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2017年5月 1日 (月)

炒飯 彼らの流儀

 散蓮華は,ネット上の画像を調べると様々な意匠のものがあるようだが,普通の中華料理店とかそこら辺の中華大衆食堂で使われている陶製のものは,食器としてあまりできのよいものではない.
 Wikipedia【散蓮華】にもこう書かれている.

日本で出回っている散蓮華の多くはもともとはスープをすくうサイズで口に運ぶには大きく深さもありチャーハンなどを食べるのにはあまり適していない。

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(Wikipedia【散蓮華】から引用;パブリックドメインの画像である)

 しかし《チャーハンなどを食べるのにはあまり適していない》理由は,《大きく深さもあ》るからではない.陶製の散蓮華では,皿に少し残った炒飯を散蓮華に載せようとしてもうまくいかないのであるが,それは陶製であるが故に縁が厚いからである.
 ところが,料理のお値段が比較的高めの中国料理店では,陶製の散蓮華の他に金属製 (クロムメッキした鉄製あるいはステンレススチール製) の散蓮華を出してくれるところがある.円形卓の席に着くと,各人の前に長い中国箸と散蓮華が二種置かれているといった具合.
 たぶんスープなどでは大きくて深い陶製のものを使い,炒飯には金属製のものをお使いくださいということだろう.この金属製散蓮華であれば,パラリと仕上げられた炒飯でも,難なく最後の飯一粒まで残さず食べきることが可能だ.大変な優れモノなので,家庭でも購入しておくと重宝する.通販サイトを「レンゲスプーン」で検索するとヒットする.

 とはいうものの,レンゲスプーンはあまり普及していない.
 例えば小栗旬が毎週一度は炒飯を食いたくて堪らない中華大衆食堂があるのだが,その店では陶製の散蓮華しかないのだ.

小栗旬が本気で食らうテレビシーエム

 皿に最後に残った少量の炒飯を残さず食べたい小栗旬は,意味不明な行動に出る.
 その店の料理人が中華鍋から炒飯を「炒飯お玉」で手前にシャッと掬い取るのを見ていた小栗旬は,散蓮華で同じようにできないかと思い,やってみたのだがうまくいく筈もなく,炒飯がカウンターの上に散らばってしまう.
 そして散らばった炒飯を指でつまんで食うのである.このCMを観た若い女性もおばちゃんも胸をキュンとさせるのであろう.勝手にするがよい.
 だが,こういうことは職人技であるから,家で練習を積み重ねてからやれと私は言いたい.

 小栗旬の流儀はそういうことだが,大関照ノ富士はどうするか.

チャーハンの素「おかわり」篇

 茶漬けにせよ味噌汁にせよ,汚らしい音を立てる食いかたを日本中に広めようと躍起の永谷園が遂に,皿に口を付けて炒飯を,スポスポ吸い込むような下品な音を立ててかっ込むという荒業に出たのである.
 もちろん照ノ富士が普段,こんな幼稚園児のごとき飯の食いかたをしているとは誰も思うまい.
 想像するにCM撮影の際の「あー関取,そこんところはガツガツと子供みたいに皿からかっ込んでください.そうすると激旨に見えるんで,よろしく」という永谷園側の指示に従っているに過ぎないだろう.
 要するに永谷園は,照ノ富士の祖国モンゴルをナメているのだ.照ノ富士は祖国の名誉のために,この永谷園のCMを受けるべきではなかったのである.礼儀正しいモンゴル国民を代表する姿を日本人に印象付ければ,土俵上で品性下劣な観客から「モンゴルに帰れ」などと罵声を浴びることはなかっただろう.(* 註1)
 志を抱いて日本に来たのだから,土俵外の仕事は選ぶべきであった.照ノ富士のために惜しむ.

 では,パラリと仕上げられた炒飯を,陶製の散蓮華で残さず食うにはどうしたらいいか.
 炒飯を食い進んで,散蓮華に山盛りになるくらいの量になったら,いわゆる炒飯皿 (八角,六角,円形などがあるが八角形が一般的) の端の辺り,少し上に湾曲したところに集め,そこに散蓮華を上から被せ,ぐっと押し付ける.
 こうすると如何なパラパラリ炒飯でも,散蓮華に余すところなく載せることができるのである.これには特段の職人技的修練は不要で,誰でも簡単にできる.
 私はこの方法を,昭和四十三年初夏,西武新宿線沼袋駅の改札口の近くにあった大衆中華屋「大陸」の炒飯を食う際に考案して以来,皿に炒飯の飯粒を残したことがない.諸兄にこの流儀を強くお勧めしたいと思う今日この頃である.(* 註2)

(* 註1) 三月の大相撲春場所で,照ノ富士が観客から人種差別的な罵声を浴び,衆院決算行政監視委員会においてこのことに関する質疑が行われた.

(* 註2) これは飯屋で炒飯を食うときの話である.自宅でなら,レンゲスプーン以外には薄手に作られたメラミン樹脂製の安価な散蓮華が売られているので,それを使えばよい.もちろん普通のカレー用スプーンなどでも全く不便はない.

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