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2018年3月

2018年3月31日 (土)

ネズミの栄養学

 食品企業の研究部門の主たる業務は商品開発だが,学術的研究に力を注いでいる会社も多い.
 とりわけその会社の製品がヘルシーさを消費者に訴求している場合は,健康に関連する基礎研究は商品開発の基礎に繋がるものだ.
 トマトジュースや野菜ジュースが主力製品であるカゴメ株式会社はそのような企業の一つである.
 さて何気なく同社のニュースリリース (2017年3月31日) を見たら,《ブロッコリースプラウトの成分“スルフォラファン”が 脂の摂り過ぎによる肥満を抑制することを確認 ~金沢大学 脳・肝インターフェースメディシン研究センターとの共同研究による成果~ 》が発表されていた.
 この発表文から,その導入部と《本研究の目的》を引用してみよう.次のように書かれている.
 
カゴメ株式会社 (社長:寺田直行、本社:愛知県名古屋市) は、金沢大学医薬保健研究域附属脳・肝インターフェースメディシン研究センター (太田嗣人准教授、長田直人助教) との共同研究により、ブロッコリースプラウトの成分“スルフォラファン”が、脂の摂り過ぎによる肥満を抑制することを、マウスにおける試験で明らかにしました。

■本研究の目的
 脂の多い食事は、肥満やメタボリックシンドロームの原因となり、ひいては心血管疾患や認知症などの重大な健康問題の遠因となることが示唆されています。当社ではこれまでに、ブロッコリースプラウト (BS) に含まれる成分“スルフォラファン”※が、肝臓の健康維持に有効であることを明らかにして参りましたが、肥満に対する効果は未解明でした。そこで本研究では、スルフォラファンの摂取が、脂の摂り過ぎによる肥満に及ぼす効果について検証しました。
※BS中ではスルフォラファンの前駆体であるスルフォラファングルコシノレートとして存在しており、体内で分解されることでスルフォラファンに変わります。
 
 《本研究の目的》の冒頭に《脂の多い食事は》とある.これを執筆した人物は「脂」と書いて「あぶら」と読ませたいのであると推測される.
 食品学や栄養学を勉強している大学生でも知っている基礎知識であるが,「油」も「脂」も訓読みは「あぶら」であるが,意味が異なる.
 学術的に厳密な定義ではないが,「あぶら」のうちで,常温で液体であるものを「油」と呼び,個体であるものを「脂」と呼ぶ (Wikipedia【油脂】に簡単な説明がある).また「油」と「脂」を一括して呼ぶ時は「油脂」と書く.
 従って上に引用した《本研究の目的》で《脂の多い食事は、肥満やメタボリックシンドロームの原因となり》としているのは,肥満の原因は脂であり油ではないという意味になる.しかしそんな事実は存在しない.これが上の引用中の誤りの一つ.
 次に,ヒトの肥満の原因は食事で摂った「脂」でもなく「油脂」でもなく,実は炭水化物である.
 一般財団法人高雄病院 (京都) 理事長であり,糖尿病の食事療法に画期的な業績を上げた江部康二医師が『主食を抜けば糖尿病は良くなる!』(東洋経済新報社) を出版したのは2005年のことだった.Wikipedia【江部康二】から下に一部を引用する.
1974年 京都大学医学部卒業。
 1974年 京都大学結核胸部疾患研究所第一内科(現在京都大学呼吸器内科)にて呼吸器科を学ぶ。
 1978年 高雄病院に医局長として勤務し、東洋医学を学び、漢方臨床実践を行う。
 1996年 一般財団法人 高雄病院副院長就任。
 2000年 一般財団法人 高雄病院理事長就任。
 2001年 糖質制限食に取り組む。
 2002年 自ら糖尿病であると気づいて以来、さらに糖尿病治療の研究に力を注ぎ、「糖質制限食」の体系を確立。これにより自身の糖尿病を克服したと主張する。江部自身も2002年から、スーパー糖質制限食(後述)を続けている。その結果、開始後半年で-10㎏減量でき、2015年(65歳時点)まで服薬なしとのこと。
 
 江部康二医師の糖質制限食に影響を受けた実践者に,国立循環器病研究センター動脈硬化・代謝内科の部長を務めた吉政康直氏がいる.吉政氏が2009年5月1日,すなわち『主食を抜けば糖尿病は良くなる!』出版の四年後に国立循環器病研究センターの公式サイトに寄稿した文章がある.
 糖質制限食の有効性を解説したこの寄稿文は現在も掲載されており,糖尿病治療食に関する国立循環器病研究センターの現在の公式見解であるとみていいだろう.
 この吉政氏の文章中の図《図4 低炭水化物食と地中海食は低脂肪食に比べ減量に有効である》 (出典:N.Engl.J.Med. 2008;359:229-41 ) は,糖質制限食によって肥満者の体重が減少することを示している.すなわちこれを言い換えれば,肥満の栄養学的原因は糖質であるということだ.
 北里大学北里研究所病院の山田悟糖尿病センター長も,糖質制限について独自の見解を持ちつつ糖質制限療法を推進してきた一人である.山田医師が提唱した「緩やかな糖質制限」はダイエット後のリバウンドを防ぐのに有効である.
 このように江部医師,吉政医師,山田医師ら多くの医師によって糖尿病の糖質制限療法が体系化されたが,それはあくまで医学上の成果である.これに対して糖質制限によるダイエット法を確立したのはライザップだといっていい.ライザップに所属するトレーニングスタッフと医師,管理栄養士らはスポーツ医学・生理学と糖質制限を実践的に結び付け,その劇的な成果をテレビCМという形で衝撃的に私たちに提示したのである.
 しかもライザップの方法は,栄養学とトレーニング (有酸素運動および筋トレ) の基礎知識および意志さえあれば誰にでも実行できるところに意義がある.(私自身,ライザップの方法を参考にして,かかりつけの医師と相談の上で,江部方式の糖質制限とウォーキングによって体重を19kg減量し,その後は山田方式の緩い糖質制限とジムにおける筋トレとウォーキングの併用で体重を維持している)
 
 少し横道に逸れたかも知れないが,要するに糖尿病治療の研究者らとライザップによって,人間に肥満をもたらす栄養素は油脂ではなく糖質だということが確実となったのである.
 そこでカゴメが発表した《ブロッコリースプラウトの成分“スルフォラファン”が 脂の摂り過ぎによる肥満を抑制することを確認 ~金沢大学 脳・肝インターフェースメディシン研究センターとの共同研究による成果~ 》に戻ろう.
 カゴメのニュースリリースから,この研究の結果を一部引用する.
 
【試験① スルフォラファンの肥満抑制効果の検証】
■方法
マウスを3群に分け、通常食、高脂肪食、BSエキスを 2.2% (重量比) 含む高脂肪食 (BS エキスはスルフォラファンの供給源として使用) のいずれかを14 週間与えました。飼育期間中は肥満の指標として経時的に体重を測定しました。また、マウスの腹部X線CT画像を撮影し、画像解析により体脂肪量を算出しました。14 週の飼育期間後には脂肪肝の指標として肝臓中の中性脂肪量を測定しました。また、肥満に伴う血糖値異常を評価するために、血液を採取し空腹時血糖値を測定しました。
■結果
高脂肪食を摂取したマウスは著しい体重の増加 (図1) と体脂肪量の増加 (図2) が見られましたが、BSエキスを含む高脂肪食を摂取したマウスでは、それらが抑制されました。また、高脂肪食による肝臓中の中性脂肪量の増加 (脂肪肝化、図3) および空腹時血糖値の上昇 (図4) もBSエキスの摂取により抑えられました。以上の結果から、スルフォラファンを摂取することで、脂の摂り過ぎによる肥満が抑制されることが示唆されました。また、肥満に伴う脂肪肝、血糖値異常も抑制されることが示唆されました。
 
 高脂肪食の摂取でマウスが肥満化したとの実験結果が正しければ,これは取りも直さず実験用マウスと人間とでは,肥満になる原因が異なるということを意味している.
 従って,マウスの肥満を抑制する物質はマウスの肥満を抑制するのみであり,ヒトには無効である.
 すなわちカゴメ株式会社のこの研究は,いわゆる「ネズミの栄養学」であり,私たちの栄養と健康には関わりのないことなのである.
 ちなみに「ネズミの栄養学」においてよく用いられている餌がどのようなものか紹介しておこう.
 次に示すのは,実験動物用飼料のメーカーとして有名なオリエンタル酵母工業株式会社製の肥満モデル作成飼料「F2HFD2」の組成である.出典は同社が2012年に作成した資料《生活習慣病関連モデル飼料配合のご紹介 Ver1.5 》である.
 
[表1]
F2HFD2 高脂肪飼料の組成
  ラード          58%
  魚粉           30%
  脱脂大豆         10%
  ビタミン,ミネラル混合   2%
 
 この飼料の栄養素含量とカロリー比は以下の通り.
 
[表2]
栄養素含量概算値 (100g中) とカロリー比概算値 (%)
 総カロリー   640kcal
   蛋白    24.5g      15%
   脂肪    60.0g      82%
   炭水化物   7.5g       3%
 
 二番目の表を見れば,「ネズミの栄養学」の研究者がマウスに与える高脂肪食というものが如何に異常であるかが明白である.
 ラードの中に少量のタンパク質が練り込まれているが,自然な環境にいるネズミはこんな餌は食べないだろう.言い換えれば,この餌を食べてしまうマウスは,人為的に作り出された異常な嗜好を持つネズミなのである.
 またこれを人間に置き換えてみれば,よほどの飢餓状態にでも置かれなければこんな食べ物は口にしないし,できない.食べても嘔吐するか消化不良を起こすだろう.「高脂肪食」の内容を調べると「ネズミの栄養学」が如何にリアリティのない研究であるかということがよくわかる.
 
 頭の悪い研究者や食品会社が社会に垂れ流す「〇〇は体にいい」という情報の根拠を調べると,上のカゴメの研究のように,私たちの健康に無関係な「ネズミの栄養学」でしかなかったりすることがある.この種の嘘を信じ込まぬよう心したいものである.

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2018年3月30日 (金)

愚劣プレジデントオンライン

 プレジデントオンラインに和井直という男が《安倍vs佐川は"150年ぶりの戊辰戦争"だ 》と題した雑文を書いていた.(掲載日時は 2018/03/29 15:15)
 この男がどういう人物か知らない (ネット検索しても資料が出てこない) が,たぶん安倍晋三礼賛の御用ライターであろう.それにしても目下の状況を《安倍vs佐川》と書くところからして頭がおかしい.御用ライターや評論家で,そんなことを書いている者は他にいないのではないか.現在問題になっている公文書書き換え事件を《安倍vs佐川》と捉えているメディアは,私が知る限り一つもないし,一般国民もそんな風には考えていないと思われる.
 TBSテレビ,朝の情報番組『ビビット』で堀尾正明特別МCが,証人喚問の場で佐川前国税庁長官がすべてをぶちまける可能性はあるだろうかと発言したところ,政治評論家の有馬晴海氏は「佐川前国税庁長官は官僚以外の人生を知らない.すべてぶちまけることで,これまでの人生をご破算にすることはないはず.ひたすら刑事訴追のおそれがあるから証言はしないとの態度で貫くと考える」という趣旨 (録画していないので氏の発言そのままではない) の発言をした.そして実際,その通りに証人喚問は進行した.
 有馬氏が言うところの「これまでの人生をご破算」にしないという言葉の意味は,佐川氏が政権に抵抗することなくこのピンチを乗り切れば,官僚OB社会のバックアップによって,どこかの会社の顧問とか大学教授とかへの転身が可能だということだ.そして,きっとそうなるだろう.
 現政権は佐川氏に責任を取らせることでこの事態を収拾するつもりであるし,先日の証人喚問中継を視聴した国民は,佐川氏もそれを承知しているということに確信を持ったと思われる.現況は和井直が書く《安倍vs佐川》という構図では全くないのである.
 
 以上は前振りである.
 和井直の雑文が許せぬのは,今回の公文書書き換え問題において,安倍晋三を明治新政府軍に喩え,佐川氏が福島県いわき市出身であることから佐川氏を会津藩に見立て,当該雑文のタイトルに《150年ぶりの戊辰戦争》と書いていることだ.
 普通の頭の持ち主であれば,権力に無抵抗の佐川氏を,明治新政府に抗戦した会津藩に比喩することはあり得ない.
 和井直は
自民党関係者は語る。
「政治的圧力をかけたとの疑惑がかかる安倍首相は、長州藩士の血を引きます。そして、政権から主犯とされた前国税庁長官、佐川宣寿は1957年、福島県平市(現・いわき市)に生まれました。目下の政局は『第二次戊辰戦争』と指摘されています」

と書いているが,そんな馬鹿なことを言う自民党関係者がいるものか.学校教育を受けている限り,そんな無知なことを言う人間がいるはずがない.嘘捏造もいい加減にするがよい.
 プレジデントオンラインは,先日も《昇格後も藤井六段が連勝を続けられる理由 》と題した記事 (文責はプレジデント編集部) で,
詰将棋で身につけた力を土台にして、さらに自分を成長させる勉強法を藤井四段はいろいろ考えました。ネットで対局し、研究会を続け、ソフトもプロ三段になってから使い始めた。他の棋士よりも基礎的な実力がついていたから、より急激に伸びることができたんです
などの嘘を書いた.将棋のプロは四段からである.将棋のファンでなくても常識としてそれくらい知っている.この記事を書いた人間は,将棋の知識が皆無なのであろう.プレジデントはビジネス誌の世界で三流雑誌と目されているが,ほとほと呆れてものが言えない.
 
 余談になるが,安倍晋三の政権続投に自民党内部からも疑問符がつけられていると報道されている.
 もし安倍晋三の続投がなくなったら,これまで安倍の政策をひたすら擁護してきた御用評論家,例えば宮崎哲弥なんかはどうするのだろう.態度を豹変させるだろうが,その無様が見ものである.

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2018年3月29日 (木)

白川郷と雪中立往生の旅 (一)

 概ね旅行というものは一人で出かけるのが好ましい.
 ではあるけれど,交通手段が限られているとか宿泊施設の予約が取りにくいとかの理由で個人ではなかなか行きにくい観光地もある.
 そういう場合は,旅行代理店のツアーに参加するのが手っ取り早い.特に最近はクラブツーリズムが企画する「ひとり旅」の人気が高いようだ.ツアー参加者全員が一人参加という縛りのあるこのツアーに私はこれまで何度も出かけている.
 おもしろいことに私の経験では,このツアー企画に参加する男性が比較的高齢なのに対して,女性参加者には高校生からお婆さんまで色んな年代の人たちがいるということである.
 もっとも,多くの現役勤労世代の男は旅行なんか出かけている暇はないのだと考えればこれは頷ける.また,メディアや生保などが行った各種の調査結果によると,旅慣れない男たちは定年後に何かというと妻と一緒に行動したがるという.いわゆる濡れ落ち葉である.
 これに対して女性は若い頃から旅慣れている (これまた私の経験だが,ツアー参加者の男女比は圧倒的に女性が多い.参加者二十人のうち男は私一人というツアーもあったくらいだ.よかったよかった) から,濡れ落ち葉の夫との旅行なんか楽しくもないので願い下げらしい.
 
 さて先日,昨年十一月に四国の大塚国際美術館へ行った話を書いた.そのあと,年が明けた先々月はクラブツーリズムの一人参加限定ツアー
〈ひとり旅〉『世界遺産・五箇山の合掌造りで郷土料理の昼食 白銀の世界遺産「白川郷ライトアップ」2日間』【1名1室確約】
に行ってきた.
 若い頃に観た映画『男はつらいよ』の何作目かであったか,寅次郎が白川郷らしき土地を歩いているシーンがあった.それ以来,一度は白川郷を訪ねてみたいものだと思っていたので,クラブツーリズムのメルマガに『世界遺産・五箇山の合掌造りで郷土料理 ……』のツアー募集が載っているのを見て即決参加申込をしたのだった.
 
 このツアーはバスとJRを併用し,ホテルはシングル確約だからちょっと割高で,一泊で三万九千八百円だ.
 一日目のコースは以下の通り.
 朝9:00新宿発の「あずさ9号 (松本行)」に乗車し松本まで行く.到着は11:56で,車中で弁当の昼食.
 
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 松本に着いたら現地チャーターのバスに乗り,白川郷へ向かう.
 まだ日没前,最初に私たちは荻町地区にある「野外博物館 合掌造り民家園」を訪れ,自由散策時間を持った.ここは白川村において一般財団法人として観光事業を行っている施設だ.
 財団の概要は公式サイトに次のように記載されている.
 
名称  一般財団法人白川村緑地資源開発公社
 所在地 岐阜県大野郡白川村大字荻町2499
 設立日 平成25年4月1日
 設立の目的等(定款より)
 この法人は、白川村の産業を伝承し、また地場産業を育成する事により、農家所得の向上及び地元就労機会の増大を図り、白川村の振興発展に寄与する事を目的とすると共に、その目的を達成するため、次の事業を行う。
(1)野外博物館合掌造り民家園の施設及び園地整備
(2)野外博物館合掌造り民家園の管理運営
(3)農産物等の加工販売
(4)白川村の伝統文化の研究、開発及び保存
(5)その他この法人の目的を達成するために必要な事業
 
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 上の引用中《白川村の産業を伝承し、また地場産業を育成する事により、農家所得の向上及び地元就労機会の増大を図り、白川村の振興発展に寄与する事を目的とする》とある部分がこの財団の主目的だろう.
 つまりこの博物館は《農家所得の向上及び地元就労機会の増大》のために,合掌造りの家屋を移設してきて作った人為的な観光施設である.しかし園内には,この地区の過疎化の歴史について書かれた資料を写真と共に展示している建物もあり,それはツアーの前にネットで仕入れた浅薄な情報よりも,しみじみと心に沁みるものではあった.
 また合掌造りの中で行われていた養蚕と,江戸時代に蚕の糞から塩硝が作られていた地場産業の歴史資料も勉強になった.この博物館は訪問の価値ありと思う.
 
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 博物館を出発し,日が暮れた頃,私たちの乗ったバスは白川郷に近い山の中腹にある大きな郷土料理店に到着.
 この店に詰め込まれたツアー参加者は,何の変哲もない,有体に書けば粗末な「郷土料理」で早めの夕食を摂った.
 
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 そして食事のあと,料理店のすぐ脇にあるツアー客専用展望台から,眼下に一望される合掌造家屋のライトアップを見物した.
 
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 こうして写真にするとちょっといい光景だが,実際の肉眼ではチャチな印象を受けた.
 その後,またバスに乗車して白川郷に隣接した駐車場に行き,バスから降りて雪が積もった白川郷の中を自由行動で散策.
 
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 自由行動時間のあと,参加者はバスに再集合し,バスは宿泊地である富山に向かった.
 ざっとこんな内容のツアーであったが,しかし大きな問題があった.
 問題とはツアーの謳い文句である『白銀の世界遺産「白川郷ライトアップ」』である.
 こう聞けば誰だって,合掌造の家屋が点在する里に雪がしんしんと降り積もり,屋根に雪を載せた合掌造をライトが照らす幻想的な光景を想像するだろう.
 ところが私たちが見たのは,昼間の東京の繁華街のごとく密集した観光客の群れ,雑踏だったのである.
 Wikipedia【白川郷・五箇山の合掌造り集落】から下に引用する.
 
観光地化
世界遺産登録後、急激に観光客が増加している。五箇山は世界遺産登録直後に約60万人から90万人に急増したが、その後やや落ち着き、2001年以降は70万人から80万人くらいで推移している。
これに対し白川村は、世界遺産登録の数年前には年間観光客数が60万人台後半で推移していたが、2002年には150万人を突破した。
急激に進んだ観光地化は、地域社会の生活面で様々な問題を引き起こしている。実際に人が住んでいることへの配慮に欠ける観光客が勝手に戸を開けるなど、住民のプライバシーを尊重しない重大なマナー違反もしばしば指摘される。
また、生活道路にまで観光客の自家用車が多く見られ、無断駐車も含め、住民生活に悪影響を及ぼしている。そうした混雑が観光地の良さを減殺しているとも指摘されており、白川村では2009年9月から大型バスの通行規制が敷かれている。
観光客の増大を受け、白川村では旅館、土産物屋、喫茶店などが次々と建てられた。昭和40年代の景観を守るのが理想でも、それ自体がかなり困難になっているという認識は、世界遺産登録から2年と経たない時点で、関係者から示されていた。こうした観光客目当ての建物群は景観保護との関連で問題視され、観光客がひしめいて騒々しいこととあわせ、かつての物静かな山村の景観が失われた度合いは危機遺産に相当するレベルと見なす者もいる。他方で、白川村ではすでに第一次産業従事者が激減しており、高速道路全通に伴い従来の公共事業も減少していくとなれば、今後さらに観光業への依存度が高まるという予測もある。
なお、観光客の増大とは逆に一人当たりの滞在時間は減っており、宿泊客はむしろ漸減傾向にある。特にトイレ休憩・ゴミ捨て休憩を兼ねて短時間しか滞在しない団体旅行客の存在は、村にとって環境悪化を招くだけという指摘もある。滞在時間減少の理由としては、観光客の側に世界遺産の価値を深く理解しようという意思が欠けていることや、交通の便が良くなったことで往復が容易になったことなどが指摘されている。
 
 私が目撃した白川村荻町地区は上に記述されている通りであり,「日本三大がっかり」の一つと言われても仕方ないかも知れない.しかし,合掌造りライトアップなんぞというチャチなイベントを見物にやってきた私もまた,世界遺産をこんな「がっかり観光地」にしてしまった《ひしめいて騒々しい》観光客の一人であるわけで,そう思った私は,叱られた子供のように少しうなだれた.中原中也なら,白川郷の有様を見て,汚れちまった悲しみに,と歌うだろう.
 
汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる
 
 そしてうなだれた私は心の底に沈んだ悲しみを紛らすために,村のメインストリートにあった立飲み屋に入り,窓に降りかかる小雪を見ながら芋焼酎をロックで呷った.世界遺産の雪見酒だ.うまかったのでお代わりした.おいおい.
 
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(続く)

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2018年3月27日 (火)

ララのファーストミッション

 昨日,映画『トゥーム・レイダー ファーストミッション』を観てきた.
 娯楽作品としていい出来だと思った.
 
 ゲームの Tomb Raider シリーズ (ゲームファンの前に第一作が颯爽と登場した当時は  "Tomb Raiders" と複数形だった) の歴史は長い.第一作は1997年2月のリリースだが,この当時の Windows はゲームのプラットフォームとしては非力で,"Tomb Raiders" は DOS ゲームとして開発された.そして当時有名だったあるメーカーの特定のビデオカードと,Tomb Raiders 用に特化されたドライバの上で,第一作は驚くべき臨場感をプレイヤーに堪能させたのだった.
 第一作の成功のあと,続編が制作されたが,実写映画化もされ,これは主演したアンジェリーナ・ジョリーの出世作となった.ゲームは知らなくても映画の『トゥーム・レイダー』を観たことがある人は多いだろう.これは続編も制作された.
 だがゲーム Tomb Raider シリーズは次第に無理ゲー化していき,ファンの心はこのゲームから離れた.
 そのため開発元の Eidos Ltd. (2009年より日本のスクウェア・エニックスに買収された)は,2006年にそれまでの開発方向性を転換し,コアなゲーマーではない人々にも受け入れられる新生 Tomb Raider として "Tomb Raider Legend" を発売した.
 これは再び欧米で大ヒットし,作中のヒロインであるララ・クロフトの人気は日本でも復活した.

 日本語版サブタイトル『レジェンド』以降,第一作のフルリメイクである同『アニバーサリー』,また『アンダーワールド』と続いた同シリーズは2013年にはララ・クロフトのキャラ設定をリセットしたリブート作『トゥームレイダー』を送り出した.さらに2015年にリブート第二作『ライズ オブ ザ トゥームレイダー』が発売され,今年2018年にリブート第三作『シャドウ オブ ザ トゥームレイダー』がリリース予定だ.
 
 とまあゲーム Tomb Raider シリーズの解説をしたのは,映画『トゥーム・レイダー ファーストミッション』がリブート後のシリーズを背景にしているからだ.
 旧シリーズを基にしていたアンジェリーナ・ジョリー主演の二作よりもいい出来だと私は思う.今回の『ファーストミッション』のラストシーンは,続編が制作されることを示唆している.楽しみに待ちたい.
 主演女優のアリシア・ヴィキャンデルがもう少しゲーム中のララ・クロフトの容姿に似ていればさらによかったのだが.

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2018年3月25日 (日)

徳島 大塚国際美術館 (二)

 翌朝,ホテルをチェックアウトしてタクシーで徳島駅前へ.
 駅前バス停の運行表によれば,9:00に徳島バスの鳴門公園線に乗車すれば10:14に大塚国際美術館に着く.
 暫く待っているとバスがやってきた.私は右手に suica を持って中ドアからバスに乗り込んだが,そこに交通系ICカードをタッチする読取機がないことを知って軽く驚いた.つまりこのバスの運賃支払いは現金のみなのであった.
 suica など全国各地に普及した交通系ICカードの間に互換性ができたのは,もうかなり前の話だ.首都圏に住んでいると,今はもう電車やバスの運賃は言うに及ばず,私鉄系デパートでは弁当や惣菜に至るまで suica など交通系ICカードで買える.この利便性に慣れ切った私は,よもや suica が通用しないなんてことがあるとは思いもしなかった.
 
 バスが発車したあと車内前方にある運賃表示ディスプレイを見ていると,やがて大塚国際美術館前運賃として表示されたのは二百八十円だった.
 そこで財布にある小銭を勘定したら,二百七十円だった.あちゃー,である.
 運転席脇にある両替機は千円札のみ利用可能で,そして私の財布には数枚の万札はあったが,千円札が一枚もなかった.
 こうなったら大塚国際美術館前で降りずに終点まで行くしかない.そこにはバス会社の事務所があるだろうから,そこで万札を崩してもらえばいいだろう.そう考えたのだが,これが甘かった.終点に事務所なんぞはなく,ポツンと一軒あったのは,古い木造家屋の土産物店であった.バスはその店の前で折り返すのである.
 前ドアが開いたときに私はバスドライバーに事情を話し,そこの土産物屋で万札を崩してくるから,少し待って欲しいとお願いした.ドライバーは快く「いいよ」と言ってくれたが,「だけどこの店で,一万円札でお釣りがあるかなー」とも言った.そしたらどうしよう.
 ところがその店で袋入りの名産鳴門ワカメを買った私が「細かいのなくて一万円札なんですけど,いいですか?」と言うと,店主のお婆さんはニコニコと笑顔で「はいはい,いいですよ」と言い,釣銭を数えながら,ワカメの水洗いの仕方や料理方法まで教えてくれた.まことにありがたい.
 
 バスに戻り,千円札を両替機に入れて崩し,終点までの運賃を箱に投入しようとすると,ドライバーは美術館前までの運賃でいいよ,と言った.そして
「美術館前で降りるつもりだったんだろ? だったら美術館前まで送ってやるよ」
と言った.
 徳島のバスは時代遅れかも知れないが,運転手はとても親切なのであった.そして土産物屋のお婆さんも.
 以前,四国の遍路旅に関する本を読んでいたら,四国の人々には旅人に親切にすることを当たり前に思う気風があると書かれていた.四国はいいところだ.
 
 さて到着は遅れてしまったが何とか美術館に入館できた.
 そもそもこの大塚国際美術館は,世界中の名画のレプリカを美術陶板で製作し展示しているという他に類を見ない特異な美術館である.美術陶板は,デジタルデータを基に陶板上に釉薬で絵画を模写し,焼成して製作する.印刷物のレプリカのように同じものを多数作ることが可能ではなく,模写の仕上げは手仕事である.また,絵具の代わりに釉薬を用いるから,製作の際にリアルタイムで色調や質感を確認できない.従ってこれはもう職人芸だ.
 
 大塚国際美術館の設立の趣旨は,同美術館公式サイトのコンテンツ『一握りの砂』に書かれている. 私がこの連載の冒頭に
他にも多くの大企業が芸術文化活動を行っているが,その会社の本業を基盤にしているものは少ない.その少ない例の一つが大塚国際美術館だ
と書いたのはこの設立趣旨のことである.
 実に千点を超す実物大陶板レプリカが大小様々な展示室に掲げられている様は圧巻と言う他ない.団体客は代表的なレプリカの前だけを通り過ぎるようにして鑑賞していくが,私は一つ一つゆっくり観ていったので,正直なところを言えば閉館退出する時にはかなり疲れた.観残した作品も多いので,またいつか再訪したい.
 
[追記1]
 館内に昼食を摂ることのできるレストランは一つ (「レストラン・ガーデン」) しかないが,観光バスでやってくる団体客は館外にある他の食事処で食べるのであろう.このレストランは混んでいなくて,私は待たずに食べることができた.
 メニューは多くない.私が注文したのはワンプレートの料理にパンとグラスワインが付いた「最後の晩餐 1,800円」である.公式サイトのレストラン・ショップ案内には
ここでしか味わえない!名画にちなんだメニュー
 レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」をもとに、鯛や阿波黒毛和牛、わかめ、レンコン、金時芋など徳島の食材を使った当館オリジナルの晩餐メニューです

とある.晩餐メニューとはいうものの,このレストランの営業時間は午後三時半までである.従ってこの料理は,晩餐ランチというわけわからぬ逸品である.ちなみに,「最後の晩餐」なのはパンとワインだけであり,瀬戸内の鯛や阿波黒毛和牛,鳴門のわかめ,阿波のレンコンや金時芋をキリストが口にしたというエビデンスはないことを指摘しておく.
 
[追記2]
 ミュージアムショップには楽しいお土産がたくさん用意されている.公式サイトに載っていないが,私はホワイトボードとか冷蔵庫のドアに使うマグネットを買った.
 
20180325magnet

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2018年3月24日 (土)

徳島 大塚国際美術館 (一)

 鬱々として気分の優れぬ毎日を過ごしていた昨年の終り頃,それでも気晴らしに何処かに出かけてみたいと思うことは間々あった.
 私が徳島の大塚国際美術館を訪れたのは,気分がそんな状態だった時期の十一月の末だった.
 
 芸術文化活動を行う企業としてはサントリーが有名だ.サントリーホールサントリー美術館はよく知られている.
 他にも多くの大企業が芸術文化活動を行っているが,その会社の本業を基盤にしているものは少ない.その少ない例の一つが大塚国際美術館だ.時々テレビ番組で紹介されることがあるから,知っている人は多いだろう.私も以前からこの美術館の存在は知っていたが,何となく行きそびれていた.しかし考えてみれば,美術館の展示を鑑賞するのには何か一所懸命な努力が必要なわけでもなし,腰をよいしょと上げればいいだけなのだからと思い,よいしょと腰を上げて電車に乗った.
 
 某日の朝の9:49,藤沢駅から東海道線下り小田原行に乗り,小田原で「こだま645号・新大阪行」で名古屋に行く.名古屋で「のぞみ27号・博多行」に乗り換え,岡山で降りた.これが14:27だった.
 岡山で「マリンライナー39号 高松行」に乗り,高松で高徳線・引田行に乗り換えた.引田で高徳線・徳島行に乗り継いで,徳島に到着したのは18:29だった.結局一日がかりで,何とまあ徳島がこんなに遠いとは思わなかった.w
 あとで私の娘にその旅の話をしたら「なんで飛行機を使わなかったの?」と笑われた.
 実は会社員時代に,四国は坂出に出張することが時々あり,その際は神戸にある自社主力工場への出張とセットにして段取りしていたから,当時は四国へ行くのに空路を使う選択肢は端からなかったのである.
 そんなわけで私には四国の土地勘がないものだから,徳島は坂出からちょいとすぐの距離にあると思い込んでいたのである.ローカル電車乗り継ぎの旅を甘くみていたのだ.ww
 ならば今度行く時は,JRの新幹線と在来線だけでなく高速バスを使ってみようと思って,ネットの乗り継ぎ検索サイトを使って調べたら,新神戸から淡路島を経由する高速バスが出ている.このルートなら岡山・高松ルートより圧倒的に近道だから早く徳島に着くと思われた.しかし実際には少し早く到着するだけで,藤沢からの通しで移動スケジュールを組むと,どういうわけか両ルートの所要時間は大差なくなってしまう.なぜだよ徳島.www
 
 しかし,である.
 朝遅い時刻に藤沢駅を出発し,夕刻六時半に徳島駅に到着というのは,考え様によってはなかなかいい移動スケジュールではなかろうか.ホテルにチェックインしたあと,時間を持て余すことなくそのまま街に飲みに出かければいいのだから.
 というか初めからそのつもりで朝遅く藤沢駅を出発したのである.w
 で,まずはホテルにチェックインだ.楽天トラベルで予約した一日目の宿泊は徳島グランヴィリオホテルである.一泊朝食付きで税込七千六百円だ.このホテルはルートインホテルズだと宿泊確認メールに書いてあるし宿泊料金も安いので,てっきりビジネスホテルだと思い込んでいたが,徳島駅からタクシーに乗り,着いてみたらシティホテルだった.ホテルの公式サイトを閲覧すると,大きな会議場と結婚式場のある徳島最大級のホテルだという.
 前から感じていたのだが,四国はホテル代が安いのではなかろうか.以前,坂出出張の際に定宿にしていたサンルート系のホテルは,確か五千円台で泊まれるプランがあって,しかも朝食バイキングが充実していた.
 いつになるかわからぬが,大塚国際美術館は再訪するつもり (この巨大美術館はとても一日では観きれない) なので,次回また徳島に着た時は,徳島グランヴィリオホテルに泊まろうと思ったことである.
 
 チェックインしたあとホテルの玄関前から再びタクシーに乗り,ドライバーさんに「食事をしたいので繁華街に行ってください」とお願いすると,徳島駅からは少し離れた一角に案内してくれた.
 徳島は県庁所在地ではあるけれど小さなローカル都市だから,繁華街の大通りでも夜の七時ともなるとそぞろ歩く人はあまり多くない.飲食客はおそらくもう店の中に入っているのだろう.
 私はとりあえず飲食店街の端にある小さな居酒屋に入り,焼き鳥と刺身を腹に入れた.
 それから店を出て,大通りを散策したのだが,飲食店街はあまり広くはなく,すぐに居酒屋とは反対側の端になってしまった.そこから先はネオンサインはなく暗い道が続いていた.
 仕方ないのでそこら辺のパブに入ってみたら,私と同年代と思われるママさんが一人で営業していた.客はいない.
「ごめんなさいねー,今日は女の子が急におやすみしちゃって」
と彼女は言ったが,これは場末の店の常套句だ.女の子が急におやすみしたのではなく,バイトの女の子は週末で客が来そうなときにだけ来るのである.
 私は,若い女の子が隣の止まり木に腰かけてくれなくても一向に構わぬので,水割りを飲みながら老ママさんを相手に,彼女も私もまだ若かった昭和という時代の思い出話に興じた.
(続く)

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2018年3月23日 (金)

鎌倉 プランデルブ北鎌倉

 三月は私の誕生月で,毎年の私の誕生日には娘が店を予約して,息子にも声をかけて二人で食事会をしてくれる.我が子ながら本当に優しい娘で,手放しで自慢したい.
 今年は北鎌倉のフレンチ「レストラン プランデルブ北鎌倉」だった.娘はこの店に何度か来ているようであったが,私は初めてである.
 
 大船から北鎌倉に通じる途中に梶原という地域がある.ここは鎌倉時代の智将として今に名を遺す梶原景時の所領だった土地である.梶原氏は,鎌倉氏一族の鎌倉景通 (藤原景通) の嫡男である景久が,相模国鎌倉郡梶原に拠って梶原氏を称したことに始まる.
 この料理店の所在地は梶原と記されているが,大船から北鎌倉へ抜ける道から「プランデルブ北鎌倉」は外れている.徒歩なら北鎌倉の駅から三十分ほどだろうか,食事前に積極的に歩きたいと思う距離ではなく,そのため予約客は駅前から店まで送迎してくれる.
 
 さて私たちを乗せた送迎車が玄関 (元は純日本風邸宅だった建物を改装したという) に到着すると,ブラックフォーマルのギャルソンが恭しく出迎えてくれた.もうこのあたりで好感度は最高である.
 席へ案内されて店の中をみると客は誰もいない.私たちがランチタイム一番乗りだったようだ.それからやや間をおいて,ギャルソンが注文を取りにきた.
 ランチコースのメインをチョイスする段で,ギャルソンが「実は今日,大変よい仔牛が入っております」と言った.しかし二人前しかないので早い者順である.一番乗りだった私たちに最初に案内するということだった.
 そういうことなら魚を選ぶ理由がない.私は仔牛のローストにした.
 
 シェフ自ら接客するようなフレンドリーでカジュアルな料理店ならば,年寄りが料理の写真を撮りながら食事してもどうということはなかろうが,「プランデルブ北鎌倉」はちょっと慎んだほうがよさそうだったので写真は撮らなかった.従って料理の紹介はしないが,総じて評判通りの美味と心地よいサービスだと思う.
 特にこの日は,デザートのアイスクリームが素敵だった (訊きそびれたのだが,そのアイスクリームはこの料理店の定番デザートかも知れない).岩崎恭子さんなら「今まで生きてきた中で一番おいしい」と言うだろうに違いない.言いませんね.はい.

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2018年3月22日 (木)

国宝鑑賞の旅

 私は阪急交通社とクラブツーリズムのメルマガ (正確には広告宣伝誌だ) を購読している.
 両社から毎日のように送られてくる旅行案内を読んでいると,クラブツーリズムは高齢者のニーズをよく把握しているなあと感じる.
 例えばの例を挙げると,阪急交通社が現在募集中のツアーで次のようなものがある.
デラックスクラスホテルに泊まる!びっくり上海3日間 19,700円
(今日現在の商品説明ページへのリンクを張っておく)
 このツアーの内容紹介文から以下に引用する.
 
・3日間で内容充実の蘇州・無錫・上海観光にご案内!朝出発/夜到着のため滞在時間たっぷり♪
 ・上海料理や飲茶料理を含む計6回の食事付 (朝2回・昼2回・夕2回/機内食は除く) !
 ・阪急交通社創業70周年を記念して・・・驚きの19,700円にてご案内!
◆こだわりポイント1◆ホテル
1泊目無錫、2泊目上海とも当社基準デラックスクラスホテルにご宿泊!ゆったりとお過ごしください。(これは誤りで,実はスーペリアクラス)
◆こだわりポイント2◆空路
往復直行便利用!わずらわしい乗り継ぎなし!約2時間半で上海に到着!
◆こだわりポイント3◆食事
現地全食事付! (朝2回・昼2回・夕2回/機内食は除く) 飲茶料理や無錫料理などバラエティ豊かなお食事をお楽しみください!
◆こだわりポイント4◆観光
担当者おすすめの観光地を多く盛り込みました!!
 ・【世界遺産】ぐう園…本と詩を愛する隠れ家的庭園。蘇州9つの古典園林の一つです。
 ・【世界遺産】京杭大運河…2014年に新しく世界遺産に登録された2500年余の歴史を持つ運河です。
 ・豫園商城…発展を続け、高層ビルの建ち並ぶ上海の中に明代に造られた街並みが残る場所です。
 ・外灘…西洋式高層建築が建ち並ぶかつての政治と行政の中心地です。
 
 「担当者おすすめの観光地を多く盛り込」んだ上海三日間のツアーが二万円を切る価格だから,そりゃ確かに「びっくり上海」だ.深い興味を覚えたので,旅程を詳しく見てみた.
 旅程説明に書かれている内容を逐次的に解説するのは止めておくが,結論としてこのツアーは,トイレ休憩まで「散策」などと称して「担当者おすすめの観光地を多く盛り込」んだことにしている.そしてツアーの「重要事項」に《※当コースは観光中に最大4ヵ所の土産店へご案内させていただくことが条件となっております》としている.
 すなわちこの「びっくり上海」は,昔ながらの旅行土産店引き回しツアーなんである.
 こういう古臭い企画の商売をしているから,業界第六位の地位に甘んじているのだと思う.
 
 これに対して業界第三位の KNT-CTホールディングス (旧近畿日本ツーリストを母体とする持株会社で取扱額業界第三位;ちなみに第一位はJTB,二位は楽天) 傘下の事業会社であるクラブツーリズムは,単なる旅行代理店ではない何でもありな社風のようで,Wikipedia【クラブツーリズム】に次のように書かれている.
 
従来からある店舗営業型の旅行業とは違い、新聞広告や会員情報誌で旅行商品を提供して電話やインターネットで申し込みを受け付けるダイレクトマーケティングを主力とする。取扱品目としては、主に中高年向けの国内外ツアーを主催している。会員情報誌「旅の友」の配布によるメディア販売を中心としており、店舗販売の比率は少ない。「旅の友」は「エコースタッフ」と呼ばれる独自の配達員によって会員宅へ配布される。エコースタッフもまたクラブツーリズムの会員である。顧客が情報誌を周辺の顧客に配るというユニークなシステムであり、現在約8,000人を数える。また、趣味のサークル活動やカルチャーセンターも主催しており、旅行だけに留まらない会員組織化を進めているのが特徴である。
 
 カルチャーセンターどころか家事代行サービスまでやっている.(笑)
 上の引用に《主に中高年向けの国内外ツアーを主催している》とあるが,中高年の知的関心のツボを押さえた企画を色々と提案している.
 で,昨日はその企画の一つである《『定期講座「国宝」 第1回 「奈良の世界遺産 法隆寺・東大寺」編』に参加してきた.講師は有名な橋本麻里さん.
 この講座はただの講演会ではなくツアーという位置付けで,下の画像は案内書のリーフレットと旅行案内明細書だが,普通なら「講演会場」と書くところを「集合場所」,また「開催日」を「出発日」としたり,あるいは「最少催行人員」と書いたりするセンスはなかなかいい.
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 講座のテキストとして小学館『週刊 ニッポンの国宝100』(一冊六百八十円) が二冊も付いて二千五百円は破格の安さである.この日のツアー (笑) 参加者は二百人だったが,売上から講師謝金を引いたら多分利益は出ていないはず.ということは,この講座は「神社仏閣巡りの旅」というツアー企画の販促なのだろう.
 さてその「神社仏閣巡りの旅」がなかなか格調高いのだ.
 例えば《<神社仏閣めぐりの旅>『<30名限定・ハイキング中級>小学館協力企画 3つの国宝 「三佛寺投入堂」「出雲大社」「浄土寺阿弥陀三尊像」 2日間』: 59,900 円 ~ 64,900 円 》 を見て頂きたい.上海で土産物店を引き回されるツアーとはエライ違いだ.www
 『国宝』講座には今後も参加する予定だが,講師の橋本麻里先生が講座だけでなく神社仏閣ツアーに同行してくれるなら十万円出しても参加する.www

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2018年3月20日 (火)

傑作の復刻

 昨年五月の記事《英国軍の恋人》で,
 
このような第二次大戦末期の1944年,米国で『ドーヴァーの白い崖』(原題:The White Cliffs of Dover) が公開された.(映画情報はここ)
 この映画の音楽はハーバート・ストサートが担当したと Wikipedia にあるが,Vera Lynn の "The White Cliffs Of Dover" とは同名異曲であるらしい.混同しているブログが散見されるが,それはおそらく誤りであろう.
 映画 "The White Cliffs Of Dover" は輸入盤DVDが入手できるが,普通のリージョンフリーソフトで再生できるかどうか不明なので,購入して音楽を確認するのは躊躇している.
 
と書いた.
 Vera Lynn の "The White Cliffs Of Dover" と映画 "The White Cliffs Of Dover" は同じタイトルだが無関係であることを確認してみたいということである.
 この時は Amazon 内を検索したものの見落としがあって,輸入盤の他に実は日本製機器で再生できるリージョン2盤である邦題『ドーヴァーの白い崖』が販売されていたことに先日になって気が付いた.ただしこのDVDは,シャープ社製再生機器では視聴できないとか,他社製機器でも2007年以前に製造された機器では再生できない可能性が高いという問題があるようだ.おまけに価格が四千円超で,映画作品としての価値と見合うかどうか,かなり怪しい.
 ところが更によく調べたら『戦争映画 パーフェクトコレクション 勝利への出撃 DVD10枚組 ACC-076』という,軍事オタク向けかも知れないB級映画の企画盤に日本語字幕版『ドーヴァーの白い崖』が収録されていた.価格はリーズナブルというかほとんど叩き売りなので,注文してみた.
 
 大ヒット曲と同名の別作品である『ドーヴァーの白い崖』とは事情を異にして,映画自体は凡作だけれど主題歌 (曲) は不滅のヒット作品であることもある.例えば邦題『恋愛専科』(トロイ・ドナヒュー, スザンヌ・プレシェット) の主題歌『ア・ル・ディラ』や,『避暑地の出来事』の主題曲『夏の日の恋』だ.
 DVD『避暑地の出来事』は以前から Amazon で買えたが,同『恋愛専科』は長らく入手困難だった.それが最近,やはり Amazon で購入できるようになっている.
 上の二作品は映画としてはB級だろうけれど,その映画音楽は私たち高齢者にとって忘れがたいものだ.
 そしてつい最近,映画も音楽も傑作という作品が復刻された.『大砂塵』である.主題歌はペギー・リーの『ジャニー・ギター』だ.
 最近私は,人間はいつあの世に行くかわからんなあという心境に立ち至ったので,ちょっといいお値段ではあるが,臨終に際して心残りのないように『恋愛専科』『避暑地の出来事』『大砂塵』を注文した.

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2018年3月19日 (月)

老人とジム

 一昨日の記事に書いたように,最近私はスポーツクラブに通って,ジムで筋トレをしている.
 何事によらず調べてから実行に移す性質である私は,クラブに入会する前に,ジム関するブログ情報を詳細に調べた.
 すると,予想したことではあるが,ジムでも団塊世代の爺さん婆さんは若い人達から嫌われていた.
 
 まず,私たち爺さんが若者に嫌われる理由は,その不潔感である.典型的な人物像を描くと,前頭部の頭髪は後退に後退を重ねているにも関わらず,白髪の後ろ髪を未練たらしく伸ばして,そのままでは兜を放り出して逃げてきた落武者のようであるから,髪ゴムでまとめる.一時期の志村けんがやっていた,あのヘアスタイルである.湘南片瀬の海岸でこのタイプの高齢サーファーを見かけることがある.
 
 次に,団塊爺さんは化繊の衣類が肌に合わない.子供の頃からグンゼのランニングシャツとBVDのブリーフで育ってきたからである.
 しかし基本的にランニングでもトレーニングでもアウトドアスポーツでも,着用者の年齢に関わらず,ウェアは吸汗速乾性に優れるポリエステル製品 (伸縮性が必要な場合はポリウレタンとの混紡が多い) 一択である.
 しかるに綿100%の衣類から離れられない一部の爺さんは,ジムに街着のTシャツとハーフパンツを着てきてしまうのだ.
 結果,絞れば汗が滴り落ちるほどシャツとハーフパンツはぐちょぐちょになり,マシンのシートと背もたれを濡らしてしまうのである.若い女の子がこれを見たら,悲鳴を上げて逃げ出し,ジムを退会してしまうだろう。
 そうならないのは,団塊爺さんは会費の安いデイタイム会員であるのが普通で,そんな時間帯にジムに来るのは若い娘たちではなく,体格よりも小さな衣装をセクシーにまとった高齢のフラダンスお婆さんたちだからである.よかったよかった.
 
 とはいうものの,私の通っているスポーツクラブで,上述の如き汗だらけ迷惑老人は一人だけである.
 こいつがどんな迷惑行動をやっているかというと,エアロバイクと呼ばれる自転車のようなマシンに乗り,競輪選手がゴール直前に追い込みをかけるときのような異常な速度でペダルを回転させ、手にタオルを持ってずっと顔と腕の汗を拭いているのだ.私はこいつの隣のエアロバイクに乗り,横目でチラ見したのだが,流れる汗はまさに滝の如く,ほとんど異常発汗というべき状態であった.そして驚くべきことに,脇の下の汗まで拭いて,その濡れたタオルをマシンに備え付けのボトルホルダーに突っ込んだのである.
 
 私はクラブに入る前にコンビニでペットボトルのお茶を買い,トレーニング中はそれを飲んでいるのだが,上記の爺さんの行動を目撃してからは,ボトルをホルダーにいれないことにした.小さな袋に入れて床に置いている.床のほうがなんぼかましである.
 
 基本的に筋トレでは普通は汗をかかない.汗をかくのは有酸素運動のほうである.有酸素運動の色々なマシンの中で,シートと背もたれがあるのはエアロバイクくらいなものでしはないか.そして有酸素運動として一番負荷が低いのはエアロバイクなのである.
 だからエアロバイクはトレーニング開始前の脚慣らし程度にしておけばいいのだが,そのエアロバイクで競輪の真似をしている件の爺さんの無知が哀れである.
 
 しかし,他人の振り見て我が振り直せ,である.他人に迷惑をかけぬよう細心の心構えで行動し,体格よりも小さな衣装をセクシーにまとった高齢のフラダンスお婆さんたちに「すてきなお爺さんだわ」と思われたいものである.あー思われたくないです.
 
[追記]
 すてきなお爺さんの例といえば,デューク更家をおいて他にないが,しかし私はあれはちょっとやり過ぎではないかと思う.思いますよね.思いませんか.はいわかりました.

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2018年3月17日 (土)

生還復帰

 フリーアナウンサーの上柳昌彦さんが,ニッポン放送『上柳昌彦 あさぼらけ』の中で,前立腺がんの手術をすると公表したのは昨年末のことだった.そして無事にがんの摘出を終えて『あさぼらけ』に復帰した上柳さんは「これからサバイバルが始まります」と言った.サバイバルが成功するかどうか不安はあるだろうに,毎朝元気な声を聴かせてくれている.
 昨年は,五月に小林信彦氏が脳梗塞で倒れ、週刊文春の連載『本音を申せば』を半年間休載したが,現在は復帰して同連載に「生還」を執筆しておられる.
 昭和七年生まれの高齢者である小林氏や私よりも年下の上柳さんの気力を見習って,今日から私もブログに生還復帰しようと思う.
 
 私の会社員時代の同期組で定年まで会社に残った者は,全員が六十歳を越してから大手術を経験した.病名は前立腺がん,大腸がん,膀胱がん等々だ.
 私は四年前に心筋梗塞直前に心臓バイパス手術を受けて,二ヶ月も入院した.その入院生活で筋肉が衰えた (基礎代謝が低下した) のに食事量を減らさなかったせいと思われるが,退院後にジワジワと体重が増加し,92キロにまでなった.完全なメタボで,血液検査の結果は何項目も異常値を示し,今回の術前には血糖値および血糖の平均的状態を示すヘモグロビンA1cは危険水域を突破してしまった.
 このままでは今回の手術自体の成功が危ぶまれたので,かかりつけの内科医と相談して糖尿病の治療を開始した.
 幸いにして私は食品栄養学はお手の物であるし,糖尿病の糖質制限治療に関する知識も人並み以上にあるので,糖質制限の実行は簡単だった.
 薬物療法と一ヶ月の糖質制限を行った結果,今は完全に正常値になっている.かかりつけ医は,こんなに短期間に糖尿病が治癒する例は珍しいですよと驚いていた.
 その過程で糖質制限のダイエット効果を実感したので,現在もいわゆる「緩い糖質制限」を続けており,体重は二十キロの減量に成功した.あともう少しで青年時代の体重に戻る.
 
 とまあ簡単に書いてはみたが,上柳昌彦さんほどの精神力のない私は,自分はサバイバルできるかが不安で術後に文章を書く気力が萎え,鬱々としてブログを長期に休載してしまったのである.
 ところが気力,精神力というものは肉体に支えられているらしく,年明けからダイエットの一助としてスポーツクラブに入って筋トレを始めたところ,再び文章を書いてみようかと思うようになった.文武両道とはこのことかと膝を打ったのである.(違う)
 というわけで,またブログを書くことにする.

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