『キング・アーサー』を弁護する (五)
前回の記事《『キング・アーサー』を弁護する (四) 》の末尾を再掲する.
《こういう人は横に置いといて,私は,エクスカリバーの出自由来を観客に知らしめる上で,『キング・アーサー』の脚本はよくできていると思う.
ところが,レビュー《不親切 》が掲載されているのと同じ映画レビューサイト《映画.com》では,作文を投稿している何十人もの子どもたち (知識がないことの婉曲表現) が皆揃ってアーサー王の物語を知らないせいか,誰もこの脚本のアイデアに触れていない.
そこで次に,『キング・アーサー』で描かれた聖剣エクスカリバーの物語の概略を示そう.》
その最初に,映画『キング・アーサー』のプロローグにほんの少しだけ登場するモルドレッドを紹介する.
まず映画の観客は,一般教養とは言い難いが,以下のことを知っておく必要がある.
第一のエピソード.昔々,古代エジプトに住んでいたヘブライ人家族に美しい子が生まれた.その頃,エジプトにヘブライ人が増えることを懸念していたエジプトの王ファラオは,ヘブライ人の男児を殺すよう命令した.
ヘブライ人家族に生まれた美しい子は,出生後しばらく人目に隠れて育てられたが,やがて隠し切れなくなり,パピルスのかごに乗せてナイル川に流された.しかし奇跡的に助かって成長し,モーセと名付けられた.(旧約聖書の『出エジプト記』に見えるエピソード)
長じたモーセは神の命を受け,ヘブライ人を乳と蜜流るる「約束の地」 (Wikipedia【カナン】を参照;現在のパレスチナ周辺) へと導くことを自らの使命とする.
モーセはファラオに会ってヘブライ人がパレスチナへ大挙して移動する許しを求めたが、ファラオは拒絶した.そこでモーセの神は,エジプトに対して空前絶後にして残虐魔道の行いである「十の災い」を下した.
エジプト中の長子を無差別殺戮されたファラオは遂にモーセとその神に屈服し,ヘブライ人たちがエジプトから出ることを認めた.(旧約聖書の『出エジプト記』に見えるエピソード;そんな超常的魔力があるなら勝手に出て行けばいいとブログ筆者は思うが,ヘブライ人の神は,ヘブライ人以外の人間を苦しめるのが仕事なのだろう)
第二のエピソード.昔々,ユダヤの支配者であったヘロデ王は,星を見て救世主が誕生したことを知り,拝もうとベツレヘムにやってきた東方の三博士から「新しい王」(イエス・キリストを指す) の話を聞いた.
ヘロデ王は「新しい王」に自分の地位が脅かされることを恐れ,ベツレヘムで二歳以下のすべての男子を殺害するよう命じたという.(新約聖書の『マタイによる福音書』に書かれた伝説だが,他の福音書には記述がなく,創作とされている;Wikipedia【幼児虐殺】を参照のこと;「幼児虐殺」は西洋宗教画の画題として有名で,中野京子先生の著書にも解説がある)
さて第三のエピソードはアーサー王の物語である.
Wikipedia【モルドレッド】から下に引用する.
《アーサーの甥、もしくはアーサーがモルゴースとの近親相姦でできた不義の子とされる。マーリンはそのモルドレッドのことを暗に示し、「5月1日に生まれた子供が、アーサーの王国を滅ぼすだろう」と予言する。 その結果、王国中の5月1日生まれの子供がモルドレッドを含めて集められ、船に乗せて海に流される。 しかし、モルドレッドは奇跡的に助かり、ナブールに助けられて成長し、騎士としてアーサー王の前に現れた。》
これらエピソードの成立時期からすると,アーサー王の最強の敵であるモルドレッドの出自は,第一と第二のエピソードの影響を受けている.
影響を受けたのは構わぬが,アーサー王を含めて,どうしてこうも古代の権力者たちは揃いも揃って幼い子どもたちを殺戮するのであろうか.
特に旧約聖書における「十の災い」は酷い.酷すぎる.私たち日本人のメンタリティは,これを受け入れ難い.イスラエルを含めて欧米の諸国民は,神による悪魔の如き所業を何とも思わぬのであろうか.
ま,それは別の話として,『キング・アーサー』において監督ガイ・リッチーは,さすがに悪逆非道の王アーサーの物語がファンタジーとして観客に受容されるように基本設定を整理し直した.
アーサーの宿敵モルドレッドの名だけ残し,モルドレッドはアーサーの父王と戦った悪の魔法使いとし,プロローグだけに登場させてあとは知らぬ存ぜぬことにした.(笑)
(続く)
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