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2017年9月22日 (金)

BCL 残照 (一)

 先日,使用済みで不要になったハードディスクが七台にもなってしまったので,秋葉原に行って破壊してもらうことにした.
 ハードディスクは,以前はソフマップあたりが有料で破壊処理していたのだが,最近は無料でやってくれる小さな店がある.幾つも破壊処理するとバカにできない費用になるので,無料サービスはありがたい.これからは何か買うときは,ソフマップではなくその店にしようと思う.
「何個ありますか」と感じの良い女性店員さんが訊くので「七個です.いつの間にかたまっちちゃうんですよね」と言うと,「ですよねー,この間は九つも持ってきたお客さんがいましたよー」と彼女は言った.

 破壊してもらったお礼を店員さんに言い,その店を出てすぐ近くのドスパラのパーツ店に行って驚いた.
 あれほど広かった店舗の面積が,見る影もなく大幅に縮小されていたのである.
 そして品揃えは全くもうだめになっていた.私は若い男の店員をつかまえて Windows10 のDSP について少し話をしたのだが,店員としての覇気がまるでなく,商品知識が少なくて頼りない.価格も高い.ドスパラって,もしかすると実店舗はもうダメなのかも.私もドスパラは通販を利用することが多いし.

 ドスパラの次は真空管屋を梯子した.
 買いたい球があるというわけではなく,美しい欧州の古典管を眺めるのは目の保養だからである.
 最後はラジオセンターの内田ラジオに足を向けた.
 真空管ラジオのパーツは,稀に未使用の美品が出ることがあり,そんな珍品を内田ラジオで発見したら,要不要にかかわらず買っておかねばならない.こういうものは一期一会だ.
 だが,先程のドスパラにも驚いたが,センターの二階から内田ラジオがなくなっていたので,もっと驚いた.
 あとで調べたら,内田ラジオは一年以上も前に閉店したらしい.秋葉原電気街で最も有名な店主であった内田夫人はどうされたのだろう.お元気ならよいが.
 しかし内田ラジオはなくなったが,その跡の空いたスペースに入っている新しい店は,内田ラジオと全く同じテイストの店だった.ラジオ用真空管もあるし穴開け加工済の五球スーパー用シャーシもある.内田ラジオが店名を変更したのだと言われれば信じてしまいそうだ.これなら当分は秋葉原をウロつく楽しみに困らない.よかったよかった.

 で,その店の棚を見ると,トリオの通信型受信機 9R-59  (参考までに他の人のサイトに掲載されている 9R-59 の取説を紹介させて頂く) が陳列されていた.真空管式通信型受信機が全盛期だった頃の名機である.
 その陳列品は外観がとてもきれいであった.店の人に確認はしなかったが,ひよっとしたらリストア済品かも知れない.この 9R-59 は私がラジオ少年だった頃の憧れの機種だったのだよねーと,思わず遠い目になった.
 値段は四万円以上するのだが,もしこれがリストア済だったとすると少し高いという気がしないでもない.この種の,もはや性能的に実用機とは言い難い受信機は,自分で修理してノスタルジーを楽しむところに価値があると思うからだ.
 私は「買います」と喉から出そうになるのをぐっと堪えて,次に内田ラジオの斜め向かいの店に入った.
 そこで私は,往年の松下製 BCL ラジオ"PROCEED 2600",型番 RF-2600 が棚の最上段に陳列されているのを見た.ポップに「S級美品 調整済」と書かれていた.
 TRIO 9R-59 の次が PROCEED 2600 ときたか.ボクシングに喩えれば,第三ラウンドが始まるや否や,顎に一発食らったあとにワンツーパンチでボディブローを打たれてマットに膝から崩れ落ちた気がした.
 松下の BCL ラジオはクーガー・シリーズの製品が余りにも有名だが,それとは別のブランドでプロシード・シリーズがあった.そのうちの PROCEED 2600 は,BCL 趣味が最盛期を過ぎた頃の傑作機である.(また他人の褌で恐縮だが,資料サイトを一つ御紹介する)
 ソニーのスカイセンサー ICF-5900 を例えば陸軍一式戦「隼」とすれば,松下のクーガー2200 (資料サイト) は海軍零式艦上戦闘機であり,そしてプロシード2600は BCL 時代の最後に本土防衛の任に就いた紫電改であった.
 高雄基地駐留帝国海軍第701飛行隊の生き残り,滝城太郎一飛曹は,松山343航空隊,通称「剣部隊」に編入され,紫電改に搭乗して国土防空に奮戦するが,終戦を目前にして特攻に出撃したのである.
 意味わかりませんか.そうですか.私もわかりません.

 ともあれ,かつてラジオ少年たちが深夜,海外への憧れを胸に各国からの日本語短波放送に耳を傾けた BCL の時代が終わり,我が国のアナログラジオ設計製造技術はこれ以後衰退の道を辿った.トランジスターラジオ・メイドインジャパンの昔日の栄光は今やソニー ICF-EX5MK2 ただ一機の上に残照するのみである.

 そんなことを考えながら私は,腹の底からふつふつと湧き上がる物欲に耐えつつ自問した.
 本当にこれが欲しいのか? インターネットが短波放送の命脈を絶ったのに,今更 BCL をして何の意味がある?

(続く)

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