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2017年3月 9日 (木)

ビジネスマンが書く日本史とは (九)

 藤枝静男は静岡県藤枝の人.明治四十年生まれであるが作家活動は戦後になってからである.文学雑誌『近代文学』を創刊した平野謙,本多秋五とは八高時代以来の友人であった.
 私はいわゆる団塊の世代の最後尾にいる人間 (昭和二十五年の早生まれ) だが,その私が昭和四十三年に大学に入った頃,理系の学生でも純文学をよく読んだものだ.
 明治大正時代の作家については,高校の教科書や副読本で,代表的作品にどんなものがあるかは知っていたが,昭和,それも戦後に登場した作家たちに関しては全く知識がないというのが実際のところであった.
 それなのに,大学に入って,生協の書籍部に行くと,棚に並べられたアンソロジーや全集,あるいは平台に積み上げられた新刊単行本はほとんど私たちが読んだことのない戦後派作家の作品なのであった.
 このような状況の中で,私たちは一体何をどのように読めばいいのか.それが皆目わからない私たちに飛ぶように売れたのが,昭和四十二年から四十四年にかけて學藝書林から出版されたアンソロジー『全集 現代文学の発見』(大岡昇平・平野謙・佐々木基一・埴谷雄高・花田清輝の五氏による編集) であった.
 私は,藤枝静男の名をこの全集の第10巻『証言としての文学』に収められた「イペリット眼」で知った.(現在も『証言としての文学』は復刻版が入手可能.また「イペリット眼」は『戦後占領期短篇小説コレクション 4 1949年 (4)』〈藤原書店刊〉にも入っている)
 しかし私は藤枝静男の作品にそれ以上触れることなく時が過ぎた.そして昭和五十年の秋,藤枝静男が東京新聞と中日新聞に掲載していた文芸時評で公然と昭和天皇批判をしたことを私は知った.昔のことで少し曖昧なのだが,本多秋五が朝日新聞に寄稿した文芸批評で藤枝の時評を紹介したのを読んだのであったと記憶している.
 この藤枝静男の天皇批判は,戦後生まれ世代に感銘を持って受け止められた.
 藤枝の文章に即しては,青木鐵夫というかたが管理運営されている《藤枝静男 Fujieda Shizuo 年譜・著作年表》と題した個人サイトに記述がある.
 このサイトに掲載されている《怒り (「藤枝静男のこと・ 15 」藤枝文学舎ニュース第 61 号/ 2007 年7月)》という文章に私は全く同感するので,同趣旨のことをここに繰り返すことはせず,この文章の中から注釈のために一部を引用するにとどめる.

藤枝はこの文芸時評に先立つ「文藝」七月号に、「志賀直哉・天皇・中野重治」を書いている。平野謙も高く評価したこの評論のなかで、志賀と中野の天皇観を藤枝は次のように解明している。
 「志賀氏が、天皇を天皇制の犠牲者として、自由にものを云うことを奪われた、残念ではあるが気が弱い、人間的には好い人と」「見ていたことは」「明白である。中野氏の『五尺の酒』を読めば」「あの繰り人形さながらの動作とテープ録音そっくりのセリフを棒たらに繰り返す天皇への憐れさへの何とも処理しがたい心持ちと焦立ちを」「描いていることもまた明白である」。

 この引用中の中野重治の言葉《あの繰り人形さながらの動作とテープ録音そっくりのセリフを棒たらに繰り返す天皇への憐れさへの何とも処理しがたい心持ちと焦立ちを》について少し補足しておかねばならない.
 というのは,現在,ウェブ上にある昭和天皇関連の動画で,昭和二十一年から昭和二十九年までに行われた昭和天皇の巡幸の様子を近接して撮影した画像はないと思われるのだが,中野重治の言葉は,その天皇巡幸の実態を書いたものであるからだ.
 昭和天皇は,巡幸先で日の丸を振って出迎えた国民群衆に対して,被っていた帽子を取り,肩あたりの高さで小さく二,三度振って応えた.これは探せば映像があるかも知れない(巡幸を撮影した映像は昭和三十年代のテレビの終戦懐古番組でよく流された) のだが,いつどこでもこの動作を機械的に繰り返した.その様子を中野重治は《あの繰り人形さながらの動作》と表現した.
 また昭和天皇は,巡幸に付き従った各県の要人たちが地方の状況について何を説明しても無表情に「あ,そう」としか言葉を発しなかったとされる.私はこのことを周囲の大人たちの話で聞いて知った.天皇のその様子を中野は《テープ録音そっくりのセリフを棒たらに繰り返す天皇》と書いたのであった.
 もちろん巡幸先の各地で,天皇のこの有様は国民に知れ渡ることとなり,「あ,そう」は昭和天皇を嘲笑する流行語の一つとなったのであった.
(続く)

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