『キング・アーサー』を弁護する (六)
前回の記事《『キング・アーサー』を弁護する (五) 》の末尾を再掲する.
《ま,それは別の話として,『キング・アーサー』において監督ガイ・リッチーは,さすがに悪逆非道の王アーサーの物語がファンタジーとして観客に受容されるように基本設定を整理し直した.
アーサーの宿敵モルドレッドの名だけ残し,モルドレッドはアーサーの父王と戦った悪の魔法使いとし,プロローグだけに登場させてあとは知らぬ存ぜぬことにした.(笑)》
アーサー王の物語を,本稿ではこれまでもアーサー王「伝説」ではなくアーサー王の「物語」と書いてきたのは,一般に知られているそのストーリーが,狭義の「伝説」ではなく,作者が明らかな伝奇小説『ブリタニア列王史』に書かれていることだからである.
その『ブリタニア列王史』や,これから派生した作品に関する Wikipedia の項目を調べていくと理解できるのだが,アーサー王の物語が成立したヨーロッパ中世の倫理観は,現代のそれとはかなり異なっている.
アーサ王自体が,近親相姦や友を裏切ることなんか平気という 糞野郎 悪人であるし,その妻は不倫女なので,これをそのまま映画化したのでは,いくら何でも青少年の教育に悪い.
愛する者を守らんがためにフォースの暗黒面に堕ちたダース・ベイダー卿と,その魂の再生の物語は,かつて私たち映画ファンの共感を得たが,ヒーローが最初から悪人では話にならぬ.R指定のダーク・ファンタジーという方向もあるだろうが,ガイ・リッチー監督はそうしなかった.私もそれに賛成だ.
とはいえ,素材が悪いから,『ハリー・ポッター』の連作のような愛と勇気,正義と友情の物語にはとてもならない.
そこでガイ・リッチー監督が取った手段は,アーサー王の物語の主要人物の名前だけ拝借して,そのキャラクター自体は全面的に自分の構想に従って作り直すことであった.
まずアーサーの父王であるユーサー・ペンドラゴンだが,こいつはロクデナシで,敵国の王妃に岡惚れし,敵王を倒して王妃イグレインを略奪した.
この王妃イグレインに産ませた子がアーサーである.
この辺りを Wikipedia【ユーサー・ペンドラゴン】はこう書いている.
《当時は略奪婚など珍しくなく、勝者こそが姫を奪うことが許されていたのである。姫、妃は勝者の側につかないことには生存すら許されないのである。アーサー王物語はその部分をカットせずに伝えている。》
閑話休題.
ガイ・リッチー監督は,ユーサー・ペンドラゴン王とその不義の子アーサーのことには触れない.そして,血は争えぬと言うべきか,後にアーサー王が,父王の不道徳を上回る近親相姦で成した不義の子であるモルドレッドの名を転用した.
モルドレッドと名付けられたのは『キング・アーサー』のプロローグに登場する悪の魔法使いである.
この魔法使いモルドレッドは強大な力を有していたと見えて,ペンドラゴン王家の助言者である大魔術師マーリンは,自らはモルドレッドとの闘いを避け,その代わりに一振りの剣を鍛えてユーサー・ペンドラゴン王に与えた.これでモルドレッドを倒せというわけだが,この剣こそが『キング・アーサー』では聖剣エクスカリバーなのである.
(続く)
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