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2017年5月 6日 (土)

ダメミステリー『純喫茶「一服堂」の四季』

『美女と野獣』を観に行く途中で本屋に立ち寄り,移動中や映画館ロビーでの時間つぶし用に東川篤哉『純喫茶「一服堂」の四季』を買った.
 若い頃はどんな本でも手あたり次第に読んだものだが,この歳になると死ぬまでの残された時間が惜しいから,本を買って読むにあたっては,できるだけハズレは引きたくない.その点,東川篤哉は『純喫茶「一服堂」の四季』の著者紹介文を読むと『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞を受賞した作家だとあるから,大丈夫と思ったのだ.
 が,大外れだった.
 というか,作家として大丈夫か,この人.

 ミステリーの感想文ではネタバレを書いてはいけないというのがお約束だが,『純喫茶「一服堂」の四季』はあまりにもダメダメな連作作品集 (四話から成る) なので,遠慮しないことにする.
 で,この連作はトリックに全くリアリティがない.実際にやってみろと作者に言いたい.
 例えば第二話「もっとも猟奇的な夏」では,磔にした死体を田んぼに立てて案山子にみせかけるというトリックが使われるのだが,作者は実際の案山子を見たことがないと思われるのだ.

20170506a
(Wikipedia【かかし】から引用;パブリックドメイン画像である)

 つまり人間の死体を磔にするための十字架は,かなりの強度が必要だから,角材とか板の木材を使うとなると,その「案山子」の外観が,華奢な作りの本当の案山子 (一例は上の画像) とは似ても似つかないものになってしまうのだ.
 木材ではなく鉄とかアルミ合金のパイプなら細い支柱にすることができるが,その死体を磔にした十字架は,死体自体が重量物だから,柔らかい田んぼの土に穴を掘り,支柱を立てて根元に土を埋める方法では,立てても倒れてしまう.
 倒れないようにするには支柱を上から叩いて,地面に深く突き刺せばよいが,これには建設機械が必要になる.ダメなトリックについてこれ以上,ダメな理由を詳しく解説しないが,殺人犯はそんなことができる状況にないのである.
 こういうトリックを思いついたら,ホームセンターで材料を買ってきて,人間を縛りつけてその「案山子」とやらを作って,田んぼに立てて確認すればいいと思うのだが,思い付きだけで書かれたのでは,金を払う読者はいい迷惑だ.

 また最終話「バラバラ死体と密室の冬」では,犯行が密室状態の一軒家で行われたと見せかけて,実は殺人犯は汲み取り式トイレの金隠しの穴から出入りしたというトリックが使われている.
 これも上と同様で,作者は汲み取り式トイレの金隠しの実物を見たことがないと思われる.そんなことは小学生でも無理だ.というか,子供が跨いでも誤って落ちないような横幅にしてあるのだよ,あの穴は.見たことがないなら,実物を探して調べろ.

 このように,この作家はミステリーの書き手として致命的な頭の構造をしている.東野圭吾の作品でも読んで少しは勉強しろと言いたい.
 さらに言うと,ミステリー作家の資質云々以前に,社会人としてダメだ.
 次の引用箇所は,やはり最終話「バラバラ死体と密室の冬」から.
 新米刑事,黛清志の運転するパトカーの助手席に,女性刑事,夕月茜が同乗している場面である.新米刑事の運転が,かなりあぶなっかしいという設定だ.

呆気に取られる私の隣で、黛刑事は相変わらず軽々しいハンドル捌きを続けている。やはり穴があれば飛び越えるつもりなのかも知れない。
 ふと恐怖に駆られた私は、慎重を期してシートベルトを装着した。
》 (講談社文庫版,p.252)

 呆気にとられるのは読者である.
 警察官がパトカーの助手席に乗っている際に,それまでシートベルトを装着していなかったのだが《ふと恐怖に駆られた私は、慎重を期してシートベルトを装着した》というのである.
 助手席で《慎重を期してシートベルトを装着》する馬鹿野郎がどこにいるか.慎重もへったくれもない.助手席のシートベルトは必ず装着するものなのである.ましてや警察官だ.助手席でのシートベルト装着義務違反を取り締まる側ではないか.
 たぶん東川篤哉は普段,助手席でシートベルトをしていない.それどころか,助手席でのシートベルト装着義務自体を知らないのである.だからこんなことを書いて平気なのだ.講談社は,社会人として失格な男の小説を世に出してはいけない.私はこんな本を買って,金 (本体価格 \660) をドブに捨ててしまったのが悔しい.

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コメント

こんにちは。私も同作を読み、ブログが目に留まりましたので感想を拝読させていただきました。
シートベルト装着云々の表現、私もその文章が出てきた時点では「あれっ?」と思いましたが、
作品を読み進めますと、1984年を回想するシーンであったことが分かります。
シートベルト装着義務が法制化されたのは、高速が1985年、一般道が1992年で、
作者が不見識だとの、ご指摘はあたらないと思いますよ。
作者はむしろ、シートベルト装着の規範意識や法制化の推移をご存じのうえで、
30年前という時代背景を表現されたものと想像されます。
1984年であっても、警察官はシートベルト着用を推奨する立場ではあったでしょうから、
その点では議論の余地があるかとは思いますが。。。

投稿: 奥村 崇 | 2017年10月11日 (水) 05時32分

 コメントありがとうございます.
 事情があって暫く当ブログを休載しておりましたので,コメントの公開が遅れてしまいました.
 さて御指摘頂いた件ですが,私の書き方が不適切でした.前席におけるシートベルトの装着義務 (正しくは着用義務ですね.訂正します) が法制化されたのは,御指摘の1992年ではなく,さらに二十年さかのぼる1971年の道交法改定でした.ただしこの時はその他諸法との整合性をとれず,罰則の定めがない努力義務とされたのでしたね.私はこの年に教習所に通ったのですが,教官は助手席できっちりとシートベルト着用し,生徒の私も厳しく指導を受けたのを思い出します.御指摘の1992年頃には,助手席でのシートベルト着用は一般国民にかなり浸透普及していたと記憶しています.

投稿: 江分利万作 | 2018年3月22日 (木) 06時52分

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