« 香り穏やかな酒 | トップページ | ビジネスマンが書く日本史とは (十二) »

2017年4月 9日 (日)

昭和の時代考証 (二)

 NHKの新朝ドラ『ひよっこ』の第一週が終った.
NHKの時代考証力を見るのも一興であろうから,暫く朝ドラを視聴してみようか》と私は前稿に書いたが,第一週の内容で気に入らぬ点がある.

 ヒロインの母親である谷田部美代子 (木村佳乃) が炊事をしながら鼻歌で,元祖一発屋歌手の一人である渡辺マリが昭和三十六年 (1961年) に放った大ヒット曲「東京ドドンパ娘」を歌ったのである.
 またヒロイン谷田部みね子 (有村架純) も学校から自転車に乗っての帰り道に,やはり「東京ドドンパ娘」を歌っていた.

 「東京ドドンパ娘」のリリースは昭和三十六年で,ヒットした当時はラジオもテレビも商店街のスピーカーも猫も杓子もドドンパッドドンパッと歌ったのであるが,流行はあっという間に終息し,『ひよっこ』第一週の時代,つまり三年後の昭和三十九年 (1964年) の秋には,もう誰一人として渡辺マリの歌なんか見向きもしなくなっていたはず.
 東京オリンピックがもうすぐだという頃になっても,いまだに母も娘も揃ってドドンパッドドンパッは,時代考証的に明らかにおかしい.数人の団塊世代の知人に訊ねてみたが,ドドンパ娘ってのはオリンピックよりずっと前の歌だ,と皆が答えた.脚本を書いた人間が,「東京ドドンパ娘」で昭和感を出そうとしたのであるなら,大きな間違いである.もっと年寄りに訊いてよく調べて書けと言いたい.
 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の山崎貴監督は同作品への批判に対して《当時の現実的情景の再現以上に、人々の記憶や心に存在しているイメージ的情景の再生を重視した》と釈明したという.(《》は Wikipedia【ALWAYS 三丁目の夕日】から引用)
 NHKは,山崎監督と同じようにして嘘くさい「昭和」を朝ドラででっち上げたいのなら,それは年寄りが死に絶えてからにしたほうがいい.
 東京オリンピック直前は,商店街の街頭スピーカーは日がな一日中,前年からヒット街道を突っ走っていた三波春夫「東京五輪音頭」を流し続け,ラジオやテレビから聞こえるのはヒット曲を連発するザ・ピーナッツと坂本九の歌ばっかりだったのである.(西田佐知子「東京ブルース」と井沢八郎「ああ上野駅」もこの年の記念すべきヒット曲だが,田舎の女子高校生とその母親が歌うにはふさわしくない〈笑〉)
 それとも何か.皆様のNHKは,茨城の流行は東京の三年遅れだとでも言いたいのか.茨城を馬鹿にすっでねえ.
 ところで有村架純ちゃんの方言は今イチであるが,かわいいから許

|

« 香り穏やかな酒 | トップページ | ビジネスマンが書く日本史とは (十二) »

新・雑事雑感」カテゴリの記事

コメント

「ひょっこ」の聖火リレーのシーンを観ていて思ったのですが昭和39年当時、ああいうパイプテントはなかったです。明らかに今のテント。当時はジーパンのような生地で木の棒を立てていたと思います。それと初回の建築現場の足場。もう少し時代考証は忠実にしていただきたいと思いました。

投稿: amun | 2017年4月25日 (火) 18時41分

 コメントありがとうございます.投稿に気づかず公開が遅れてしまいました.
 テントのことは気が付きませんでした.そういえば木製のポールと分厚い帆布製でしたね.あらためて調べてみたのですが,登山用ではないあの種のテントの歴史的変遷について,ウェブ上に資料がないのにはちょっと驚きました.登山用テントは書籍資料がありますけれど.
 映像はどうかと思いましたが,当時の記録映像は市川崑監督『東京オリンピック』しか手元にないので観てみましたが,残念ながら映っていませんでした.

投稿: 江分利万作 | 2017年4月28日 (金) 13時24分

コメントありがとうございます。あれからパイプテントについて調べてみたところ、大川工業が昭和31年OK式テントなるものを製造していたことがわかりました。ただ奥茨城村にあったかどうか・・

投稿: amun | 2017年5月 2日 (火) 13時54分

 情報ありがとうございます.私も少し調べてみました.
 大川工業は自社サイトに昭和31年にOK式テントを開発して特許を取得したと書いていますが,実際の発売は「産繊新聞」という業界紙によると昭和32年上半期だと記されています.
 この特許は,支柱と梁が連結していて,かつ折りたためるという発明のようでして,パイプテントはもっと前からあったと思われます.
 それ以前のパイプテントは,支柱と梁が別になっていて,支柱を立ててから梁を組み立てるので,足場がないとテントが設置できなかったといいます.OK式テントは,支柱と梁が一体化しているので,足場がなくても組み立てられるという点で特許が取得されたようです.
 それはともかく,私の高校時代の文化祭で模擬店を出したときの写真を探し出して見たら,OK式テントが写っていました.

投稿: 江分利万作 | 2017年5月 3日 (水) 08時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/505081/65127674

この記事へのトラックバック一覧です: 昭和の時代考証 (二):

« 香り穏やかな酒 | トップページ | ビジネスマンが書く日本史とは (十二) »