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2017年3月29日 (水)

大船 鴇

 昨年末,会社員時代の後輩たちと酒を飲む機会があった.
 午後一時ちょうどに,JR川崎駅のコンコース,改札を出た辺りで待ち合わせ,さあどこへ行きましょうかという段になってその後輩の一人が,「昼酒飲める店を探してあります」と言った.
 もう何年も前からだが飲食店業界では,団塊世代の爺さんたちの「昼飲み需要」にビジネスチャンスがあると指摘されてきた.
 実際にその通りになったようで,大昔は昼酒というと,東京でも赤羽であるとか湯島であるとかのディープなスポットに出かけたものであるが,昨今はあちこちの駅前飲食ビルに入っている小ぎれいな居酒屋で,堂々昼間から宴会を催すことができる.生きててよかっ

 で,昨年末の昼酒は川崎駅近くのビル地下一階の,客が五十人は入ろうかという居酒屋に入った.ここの主たる客層は二十代から三十代の若者といったあたりだろうか.しかし店内を見渡すと,ちらりほらりと年寄りが独酌する姿も見えた.

 我々の席に注文を取りにきたのは,かわいい顔をした小柄な娘さんで,笑顔できびきびと注文を受け,我々が刺身やら焼鳥盛り合わせなんぞを頼んで「とりあえずそれで」と言うと,彼女はオーダーを復唱した.
 そこまではごく普通の居酒屋風景であろうが,件の後輩が娘さんに「きみって出身はどこかな,福建?」と訊ねた.
 すると娘さんは「○○省です」と答えたのである.
 私は全く気が付かなかったのであるが,あとで後輩が言うには「だって,少し中国語訛りがあるじゃないですか.江分利さんはわかんなかったですか?」だと.

 昔のことであろうが,大陸中国のデパート店員とかホテル従業員の接客態度は極めて横柄で有名だった.
 私も経験があるが,客に対してニコリともしない女店員が無言で釣銭をこちらに放り投げて寄こすので,これが日本なら「店長を呼べ!」と怒鳴るのだがと悔しい思いをしたものである.
 そういう中国式接客は中国人の国民性であると一般に言われていたが,しかし香港では私はそんな屈辱的な目に遇ったことはないし,大陸でもうんと下層階級の人たちは割とフレンドリーだったし,あるいは私の経験した限りでは,超高級料理店の女性従業員はドレスのスリットがセクシーでとても好感度の高い接客であったから,横柄なのは国民性だと言っては間違いのような気がする.

 中国人のことはそれとして,日本人の中にも,飲食店の主人で極めて傲慢無礼なやつが希にいる.
 かつて日本経済新聞の特別編集委員を勤め,『全日本「食の方言」地図』(日本経済新聞社) などの著書で知られる野瀬泰申氏は,ネット上でかなり前に《野瀬泰申のチャブニチュード判定委員会》と題した連載をしていた.(チャブニチュードとは,飲食店で感じる「チャブ台をひっくり返したくなる怒りのエネルギー」を,おもしろおかしく五段階評価したものである)
 氏の飲食店評価は,出てくる食い物が単にまずいだけならチャブニチュード 1~2 であるが,これに接客態度の傲慢・横柄・不潔なんぞが加わると,とたんにチャブニチュード 4~5 となる.
 氏や私のような老人世代は「男は食い物のうまいまずいを殊更に言うんじゃない」という親父からの教育を受けて育ったから,大抵のまずいものはおいしく頂いてしまうのであるが,ただし客を客とも思わぬ接客は許しがたい.そういった怒りのツボが私と野瀬氏は似ているので,チャブニチュード判定委員会の連載を私は愛読していたものだ.

 ところで例のミシュランガイドのこと.
 東京の,政財界や芸能界の有名人が懇意にしているとかいう星三つの高級店は,庶民には無縁の世界のお話ではあるわけだが,ミシュランガイドの功績は,どこぞの鮨屋やラーメン店のように客に罵声を浴びせるような店は決して掲載されないということを私たちに再認識させてくれたことだろう.
 それはそれとして,東京を離れて横浜や鎌倉あたりにくると,ガイドブックに載っているが意外に敷居の低い店があり,しかもそのような店では料理が美味であることははもとより,上質の接客を受けられることをミシュランが確かめてくれているわけで,少しよい気分で食事をしようという時には,私はミシュランガイドに掲載されている店を推したい.

 話かわって先日,私の娘からメールがあり,私の誕生日にランチをしないかとの連絡であった.
 私が「父は初めてなんだが大船の鴇はどうだろう.ミシュラン掲載店だよ」と返答すると,すぐに予約を入れてくれた.
 当日は正月以来の息子も来てくれて,久しぶりの家族食事会と相なった次第.
 このは,稲庭うどんを食わせる至って庶民的な店である.店構えは立派だが,それが証拠に酒肴のお値段はそこらへんの居酒屋とさして変わらぬ価格帯である.こんな店が近所にあれば毎日でも昼酒をくらいに通いたいほどだ.
 さて予約した食事は十一品五千八百円のコースである.
 案内された個室の卓上に,献立をPCで印刷したものが置かれていた.これをスキャンしてここに掲載すれば一目瞭然なのだが,たぶんこれは著作物扱いになると思われ,そこで料理の一覧を以下に転載する.

 平成二十九年○月○日
  本 日 の お 料 理

食前酒   日本酒 明鏡止水ラヴィアンローズ
先 付   平目煮凝り
         旨出汁ジュレ
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前 菜   平目湯葉けんちん鳴門巻き
         ずわい蟹べっこう餡 露生姜
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吸 物   小柱銀杏安平清まし仕立て
         新若布 口柚子
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向 付   生本まぐろ (奄美大島)
      活〆天然平目 (小田原)
      活〆天然ぶり (伊東)
      あおりいか (小田原)
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焼 物   天然ぶり照り焼き
         酢取り茗荷
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口代り   完熟トマトのコンポート
         梅酒ジュレ
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煮 物   佐賀農園有機栽培
         ふろふき大根
揚げ物   天ぷら盛り合わせ
         海老 いさき さつま芋 シシトウ
食 事   稲庭うどん冷または温をお選びください
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デザート  抹茶アイスと豆乳プリン
         抹茶ムース
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 以上のお料理になります。ごゆっくりお楽しみください。
                     鴇 店主  印

といった具合であった.(ただし料理の写真は娘が撮影したもの)
 私たちの部屋に料理を運んできてくれた年輩の女性はたいへんにフレンドリーで,食事会の趣旨が私の誕生日であると娘が述べたら,それじゃ記念にお写真をお撮りになりませんか,と言い,シャッターを押してくれた.
 食前酒からデザートに至るまで,この日はとても楽しく,私はいつになく日本酒を四合飲み,大船駅まで足元覚束ずというご帰宅となったのであった.
 鴇,よいお店である.ごちそうさまでした.

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