美しい飯 (二)
昨日の記事の続き.
未来食堂で「ただめし券」を使った客は,券の裏面にメッセージを書いて残していく.
それは例えば「《3日食事してなかったので すごい食べました ありがとうございます》といった短い言葉である.
そんなメッセージが書かれた使用済みの「ただめし券」を,小林さんはファイルに入れて保存している.
どうやら「ただめし券」は使い捨ての食券ではなく,小林さんと,店の手伝いをした人と,「ただめし券」を使って食事をした人とを結ぶツールのようなものであるらしい.
小林さんが「ただめし券」を発想した原点は,彼女が高校生の時,進路のことで悩み,わずかなお金を持って神戸から上京したプチ家出の経験だと,番組のナレーションは説明した.
小林さんはアルバイトをしながら東京で一人暮らしを始めたのだが,誰とも会話することのない孤独な日々であったという.
そんなある日,バイト先の名前も知らない同僚たちが,お昼御飯の時に彼女に唐揚げ弁当を手渡し,一緒に食べようと声をかけてくれた.
私が想像するに,同僚たちは小林さんに,このまま放っておいたらドロップアウトしてしまいそうな危うさを感じ取ったのであろう.
手を差し伸べられた小林さんは同僚たちに,ありがとう,いただきます,と言って,涙が止まらなくなったという.
私は独りじゃないんだ.そう思ったのだ.
こんな経験をしたあと小林さんは東京工業大学数学科に進み,卒業後はIBMやクックパッドにエンジニアとして勤務したが,その後はどんどん飲食業に接近していく.
昨日の記事の中程に記したことだが,小さな定食屋に過ぎない未来食堂が公式ウェブサイトを持ち,事業計画を公開するなど,食堂開業を「起業」としてアピールしている方法論は,会社員時代の経験に裏打ちされていると思われる.
ここら辺のことは小林さんの著書『未来食堂ができるまで』(小学館.他に Kindle版がある) に譲るが,小林さんの東京工大卒の技術者としての人生を大きく方向転換させ,未来食堂の起業に向けて走らせた原動力は,高校生の時の家出体験だと,番組中で次のように語った.
《横に誰かがいるっていうことが,それが,なんか自分にとって必要なことなんだなって,その時に気づいたんですね.
自分と同じように今にも落ちそうな人.
未来食堂って一個の,ただのちっちゃなお店なので,知ってる人を少しでも増やして,落ちそうな人まで届けたいんですよね》
未来食堂は,「今にも落ちそうな人」に,あなたは独りじゃないんだというメッセージを届けるためのものなんだと彼女は言いたいのであろう.彼女が作る定食はメッセージなのだ.
だから彼女は「未来食堂はブランドです」と『カンブリア宮殿』MCの村上龍に語った.
《未来食堂の理念は「誰もが受け入れられて,誰もがふさわしい場所」です.今,飲食店という形で未来食堂が形になりましたけど,これはまだ第一形態.これを見た誰かが,私よりも優秀な誰かが,第二形態に変えていけるんじゃないかって思ってるんですね.もっとこういう面から見たら大きくなるとか,いろいろな人が加わることによって,よりよい形になっていく.そこまで自分は走り続けて,未来食堂というブランドを高めていく.それが自分のやるべきことかなと思います.》
小林さんは新聞など他のメディアで,《いろいろな人が加わることによって,よりよい形になっていく》ことを「未来食堂はオープンソース」だと表現した.これはいかにもIT技術者出身の人らしい言い方だと,微笑ましく感じられた.
とまれ,小林さんの志「食事というものを通じて,あなたは独りじゃないんだというメッセージを届けること」は,何人もの共感者を得ているらしく,それは店のホワイトボードに貼られた何枚もの「ただめし券」を見ればよくわかる.使用済み「ただめし券」のファイルにも,お金に困った時に「ただめし券」で空腹を満たした人が,「ただめし券」の裏側に,今度は手伝いに行きます,とメッセージを残していた.未来食堂のオープンソース化は順調に進行しているようだ.
十数年前に,神戸から東京に出てきた家出少女に手渡された唐揚げ弁当は,いま「ただめし券」という形になった.未来食堂がこれから,小林さんの開業の志を支援者と利用者にどう伝え,飲食店という枠を超えてどう成長していくのか見守りたい.
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