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2018年3月31日 (土)

ネズミの栄養学

 食品企業の研究部門の主たる業務は商品開発だが,学術的研究に力を注いでいる会社も多い.
 とりわけその会社の製品がヘルシーさを消費者に訴求している場合は,健康に関連する基礎研究は商品開発の基礎に繋がるものだ.
 トマトジュースや野菜ジュースが主力製品であるカゴメ株式会社はそのような企業の一つである.
 さて何気なく同社のニュースリリース (2017年3月31日) を見たら,《ブロッコリースプラウトの成分“スルフォラファン”が 脂の摂り過ぎによる肥満を抑制することを確認 ~金沢大学 脳・肝インターフェースメディシン研究センターとの共同研究による成果~ 》が発表されていた.
 この発表文から,その導入部と《本研究の目的》を引用してみよう.次のように書かれている.
 
カゴメ株式会社 (社長:寺田直行、本社:愛知県名古屋市) は、金沢大学医薬保健研究域附属脳・肝インターフェースメディシン研究センター (太田嗣人准教授、長田直人助教) との共同研究により、ブロッコリースプラウトの成分“スルフォラファン”が、脂の摂り過ぎによる肥満を抑制することを、マウスにおける試験で明らかにしました。

■本研究の目的
 脂の多い食事は、肥満やメタボリックシンドロームの原因となり、ひいては心血管疾患や認知症などの重大な健康問題の遠因となることが示唆されています。当社ではこれまでに、ブロッコリースプラウト (BS) に含まれる成分“スルフォラファン”※が、肝臓の健康維持に有効であることを明らかにして参りましたが、肥満に対する効果は未解明でした。そこで本研究では、スルフォラファンの摂取が、脂の摂り過ぎによる肥満に及ぼす効果について検証しました。
※BS中ではスルフォラファンの前駆体であるスルフォラファングルコシノレートとして存在しており、体内で分解されることでスルフォラファンに変わります。
 
 《本研究の目的》の冒頭に《脂の多い食事は》とある.これを執筆した人物は「脂」と書いて「あぶら」と読ませたいのであると推測される.
 食品学や栄養学を勉強している大学生でも知っている基礎知識であるが,「油」も「脂」も訓読みは「あぶら」であるが,意味が異なる.
 学術的に厳密な定義ではないが,「あぶら」のうちで,常温で液体であるものを「油」と呼び,個体であるものを「脂」と呼ぶ (Wikipedia【油脂】に簡単な説明がある).また「油」と「脂」を一括して呼ぶ時は「油脂」と書く.
 従って上に引用した《本研究の目的》で《脂の多い食事は、肥満やメタボリックシンドロームの原因となり》としているのは,肥満の原因は脂であり油ではないという意味になる.しかしそんな事実は存在しない.これが上の引用中の誤りの一つ.
 次に,ヒトの肥満の原因は食事で摂った「脂」でもなく「油脂」でもなく,実は炭水化物である.
 一般財団法人高雄病院 (京都) 理事長であり,糖尿病の食事療法に画期的な業績を上げた江部康二医師が『主食を抜けば糖尿病は良くなる!』(東洋経済新報社) を出版したのは2005年のことだった.Wikipedia【江部康二】から下に一部を引用する.
1974年 京都大学医学部卒業。
 1974年 京都大学結核胸部疾患研究所第一内科(現在京都大学呼吸器内科)にて呼吸器科を学ぶ。
 1978年 高雄病院に医局長として勤務し、東洋医学を学び、漢方臨床実践を行う。
 1996年 一般財団法人 高雄病院副院長就任。
 2000年 一般財団法人 高雄病院理事長就任。
 2001年 糖質制限食に取り組む。
 2002年 自ら糖尿病であると気づいて以来、さらに糖尿病治療の研究に力を注ぎ、「糖質制限食」の体系を確立。これにより自身の糖尿病を克服したと主張する。江部自身も2002年から、スーパー糖質制限食(後述)を続けている。その結果、開始後半年で-10㎏減量でき、2015年(65歳時点)まで服薬なしとのこと。
 
 江部康二医師の糖質制限食に影響を受けた実践者に,国立循環器病研究センター動脈硬化・代謝内科の部長を務めた吉政康直氏がいる.吉政氏が2009年5月1日,すなわち『主食を抜けば糖尿病は良くなる!』出版の四年後に国立循環器病研究センターの公式サイトに寄稿した文章がある.
 糖質制限食の有効性を解説したこの寄稿文は現在も掲載されており,糖尿病治療食に関する国立循環器病研究センターの現在の公式見解であるとみていいだろう.
 この吉政氏の文章中の図《図4 低炭水化物食と地中海食は低脂肪食に比べ減量に有効である》 (出典:N.Engl.J.Med. 2008;359:229-41 ) は,糖質制限食によって肥満者の体重が減少することを示している.すなわちこれを言い換えれば,肥満の栄養学的原因は糖質であるということだ.
 北里大学北里研究所病院の山田悟糖尿病センター長も,糖質制限について独自の見解を持ちつつ糖質制限療法を推進してきた一人である.山田医師が提唱した「緩やかな糖質制限」はダイエット後のリバウンドを防ぐのに有効である.
 このように江部医師,吉政医師,山田医師ら多くの医師によって糖尿病の糖質制限療法が体系化されたが,それはあくまで医学上の成果である.これに対して糖質制限によるダイエット法を確立したのはライザップだといっていい.ライザップに所属するトレーニングスタッフと医師,管理栄養士らはスポーツ医学・生理学と糖質制限を実践的に結び付け,その劇的な成果をテレビCМという形で衝撃的に私たちに提示したのである.
 しかもライザップの方法は,栄養学とトレーニング (有酸素運動および筋トレ) の基礎知識および意志さえあれば誰にでも実行できるところに意義がある.(私自身,ライザップの方法を参考にして,かかりつけの医師と相談の上で,江部方式の糖質制限とウォーキングによって体重を19kg減量し,その後は山田方式の緩い糖質制限とジムにおける筋トレとウォーキングの併用で体重を維持している)
 
 少し横道に逸れたかも知れないが,要するに糖尿病治療の研究者らとライザップによって,人間に肥満をもたらす栄養素は油脂ではなく糖質だということが確実となったのである.
 そこでカゴメが発表した《ブロッコリースプラウトの成分“スルフォラファン”が 脂の摂り過ぎによる肥満を抑制することを確認 ~金沢大学 脳・肝インターフェースメディシン研究センターとの共同研究による成果~ 》に戻ろう.
 カゴメのニュースリリースから,この研究の結果を一部引用する.
 
【試験① スルフォラファンの肥満抑制効果の検証】
■方法
マウスを3群に分け、通常食、高脂肪食、BSエキスを 2.2% (重量比) 含む高脂肪食 (BS エキスはスルフォラファンの供給源として使用) のいずれかを14 週間与えました。飼育期間中は肥満の指標として経時的に体重を測定しました。また、マウスの腹部X線CT画像を撮影し、画像解析により体脂肪量を算出しました。14 週の飼育期間後には脂肪肝の指標として肝臓中の中性脂肪量を測定しました。また、肥満に伴う血糖値異常を評価するために、血液を採取し空腹時血糖値を測定しました。
■結果
高脂肪食を摂取したマウスは著しい体重の増加 (図1) と体脂肪量の増加 (図2) が見られましたが、BSエキスを含む高脂肪食を摂取したマウスでは、それらが抑制されました。また、高脂肪食による肝臓中の中性脂肪量の増加 (脂肪肝化、図3) および空腹時血糖値の上昇 (図4) もBSエキスの摂取により抑えられました。以上の結果から、スルフォラファンを摂取することで、脂の摂り過ぎによる肥満が抑制されることが示唆されました。また、肥満に伴う脂肪肝、血糖値異常も抑制されることが示唆されました。
 
 高脂肪食の摂取でマウスが肥満化したとの実験結果が正しければ,これは取りも直さず実験用マウスと人間とでは,肥満になる原因が異なるということを意味している.
 従って,マウスの肥満を抑制する物質はマウスの肥満を抑制するのみであり,ヒトには無効である.
 すなわちカゴメ株式会社のこの研究は,いわゆる「ネズミの栄養学」であり,私たちの栄養と健康には関わりのないことなのである.
 ちなみに「ネズミの栄養学」においてよく用いられている餌がどのようなものか紹介しておこう.
 次に示すのは,実験動物用飼料のメーカーとして有名なオリエンタル酵母工業株式会社製の肥満モデル作成飼料「F2HFD2」の組成である.出典は同社が2012年に作成した資料《生活習慣病関連モデル飼料配合のご紹介 Ver1.5 》である.
 
[表1]
F2HFD2 高脂肪飼料の組成
  ラード          58%
  魚粉           30%
  脱脂大豆         10%
  ビタミン,ミネラル混合   2%
 
 この飼料の栄養素含量とカロリー比は以下の通り.
 
[表2]
栄養素含量概算値 (100g中) とカロリー比概算値 (%)
 総カロリー   640kcal
   蛋白    24.5g      15%
   脂肪    60.0g      82%
   炭水化物   7.5g       3%
 
 二番目の表を見れば,「ネズミの栄養学」の研究者がマウスに与える高脂肪食というものが如何に異常であるかが明白である.
 ラードの中に少量のタンパク質が練り込まれているが,自然な環境にいるネズミはこんな餌は食べないだろう.言い換えれば,この餌を食べてしまうマウスは,人為的に作り出された異常な嗜好を持つネズミなのである.
 またこれを人間に置き換えてみれば,よほどの飢餓状態にでも置かれなければこんな食べ物は口にしないし,できない.食べても嘔吐するか消化不良を起こすだろう.「高脂肪食」の内容を調べると「ネズミの栄養学」が如何にリアリティのない研究であるかということがよくわかる.
 
 頭の悪い研究者や食品会社が社会に垂れ流す「〇〇は体にいい」という情報の根拠を調べると,上のカゴメの研究のように,私たちの健康に無関係な「ネズミの栄養学」でしかなかったりすることがある.この種の嘘を信じ込まぬよう心したいものである.

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