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2017年9月 1日 (金)

Goodbye Brother

 先月,《2017年8月11日 一粒の理想を握りしめて 》の末尾に次のように書いた.

誰が言ったか忘れたが,映画批評というものは「読んだ人を映画館に出かけさせてナンボのもの」なんだそうだ.
 その意味で桜庭一樹はなかなかよい映画批評家であるかも知れない.これまでアメコミ映画をバカにしてきた私を,『ワンダーウーマン』を観に行く気にさせたからである.

 このように書いた通り,昨日,『ワンダーウーマン』を観てきた.
 私がシートを予約したこの日の最初の上映は 12:10 からで,満席のシアター内部には子供の姿は見当たらず,割と観客の年齢層は高めかなという印象だった.
 公開前には Wikipedia【ワンダーウーマン】に詳細な解説は書かれていなかったと思う.『ワンダーウーマン』は,目を皿のようにしてスクリーンを見つめなけりゃならぬ作品ではない娯楽映画だということもあって,私は予備知識なしで映画館に出かけたのだが,現在は,鑑賞後に作品を振り返るのに必要十分な記述がなされているので,あとでレビューを書くのにありがたい.

 さて桜庭一樹は,週刊文春に連載している映画評欄で

王女が成長して女王になる物語に必要なシーンとは、なんだ?
それは純粋だった主人公に「手を汚させる」ことなのだ。嫌悪していた悪に自ら染まり、血濡れてしまった手に、それでも残った一粒の理想を握りしめ、あなたも、わたしも、かつて王国を継いだ。


とレビューを書いた.
 だがこの桜庭一樹のレビューに感心して劇場に足を運んできた私は,映画のほんの導入部で,腰が抜けるほど驚き,二千五百円のエグゼクティブシートから転げ落ちたのであった.

 物語の始まりは神話世界である.
 神々の王ゼウスは,自らの姿に似せて,地上に人間を創造した.
 だが,ゼウスと最高位の女神たるヘラとの間の子である戦いと狂乱の神アレスは,人間を世界を穢すものとして憎み,これを滅ぼさんとしてゼウスに戦いを挑んだ.
 その最終決戦でゼウスは倒れ,アレスは何処かに姿を消した.
 今際の際にゼウスは,アレスの復活に備えてアマゾン族の女王ヒッポリタに「ゴッドキラー (神殺し)」を託した.そして来るべき戦いのその時まで,太平洋上の孤島セミッシラにバリアを施し,一族を島に秘匿温存した.(ただしギリシア神話においてアマゾン族は戦神アレスを祖にする一族であるから,これは映画独自の設定である)
 映画『ワンダーウーマン』第一作は,この「ゴッドキラー」を巡る物語である.

Amazonbattle

武装したアマゾン像
(
Wikipedia【アマゾーン】から引用;著作権料フリー画像である)

 さてセミッシラで王女として育てられた女王ヒッポリタの娘,ダイアナ・プリンス (かつてバリアを通り抜けてセミッシラを訪れ,アマゾン族を守るために命を落とした女性がいた.この女性の名,ダイアナ・トレバーを称えて王女はダイアナと名付けられた) は,ある日,たまたまバリアを飛行機で潜り抜け,不時着したアメリカ陸軍航空部のキャプテン,スティーブ・トレバーを救助し,彼から外部世界で起きている戦争すなわち第一次世界大戦のことを聞く.奇しくもスティーブ・トレバーはダイアナ・トレバーの息子であった.

 スティーブの語る世界大戦の話から,この戦争がアレスの仕業であると直感したダイアナは,人間世界を守るために,スティーブに同行して島を出ることにする.人間世界を守ること.それがゼウスから託されたアマゾン族の使命だからである.
 だが小さな船で島を出ようとしたダイアナは母ヒッポリタに見つかってしまう.
 外の世界へ旅立つダイアナに女王は言う.

母「行けば戻れなくなる」
ダイアナ「それでも世界を守りたいの」

 娘ダイアナが我が手元を去ることは神話時代からの定めであること,アレスとの決戦の時が来たことを承知していた女王は,静かに娘を見送る.

 ここまでがプロローグであるが,ここでダイアナはアマゾンの女王にはならないことが明示される.(「行けば戻れなくなる」)
 いやほんとに驚いた.桜庭一樹は『ワンダーウーマン』を《王女が成長して女王になる物語》と書いたが,ダイアナはアマゾンの女王にならないと物語の冒頭で明示されたのであるから,シートから転げ落ちずにいられようか.
 ではダイアナは成長して何者になるのか.
 それは作品を観て頂くのがよろしいからここには書かない.
 ただし物語のクライマックスで,アレスに勝利したダイアナの台詞が "Goodbye Brother" だったとだけ書いておこう.

 いずれにせよ,桜庭一樹がレビューに《それは純粋だった主人公に「手を汚させる」ことなのだ。嫌悪していた悪に自ら染まり、血濡れてしまった手に、それでも残った一粒の理想を握りしめ》とかなんとか,もっともらしく書いたのは,呆れたことに『ワンダーウーマン』のストーリーとは大違いの,全くの大嘘だったのである.
 桜庭は一体全体,試写室のスクリーンで何を見ていたのだ.居眠りこいていたのか.それとも頭が悪くて物語の進行が理解できなかったのか.
 頭が悪くてストーリーがわからなかったとすると,桜庭の小説が実につまらぬことと符合するから,たぶんそうなのであろう.にしてもだ.でっち上げの原稿を書いて原稿料を文春からせしめても,嘘でたらめであることはすぐにばれる.そういうやり方で世渡りするのは,物書きとして恥ずかしくはないのか.

 ま,三流作家のでたらめな映画レビューに騙されて私は『ワンダーウーマン』を観たのであるが,怪我の功名というか瓢箪から駒というか,結果論として映画『ワンダーウーマン』自体は一級の娯楽映画であると言っていいだろう.よかったよかった.
 ついでに言うと,主演のガル・ガドットがとてもいい.でもこの『ワンダーウーマン』で女優として色が着いてしまうとこれから大変かなと思う.エマ・ワトソンはハリポタでは少女だったから,成長した姿を違和感なく『美女と野獣』で見せてくれたけれどね.

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