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2017年8月27日 (日)

筋トレを詐称するウォーキング

 私には,教養はないが栄養はある.おい.

 だがしかし,現在の私の過剰な体重を元に戻すのに必要なのは,栄養を身に着けるのではなく,ダイエット理論を学んで教養を身に着けることである.
 そういう事情でダイエットを始め,緩い糖質制限食プラス坂道ウォーキングにより,現在は3kg/monthのペースで減量している.まあこんなところでいいかも.

 十年以上昔のダイエット理論界は,有酸素運動「信仰」が全盛期だった.「信仰」と書いたのは理由がある.当時のマスコミに露出の多かった高名な学者たちが,揃って減量に有酸素運動が有効であるとしていたのであるが,それは今から考えると何の根拠もない思い付きだったからである.

 ダイエットだけではなく,昭和の健康「医学」(カッコ付です) の方面でも,「一日一万歩」の旗のもとに,全国あちこちで無数の老人たちが「○○歩こう会」なんぞを結成し,老人というのはただでさえ傍若無人であるのに,団体ともなればもう怖いものなしで,歩道を幅一杯に占拠して歩く光景が至る所で見られた.
 私の住処に近い鎌倉市は,観光地である中心部を除くと割と静かな住宅街なのだが,昔はそういう所にも老人たちが溢れまくり,赤の他人の家の庭に勝手に入り込み,「あーら,この山野草の鉢がすてきねー」とほざいて,その鉢をリュックに入れて持ち帰るのであった.要するに窃盗老人会なのである.
 若いころの私はそういう恥ずべき年寄りたちを何度も目撃したので,ああいう年寄りにはならないぞと心に決め,ついでに坊主憎けりゃ袈裟まで何とやらで,「一日一万歩」というスローガンそのものに反感を持っていたのである.

 さて信州大学大学院医学系研究科に,私とほぼ同世代の能勢博という先生がいる.
 疾患予防医科学系専攻・スポーツ医科学講座の教授で,毎日新聞のコンテンツ医療プレミア》に掲載されたプロフィルには次のようにある.

1952年生まれ。京都府立医科大学医学部卒業。京都府立医科大学助手、米国イエール大学医学部博士研究員、京都府立医科大学助教授などを経て現在、信州大学学術院医学系教授(疾患予防医科学系専攻・スポーツ医科学講座)。画期的な効果で、これまでのウオーキングの常識を変えたと言われる「インターバル速歩」を提唱。信州大学、松本市、市民が協力する中高年の健康づくり事業「熟年体育大学」などにおいて、約10年間で約6000人以上に運動指導してきた。趣味は登山。長野県の常念岳診療所長などを歴任し、81年には中国・天山山脈の未踏峰・ボゴダ・オーラ峰に医師として同行、自らも登頂した。著書に「いくつになっても自分で歩ける!『筋トレ』ウォーキング」(青春出版社)、「山に登る前に読む本」(講談社)など。

 この能勢教授が著書『いくつになっても自分で歩ける!「筋トレ」ウォーキング』の中で次のように書いている.(Kindle版の位置No.219/1288)

「健康のために、1日1万歩歩きましょう!」というのは、よく聞く言葉ですよね。
 この1 日1万歩、本当に効果があるのか、考えたことはありますか。
 私が行ってきた、長野県松本市の「中高年の方向けの健康スポーツ教室」でも、健康寿命を延ばすため、また生活習慣病を予防するために、1日1万歩のウォーキング指導をしていたことがあります。
 しかし、その効果は期待するほどのものではありませんでした。1日1万歩歩くことで、高血圧や血液の濁りはわずかに改善するものの、目に見えて大きな変化は見られなかったのです。1日1万歩歩いた方と、特別な運動をしなかった方との差がほとんど見られない調査結果に、歯がゆい思いをした記憶があります。さらに、1万歩歩いた人の多くは、歩行で使うはずの太ももの筋肉量が期待するほど上昇せず、がっかりしたものです。

 思った通りである.暇な老人がだらだらと一万歩歩いたところで,ひとんちの鉢植をかっぱらうのがせいぜいで,健康長寿になんかなれるわけがなかったのである.そういう婆 もしも長寿になれたら阿弥陀如来の仏罰が下るであろう.

 それはそれでよいが,この能勢教授,研究者として少しおかしくはないか.
 私たちの体の骨格筋 (横紋筋) を構成する筋繊維には,大きく分けて二種類に分けられる.ミトコンドリアに富み,酸素を使用した持続的な収縮の可能な遅筋線維と,ミトコンドリアは比較的少なく解糖系よる瞬発的収縮が可能な速筋線維である.
 そもそも,有酸素運動であるウォーキングで使われる太腿の筋肉の筋繊維は遅筋線維であり,この筋繊維は有酸素運動をしている限りは増えない.大腿筋を増やそうとすれば,無酸素運動によって速筋線維を増やす以外の方法はない.これはもう三十年前に確立した筋肉理論である.この定説が覆ったという話を私は耳にしていない.

 然るになぜ能勢教授は《1万歩歩いた人の多くは、歩行で使うはずの太ももの筋肉量が期待するほど上昇せず、がっかりしたものです》と書いているのか.

 一日一万歩だろうが三万歩だろうが,ウォーキング程度の筋肉刺激で大腿筋が増えるはずがないのである.もし増やすトレーニング方法があったとすれば,一大ニュースである.
 その観点で能勢教授の『いくつになっても自分で歩ける!「筋トレ」ウォーキング』および『図解 いくつになっても自分で歩ける!「筋トレ」ウォーキング』の二冊を読んでみると,能勢教授は「筋肉を増やす」ことと「筋肉を鍛える」ことを巧妙に混用していることがわかる.

 『図解 いくつになっても……』の帯に以下の惹句が書かれている.
ニューヨーク・タイムズ紙でも大々的に紹介 生活習慣病を予防し、10歳若返る 元気と健康のもと、ミトコンドリアが増加 歩き方を変えると「健康寿命」が延びる!
 教授が提唱しているのは「インターバル速歩トレーニング」と称するものだが,これが健康にいいとしても,わざとらしいウケ狙いで「筋トレ」ウォーキングと言い換えているところがあざとい.ウォーキングはどんなに運動強度を高めても絶対に筋トレにはならないのであるが,大衆向けの本でこのような言い換えをして世人を欺くのは学者として二流の証である.

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