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2017年7月 1日 (土)

昭和の時代考証 (了)

 有村架純ちゃんがヒロインみね子をやるから,何か時代考証話のネタにでも思って今日まで我慢して『ひよっこ』を観続けてきたが,ふんとにもう今日 (第78回「ビートルズがやって来る」) は酷かった.観るのが苦痛だった.
 何が酷いかというと,みね子の父の弟が,当時こんな阿呆なビートルズファンは居なかったぞと怒りたいほどに,軽薄な戯画化をされていたのである.
 どういうことかというと,その低劣漫画的な叔父が,農業の仕事と義父の法事をほったらかして突然上京し,みね子と一緒に赤坂の町中で「兄きーっ」とか「とうちゃーん」とか長々と絶叫するのである.NHKの朝ドラは酷いと伝え聞いてはいたが,まさかここまでとは思わなかった.
 馬鹿放送局は自分を馬鹿メディアとは思わぬらしく,NHKの番宣サイトにこんなことが書いてある.

突然、東京にやって来た宗男(峯田和伸)。ビートルズの公演のチケットは持ってないのにウズウズして来てしまったと言う。みね子(有村架純)は、さっそく早苗(シシド・カフカ)、島谷(竹内涼真)らあかね荘の住人に宗男を紹介する。美代子(木村佳乃)の様子をみね子に伝えると、「行きたいところがある」と言いだす宗男。それは実(沢村一樹)が目撃された場所だった。そこで宗男は意外な行動をとる。

 《意外な行動》は上に書いた絶叫であるが,その前に《突然、東京にやって来た宗男》は,一体どういうわけの事柄だ.農繁期の農家の主が《ウズウズして》《突然、東京にやって来》れるはずがない.農家と農業をナメるんじゃない.

 しかもこの叔父は,亡くなった義父の法事に出ないというのである.非常識極まりない.北関東の人間はそういうことをする人たちだと脚本家の岡田惠和は言いたいのか.茨城県人に何か恨みでもあるのか.何か茨城を見下したい悪意でもあるのか.あるいはビートルズにトラウマでもあるのか.ふざけるんじゃないぞ,と北関東生まれの私は怒る.
 来週は腰が抜けるほど御都合主義の顛末があって,ビートルズ東京公演のチケットが手に入るような予告をしていたが,ふざけるんじゃないぞっ.(怒)

 実はこの二週間の『ひよっこ』は,ドラマの舞台がラジオ製造工場の時よりもさらに幼稚園の演芸会化が進行していた.(それでもあの頃はラジオ工場の女子工員たちの合唱部のコーラスがとてもよくて,私は大いに感心して観ていたのだが)
 岡田惠和は,三宅裕司や白石加代子に,こんな馬鹿ドラマに出演させてまことに申し訳ないと平身低頭謝るべきである.
 朝ドラは短い十五分番組であるとはいえ,視聴は時間の無駄としか思えないので,今日で私は『ひよっこ』を観るのをやめることにした.

 さて最後に,『ひよっこ』の時代考証についてまとめて文句を言う.
 みね子が入居した木造アパートの家賃が四畳半で五千円だが,当時の相場はもっと安かったはずだ.東京の安アパートの家賃は,ドラマよりずっと後の昭和四十五年にやっと一畳千円になったはずである.
 それに対して,喫茶店のチョコレートパフェが『ひよっこ』中では百円以下である.しかし都心のパフェではその二倍はしたのではないか.

 それから,洋食店「すずふり亭」の主人 (宮本信子) と従業員一同が揃って昼食を摂るシーンがあったが,宮本信子さん以外の出演者全員が,いただきまーすと言いながら合掌した.
 しかし,そもそもこの合掌して「いただきます」と唱えるのは,浄土真宗本願寺派や真宗大谷派が昭和の中頃に提唱した運動 (*註1) なのである.
 私は少年時代に,大谷派の布教ラジオ番組「東本願寺の時間」などを通じて,リアルイムでこの運動の提唱を聴いたが,父親は他の宗派だったので,我が家では父が「飯のときに仏さまを拝むようなマネをするんじゃない」と言ってこれを退け,私たち子どもは合掌せぬように躾けられた.
 浄土真宗本願寺派や真宗大谷派にあれこれ指図される以前から,私たち東日本の庶民は,食事を始めるときに合唱することなく「いただきます」と唱えてきたものだが,この古くからの食文化に基づく作法は,お米の流通の川上からいうと,まず農家の人々が田んぼの神様に祈ったことに起源がある.
 農家以外の家庭では,家長が田んぼの神様とお百姓さんに感謝の意を表して「いただきます」と言った.
 その家族は,田んぼの神様とお百姓さんのご苦労と,家族に食事を与え,支えてくれる家長に感謝して「いただきます」と一斉に唱えたのであった.
 私の生きてきた時代では,小学校の給食の時間でも,中学高校の昼飯の時でも,合掌なんぞする生徒はいなかった.(今は生徒は教員に合掌を強制されるという話を聞いたことがあるが)

 しかるに浄土真宗本願寺派や真宗大谷派が「いただきます,は命を頂くという意味です」とする珍説 (「お命頂戴っ」は時代劇の台詞だ w ) を唱え,食事をする時は仏さまに合掌しましょうと信徒に教えた.田んぼの神様とお百姓さんへの感謝の心を食事の場から排除し,代わりに浄土真宗を持ち込んだのである.
 この食事流儀 (私はこれを作法とは認めない) は,浄土真宗が仏教各宗派の中でもメジャーである関西地方でやがて広まったが,東日本に伝わったのは昭和の後期である.(珍奇な食文化 (*註2) は,西から東に伝播する.恵方巻を見よ)
 だから宮本信子さん (北海道生まれの七十二歳) が『ひよっこ』のそのシーンで敢えて合掌しなかったのは,時代考証的に正しいことなのである.

 私がテレビ番組を見た限りでは,満州生まれにして気骨ある九州人である草野仁さん (七十三歳) も食事を始めるときに合唱しない.手を膝に置いて,かるく頭を垂れて,いただきます,と言っている.
 食事開始にあたっての合掌は,私のような老人から見れば最近の軽重浮薄な流行に過ぎない.私は今も合掌をしたりはせず,心中で「お百姓さんありがとう」と感謝して箸を取っている.草野さんもそうではなかろうか.
 田んぼの神様すなわち米への素朴な信仰と,お百姓さんありがとうの心.これは昭和が平成に伝え損なった食文化の一つである

(*註1) 《新「食事のことば」解説》を資料の一つとして挙げておく.
 ネット上の記事を調べると,浄土真宗が広まっている地方の若い人 (還暦前 w ) たちは,食事前の合掌が昔からの習慣のように勘違いしているようだが,大きな間違いである.それは昭和後期に生まれた浄土真宗内の流儀に過ぎない.
 先日のテレビ東京『世界!ニッポン行きたい人応援団』を観ていたら,アルゼンチンのブエノスアイレスにある日亜学院の生徒たちの日常が紹介されていた.
 それによると,この学校の生徒たちの給食では,いただきますとは言うが合掌なんかしない.このアルゼンチン在住邦人の子弟向けの学校 (現在は日系人以外の生徒のほうが多いという) が設立されたのは1927年 (昭和二年) であるが,浄土真宗の流儀はアルゼンチンにまでは伝わらなかったと見える.
 そもそもの話をすれば,鎌倉時代の武家作法を源流とし,江戸時代に庶民にも広まった小笠原流の作法では合掌しない.これは時代考証的に当然だ.
 これが明治になると,政府は国威発揚の一環として国民共通の礼儀作法を定め教育せんとした.明治四十三年に内示され,大正二年に発表された『小学校作法教授要項』である.
 その後,この要項に続いて中学校,女学校用の「要項」が整備され,これに基づいて教科書が作られた.
 その教科書の一つ,『小学作法 尋常科第一学年』には次のようにある.

十四 ゴハン ヲ イタダク トキ
ゴハン ノ トキ ハ、キット テ ヲ アラヒマス.ソシテ、オハシ ヲ トル マヘ ニ、
 「イタダキマス.」
ト、 ゴアイサツ ヲ イタシマス.

 また女学校作法要項には,次のように書かれている.

食事を始めんとする時は食膳に向い一礼し同席者ある時は相互に会釈し、……》

 このように,明治から大正にかけて政府が指導した国民共通の礼儀作法においては,食卓で合掌するなどという不作法は影も形もなかったのである.(作法教科書からの引用の出典は横山験也『明治人の作法』,文春新書)

(*註2) 例を挙げると.京都が発祥とされるノーパン喫茶,ノーパン焼肉,ノーパンしゃぶしゃぶ,大阪生まれのノーパンラーメンなどがある.
 特に素晴らしいのは,ノーパンラーメンであった.
 これは,ついさっきまで麺を茹でていた女性店員が,ショータイムーっの掛け声とともにカウンターの上に昇り,踊り始めるのである.度肝を抜かれた客は,丼を見たらいいのか,それとも見上げたらいいのか,もうどうしたらいいのかわからなくなるのであった.これは友人から聞いた話であるので,そこんとこ宜しくです.

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