは弁当を買い,ホテルに着いてチェックインした.
 ロビーでN澤は言った.
「明日の朝は八時にロビーに集合してください.まとまって長野駅まで御案内します」
 
 私の隣席にいた中年男性は私に耳打ちした.
「私は明日,目が覚めたらすぐにツアーを離脱して帰ります.こんなアホな添乗員に付き合ってられません」
 私は「そうですか.お疲れさまでした」と言い,彼と別れて部屋に入り,コンビニで買った酒をあおってから寝た.
(続く)

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