『キング・アーサー』を弁護する (二)
昨日の記事に書いたレビュー《不親切 》の筆者は,それでもレビュー中で「アーサー王伝説」と書いているだけマシで,中には偽書であるジェフリー・オブ・モンマスによる『ブリタニア列王史』を歴史書だと信じ込んでいる可哀相な人もいて,余談だが,これ↓がそれ..
このブログ↑の筆者は,文中に
《歴史書に書かれている内容をもとに、家系と関係を書き直してみよう …… (家系図) …… ※ブリタニア列王史による》
として,偽書『ブリタニア列王史』を歴史書だと言い切っている.そしてこの筆者はプロフィールに次のように書いている.
《「ウェールズ歴史研究家」たなかあきら
「歴史が深く素朴で仲間を大切にするウェールズの歴史を知ってもらい」という思いから、ウェールズの歴史を活かした執筆活動をしています。
ウェールズに住み歴史を学んだ経験を活かし、このブログでは歴史の紹介や歴史の創作ストーリーを書いています。
皆さんに楽しんで頂ければ嬉しいです。》
この自称歴史研究家,年齢は不明だが驚いたことに著書が二冊ある.
そのうちの一つ『6人のアーサー王を追え! (ウェールズ歴史研究会)』はアマゾン Kindle版で二百五十円という低価格だが,『ブリタニア列王史』を歴史書だと書くような人の本なぞ誰が読むだろうか.(=「読みはしない」の反語的表現)
ま,「たなかあきら」さんは放っておいて,レビュー《不親切》に戻る.
三番目の引用箇所は以下の通り.
《見所はと言えば,聖剣エクスカリバーが本領を発揮してものすごい威力を見せるところだが,全編の中でほんの僅かでしかなく,あとはただひたすら暗い画面で物語が進行するのみである。敵の裏事情にも立ち入った話は興味があったが,あんな代償を払ってまで王になって何が嬉しいのかと全く同感できなかった。》
この引用箇所は,レビュー《不親切》の筆者が映画『キング・アーサー』のストーリーを全く理解できていないことを示している.
ストーリーをかいつまんで言うと,アーサーの父王が悪の魔法使いとの戦いに勝って国民の称賛を浴びた時,アーサーの叔父であるヴォーティガンの心中に,兄王への嫉妬が芽生えた.
古来,悪魔というものは,人の心に生じた嫉妬心を見逃さない.
まずは夢魔を使役して,ある事ない事を人の心に吹きこむ.
次に富や権力や超人的な力を与えようと持ち掛ける.なにがしかの代償と引き換えに.
ヴォーティガンはこうして悪魔に魅入られ,城の地下にある船着き場で悪魔と取引 (兄王を殺害し,王位を簒奪すること) をした.
これは『キング・アーサー』の前半でわかりやすく示唆された事柄であるし,ファンタジー世界では,小説でもゲームでも戯曲 (*註) でも映画でも,頻繁に描かれるお約束の進行だ.レビュー《不親切》の筆者は,おそらくファンタジーに疎いのであろう.たぶん『キング・アーサー』を歴史物の映画だと思っていた筆者氏は,これが理解できなかったようだ.
また,この人は《あんな代償を払ってまで王になって何が嬉しいのか》と書いているが,ヴォーティガンが嬉しいかどうかなんてことは悪魔にとってどうでもいいことだ.ヴォーティガンを権力欲にまみれさせ,人の心を失わせて破滅させることが悪魔のお仕事なのである.
レビュー《不親切》の筆者が《あんな代償》と書いているのは,悪魔が,国王の座と引き換えにヴォーティガンに要求した「代償」のことである.それは,ヴォーティガンに最愛の娘を自らの手で殺害させることだった.
『キング・アーサー』の最後に近いシーンで,抱きしめた我が娘の背に短刀を突き刺す時,ヴォーティガンは泣いた.僅かに残っていた人間の心がヴォーティガンをして泣かせたのである.
そして最愛の娘の遺体を悪魔に渡したあと,完全に超人的魔物と化したヴォーティガンは,聖剣エクスカリバーを手にしたアーサーと最終決戦を戦うのである.
これはもうファンタジーとしてほんとにわかりやすい展開であり,《あんな代償を払ってまで王になって何が嬉しいのかと全く同感できなかった》とか書いているようでは,兄王への嫉妬を発端に,遂に悪魔に心を売り渡してしまったヴォーティガンが流した血涙の理由を理解できなかっただろう.
つまりは,映画を楽しむには,それなりに必要な知識と感性というものがあり,それを持たぬレビュー《不親切》の筆者は,『キング・アーサー』中に張られた伏線も,伏線の回収も見落としたに違いなく,これはつまり《不親切》の筆者氏は,観る映画の選択を間違ったということなのである.それじゃあこの人はどんな映画を観たらいいのか,私にはちょっと思いつかないのであるが.
(*註) ファンタジーではないが,周知のようにシェイクスピア『マクベス』も,魔女が人の心に欲望を吹きこみ,破滅させる物語である.
(続く)
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